第50話 最後の戦い③

ヒイラギは懸命にシノノメを拐った黒装束の男の後を追い続ける。

 男はコミュニティの外れにある、崩れかけの巨大な廃ビルに入っていった。

 廃ビルは、およそ数百年前に建てられたのだろう。修繕する技術も持ち合わせずに、見捨てられたそのビルは、所々アスファルトの壁が崩れ落ちて、中が剥き出しになっていた。

 ヒイラギは近くの木陰に身を隠して、ユダが後ろから追い付いてくるのをじっと待った。

 だが拐われたシノノメの身を案じると居ても立っても居られず、覚悟を決めたように頷くと、少女は木陰から出てビル内に一人潜入しようと足を踏み出す。

 すると、後ろから何者かに肩をぐいっと掴まれた。

「ひゃっ」

 少女は驚きの声を上げて後ろを振り向くと、そこにはユダが立っていた。ユダは、静かにしろと言う風に、口の前に人差し指を立てている。

「ユダさんっ」 

 ヒイラギは、ほっとした表情で小声で話し掛ける。

「ヒイラギ、無事か」

「はいっ」

「奴らはこの中か」

 ユダは、今にも崩れ落ちそうな廃ビルを眺めている。

「あの・・・襲撃して来た男達に心当たりはありますか?」

「十中八九、セイラムだろうな。ノーマルと魔女の和平を、何としても阻止したいらしい」

 ユダは、確信に満ちた顔つきで頷く。

「シノノメさんの事を考えると、一刻の猶予も無い・・・さっそく、中に入るぞ」

 

 ヒイラギとユダは、足音を立てない様にそっとビル内に侵入した。

 廃ビルの一階は広いロビーになっており、窓ガラスは殆ど壊れ、地面には砂埃が舞っていた。ざっと中を見渡す限り、このフロアには敵の姿は見えなかった。

 頭上にある巨大なシャンデリアも埃を被って灰色になっており、この建物が人から見捨てられて、長い年月が経過している事が分かった。

 ユダは薄暗いロビーの壁に近寄ると、そっと壁に耳を付けて様子を伺う。

「上の階に、人がいる気配がする」

「行きましょう」

 二人は警戒しながら室内を捜索すると、ロビーの奥の方に階段を見つけた。

 階段は機械式で横並びに二つあり、地面を見ると左側の階段には登りの矢印が、右側の階段には下りの矢印が付いている。今は電気が通っていないためか、動作が停止しており、ただの階段になっていた。

 二階、三階はそれぞれ細かく部屋が区切られており、すみずみまで探索するが、拐われたシノノメの姿は見当たらなかった。

「シノノメさんっ・・・」

 ヒイラギは最悪の事態を想定して、不安気な表情になる。

「大丈夫だ。人質に簡単に危害を加えるものか」

 ユダは安心させるように、少女の肩をポンと叩くと奥に向かって歩き出す。

 二人は早る気持ちを抑えて、さらに上の階層に登る。


四階のフロアは、一階と同じような広いロビーの様な構造になっていた。

 ヒイラギとユダは、真正面のフロアの中央部分で、女性が椅子に座っているのに直ぐに気付いた。

 壁が大きく崩れ落ち、ぽっかりと穴が開いているので、外から真昼の陽射しが直に入ってきて、スポットライトの様にその姿を照らし出す。

「シノノメさんっ」

 ヒイラギは、その姿を見て叫ぶ。

 その女性はシノノメで、目隠しとイヤホンをされた状態で、両手と両足を縛られて、椅子に座らされていた。感覚が遮断されたあの状態では、魔法も発動出来ないはずだ。

 ヒイラギは一刻も早くシノノメを救出しようと、足を踏み出そうとしたその瞬間。

 ちょうど影になっている部分から、何者かが出て来て、椅子に縛り付けられているシノノメの傍らに立った。

「良く来たな、ヒイラギくん」

「そして・・・我が息子」

 黒い軍服に身を包んだ筋骨隆々の初老の男は、にこやかに微笑んだまま、おもむろに口を開き、鋭い視線をヒイラギとユダに向ける。

 髪をオールバックに撫で付けて、口髭を生やしているその姿は威厳に満ちている。

 その人物は、反魔法使い組織セイラムの総長である、ナガノその人であった。

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