第49話 最後の戦い➁

 数十分後、ヒイラギ達、三人はとある洋食屋でテーブルを囲んでいた。


 シノノメは先ほど買ってきた洋服に身を包んで、オムライスを頬張っている。

「なんだか、違和感が凄いな」

 ユダはシチューをスプーンですくいながら、普段の白装束姿とは違うラフな服装のシノノノを見てこんな感想を漏らした。

「私の渾身のコーディネートはどうですか」

 なぜかヒイラギは、隣の席でハンバーグを食べながら、得意気な表情をしている。

 その後は、食事をしながら、明日以降のトウキョウに向けての旅のルートをユダが説明し始めた。

 その中で、行きではイバラキの砂漠を通ったが、帰りは別ルートでかなり遠回りになるものの山脈沿いの樹海を通ってトウキョウを目指す、との話しがあった。

「わざわざ遠回りをするの?」

 シノノメが、当然の疑問を口にする。文書を首相に届けるのが早ければ、その分早く和平が結ばれるかもしれない。トウキョウに着くのは、一日でも早い方が良いはずだ。

「アウモリに向かう際に、イバラキの砂漠を通ったんだが、その際に襲撃を受けている」

 ユダの隣にいる、ヒイラギもこくこくと頷いている。

「まだ、警戒されている可能性がある事と、広大な砂漠では遮蔽物が無いので、襲撃を受けた場合、真っ向から戦うしか無くなるので避けたい」

 この説明にシノノメも納得がいったようで、最終的にユダが考えた案に全面的に同意した。


 ユダからの話も終わり、食後のお茶を飲んていると、ふと思い出したようにヒイラギはこんな事を言い出した。

「リッカさん、元気でやってますかね」

 少女のその表情はどこか寂しげである。アオモリに行くまでの長い道中、常に一緒で、まるで姉妹の様に仲の良かった二人である。突然の別れにまだ心が整理出来ていないのだろう。

「別れて、まだ数日だろう。全て終わったら会いに行けば良いさ」

 ヒイラギには甘い所がある、ユダには珍しく冷たい口調だった。

 まだ無事にトウキョウに戻って首相に文書を渡すと言う、大仕事が残っているにも関わらず、気の抜けた事を言う少女に腹が立ったのだ。

 三人の間に気まずい空気が流れて、しばらく無言でお茶を飲んでいると。

  

 ガシャン

 突然、店内の窓ガラスが割れる音が聞こえ、ヒイラギ達は何事かと後ろを振り返る。

 割れた窓から、顔まで覆った黒装束姿の男二人組が店内に侵入して来ていた。

 周囲に何組かいる客や店主も何事かと、その異様な姿の男達を見ている。

「間違いない、こいつらだ」

 店の中央のテーブルに座っている、ヒイラギ達の姿を認めると、男達二人は小声で何やら話し始める。

 黒装束姿の一人が、床に何か投げつけると、室内にもくもくと煙が充満し始めた。

「つっ、離して」

 シノノメが座っている方角から、何やらガサゴソと争う音が聞こえて来る。

「シノノメさんっ」

 ヒイラギは魔法を発動させて、部屋の中に小さな竜巻を起こした。

 充満していた煙が風で飛散して周囲を見渡す。黒装束姿の男達はぐったりとしたシノノメを抱きかかえて、今まさに侵入した窓から出ようとしている所だった。

 バシュン

 ユダは瞬間的に腰のホルダーから拳銃を抜いて、曲者に発砲した。

 銃弾は、後ろにいた黒装束の男の左腕にかすって、血が溢れ出す。

 しかし、曲者は撃たれたにも関わらずに銃弾が放たれた方向を振り返りもせずに、一目散に逃亡を計った。

「追いかけるぞ」

 ユダは躊躇せずに、ガラスの破片が残っている窓から飛び出して後を追いかける。

「え、えーっと」

 ヒイラギは突然の出来事に置いてきぼりをくらいながらも、お店の入口から飛び出してユダの後を追う。

 大通りに出ると既にユダは、はるか前方を走っており、その道すじには点々と血の跡が続いていた。

「もう、あんな所まで」

 ヒイラギは足元に風の魔法を発動させると、地面を滑るように猛スピードで追いかけ始めた。


 途中、裏路地をぐねぐねと曲がりながら追いかけ続けて、やっとユダの背中に追い付くことが出来た。

 そして、さらにその50mほど前方に黒装束の男二人が走っているのが見えた。

「ユダさんっ」

 ヒイラギは、猛スピードで全力疾走しているユダの横に並んで話しかける。

「先に行って、引っ捕らえます」

「頼む」

 ヒイラギは、足元の魔力をさらに強めてぐんぐんと距離を縮めていく。

 黒装束の男達は、後ろからヒイラギが猛スピードで迫っているのを見ると、跳躍して、一息で建物の屋根の上に飛び乗った。 そして、そのまま隣の建物にまた飛び移りつつ逃走を続ける。

 その身体能力は生身の人間の物とは思えず、おそらく例の身体能力を強化する装置を体に取り付けているのだろう。

「うっ、そう来たか」

 屋根の上を逃げる男達を横目に、ヒイラギは自分の体を風で持ち上げるように包み込み、屋根の上に着地する。

 少女が唯一苦手なのが、風魔法の細かい制御だったが、綺麗に着地が決まってほっと胸をなでおろした。

 シャッ、シャッ

 ひと息ついたのもつかの間、前方から風を切って短刀が、少女目掛けて立て続けに飛んできた。

 キンッ、キンッ

 ヒイラギは腰元のダガーを抜くと、正確に飛んできた短刀を打ち落す。反射的に取ったこの行動に、少女自身が一番驚いていた。

 ユダと毎日行っている戦闘訓練が、確実に体に染み込んでいた。

「そっちがその気なら」

 ヒイラギは、前方をキッと鋭く睨みつける。

 黒装束の男達は、何やら互いにアイコンタクトを取っている。

 すると、シノノメを抱えている男はそのまま逃亡を続け、もう一人の腕に怪我を負っている男は立ち止まり、少女の方を向くと腰の刀を抜いて戦う姿勢を見せる。

 どうやら黒装束の男達は、一人が足止めをしている間に、シノノメを抱えたもう一人が逃げる事に決めたようだ。

「なっ」

 少女はわずかに驚きの声をあげる。先に逃げた男を見失ったら終わりだ、早急に勝負を決める必要があった。

 ヒイラギは瞬間的に頭を巡らせる。

 ここは街中で、しかも屋根の上だ。大規模な魔法を使うと、周囲にも被害が出てしまうだろう。

「はあっ」

 掛け声と共に、前方に突き出された少女の両手から、鋭利な氷柱が弾丸のように一つ、二つと発射された。

 それは、刀を構えている黒装束の男の両足を狙って発射されたものだった。

 しかし、男もその狙いは見抜いていたのか、軽業師の様な軽快な動きで横っ飛びをして、氷柱を躱した。

 そして、反撃をするべく黒装束の男は素早い動きで一気に目の前まで距離を詰めると、ヒイラギに向かって刀を振るった。

「ふーっ、なりふり構っていられないか」

 ヒイラギはため息をつくと一気に魔力を放出して、自分を中心に竜巻を巻き起こした。少女が乗っている屋根の瓦が、メキメキと音をたてて剥がれて、吹き飛ばされていく。

 黒装束の男も、強風に巻き込まれて吹っ飛び、次の瞬間には、通りの向かい側にある八百屋に頭から突っ込んでいた。

 男はぐったりとした様子で、どうやら気絶しているらしく、八百屋の店主とおぼしき中年の男性と周囲の通行人は何事かと驚きの表情で遠巻きに見ている。

「ごめんなさい、後で弁償しに来ますので」

 ヒイラギは瓦が滅茶苦茶に剥がれた屋根の上から、八百屋の店主に謝罪をした。

「後を追わないと」

 少女は気を取り直して、はるか前方のシノノメを拐った男がいる方向を、キッと睨み付ける。

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