第51話 最後の戦い④

 後ろには、シノノメを拐った黒装束の男と、黒い軍服に身を包んだ男達が三人立っていた。

「ロードから預かっている文書を、君たちのどちらかが持っているはずだ。それを渡したまえ」

 それは、有無を言わさない口調であった。

「誰が渡すか・・・その人を解放しろ」

 ユダは腰のベルトから拳銃を抜くと、直ぐナガノに向かって構える。二人の距離は数十メートル程で、ユダの射撃の腕なら確実に急所に当てられる自身があった。

 それに反応して、黒い軍服の男達は一斉に手に持っている拳銃を構えて、銃口をユダに向ける。

「待て」

 ナガノの鋭い声に反応して、男達は銃口をユダに向けたままピタリと静止する。

「私だって無闇に息子を傷つけたくない。ユダ、大人しく言うことを聞いてくれないか」

 ナガノのその口調は優しく甘美な響きを持っていた、以前までのユダだったら何の疑問も持たずに従っていただろう。

 不意に、ふらっとユダはナガノの方に向かって歩き出す。

「ユダさんっ」

 まさかといった表情で、ヒイラギはユダの背中に呼び掛ける。

「大丈夫だ、僕が隙を作るから、一瞬であのシノノメの周りにいる男達を仕留めてくれるか」

 ユダは顔を正面に向けたまま、小声で隣のヒイラギにだけ聞こえるように話す。

「えっ」

「頼む、瀕死じゃ駄目だ。確実に息の根を止めてくれ」

「・・・分かりました」

 ヒイラギは一瞬悩んだ後に、覚悟を決めたように頷く。

 ユダが銃を構えたまま、数歩歩いた所で、ナガノはおもむろに口を開く。

「ヒイラギくん」

 唐突に名前を呼ばれて、いつでも魔法を発動出来るように集中していた少女の意識が逸れた。

「君の母親のカガリを殺害する様に命じたのは私だ」  

 男は何でもない事の様に、微笑んだまま話し始める。

「ウソ・・・嘘だ」

 ヒイラギは驚いた表情で目を見開いて、ナガノを見つめる。

「2515年6月5日」

 男が口にした日付、それはまさにヒイラギの生まれ育ったコミュニティが襲撃された日だった。

 自分の幸せな生活を奪った相手が目の前にして、ヒイラギは途端に周囲の空気が薄くなった様な感覚に襲われて、目の前が真っ暗になった。

「魔女とノーマルの平和を実現しようと動き回っていた彼女が邪魔だったんだ」

「どうして、ノーマルにとっても平和を実現するのは良いことのはず」

 少女は辛うじて口を開き、絞り出すような声で疑問を投げかける。

「私は、どうしても魔女を一人残らず殲滅しなければならない」

「そうでもしないと・・・息子の無念を晴らせないんだ」

 ナガノのその声色には、初めて感情の揺らぎのようなものが感じられた。その言葉には、根深い魔女に対する憎悪が込められていた。

 少しの静寂の後に、少女は口を開く。

「お母さんを・・・お父さんを・・・無関係なコミニティの人も」

「許さない、絶対に許さない」

 ヒイラギは激情に駆られながらナガノを真正面から睨みつけると、ぶるぶると震える右手を前方に突き出す。

 この温厚な少女が、これ程までに敵意を剥き出しにする事があるのかと、ユダは驚いた。

 だが、一向に魔法は発動せず、次第にヒイラギの表情に焦りの色が浮かぶ。

「今ここでやらなくてどうする。私は何のために魔女になったんだ」

 少女は怒りのあまり、無意識に、前方に突き出している右手に左手の爪を食い込ませていた。

 爪を食い込ませたその右手からは、血が滲み出ていた。

「魔女は心の平静さを失うと、途端に魔力がコントロール出来なくなる」

 ナガノは、愉快そうに少女の方に視線を向ける。

「どうして・・・こんな肝心な時に」

 両親の仇を前にして何も出来ない自分に対しての悔しさからか、少女の目から静かに涙が伝って地面に落ちる。

「大丈夫だ」

 ユダは、ヒイラギの泣いている顔を隠すように、優しく赤いブルゾンのフードを被せてやった。

「僕が代わりにあいつを殺る」

 そして、腰の刀剣を抜くと、真っ直ぐとナガノに対して刃の切っ先を向けた。


「やれやれ、父親に対してその態度はがっかりだ。育て方を間違えたかな」

「抜かせ、クソ親父」

 ユダは先手を取るべく大きく踏み込むと、そのままナガノに向かって一直線に突き進む。

 ナガノはその姿を見ておもむろに上着を脱ぐと、ゆっくりと腰の刀剣に手を掛けた。上着を脱いだその肉体は、黒い装置で覆われていた。

 そして、ユダは間合いに入ると、躊躇なく刀剣を横に振りナガノに斬りかかる。

 キンッ

 その斬撃をナガノは最小限の動きで、鞘から抜きかけた刀剣の半身で受ける。

 強化アーマーを着ているとは言え、年齢を感じさせない動きだった。

 キンッ、キンッ、キンッ

 その後も立て続けにユダはナガノに向かって斬りかかるが、その斬撃はいとも簡単にさばかれてしまう。

「簡単に勝てると思ったかね」

 ナガノは涼し気な顔で笑みを浮かべている。

「舐めるなよ、小僧」

 それは、腹の底から湧き出るような迫力のある声だった。

 後ろに控えている黒い軍服の男達は、ナガノを誤射してしまう事を恐れて、銃を構えたまま動けずにいた。その隙を突いて、ユダは拳銃を抜くと、男達に早業で銃弾を浴びせる。

「ぐわっ」

 銃弾は男達の急所を正確に射抜いて、次々と地面に倒れていく。

「これで邪魔者はいなくなった」

「流石だな、その腕は惜しい」

 同時にナガノは、ここで初めて自分から攻めるべく刀剣を振るう。

 その動きは一切無駄が無く、機械のように滑らかだった。

 キンッ

 ユダは、かろうじて上段から振り降ろす一太刀目は受けきったが、続くニ太刀目の突きは無惨に脇腹に食い込んだ。

 そして、追い打ちをかけるようにナガノは、そのたった今斬りつけたばかりの脇腹に蹴りを入れる。 

「ぐぉぉっ」

 ユダは、あまりの激痛に苦悶の声を上げながら、吹っ飛び地面に叩きつけられる。

 斬りつけられた腹を手で押さえると、みるみる内に真っ赤な血で染まる。

 ユダが地面に横たわっていると、コツコツと足音が近付いてきた。

 足音の主はナガノで、地べたにいるユダを冷めた目で見下ろしている。

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