第46話 アオモリへ④

二人はひんやりとした感触の真っ白な岩で出来た階段を、ランプのぼんやりとした光を頼りに下って地下に降りていく。

 階段は一直線に続き底が見えないほど深く、10分ほど下り続けて、ようやく広い空間に出ることが出来た。

 壁も地面も真っ白な石で造られた、思いの他広いその地下室には、中央にぽっかりと数メートルほどの大きな穴が開いていた。

 そして、その穴からは巨大な青い炎が天井に届かんばかりの勢いで噴出していた。

 部屋の中には、その燃え盛っている青い炎の他には何もなかった。

 ヒイラギは、その珍しい色の炎が気になるのか、じっと見つめている。

「その青い炎は、聖山の地殻から湧き上がっていて、この土地の膨大なマナを安定させてくれる役割があるの」

 ロードは微笑みながら、丁寧に説明してくれる。

「最初に、これから行う祝福という儀式について説明しておくわね」

「はい」

「あなたも経験している思うけど、大半の魔女は幼少期の物心がついた頃に魔法の修業を始める。神経が物凄いスピードで発達していくその年頃から、修行をするのは確かに理に適っているのだけれど、まだ未完成の体で魔法を使うのは神経にかなり負担がかかる行為なの」

「その酷使した神経を、成長期が終わり魔女として独り立ちが認められたタイミングで、整えて正常な状態に戻してあげるのがこの祝福の儀式よ」

「祝福は、ロードにとって最も重要な職務なの」

 ロードはひとしきり説明を終えると、中央で燃え盛る炎を手で指す。

「この青い炎の前に、あぐらをかいて座ってちょうだい」

 ヒイラギは言われた通りに、青い炎の前に腰を降ろすと、深く息を吸って気持ちを落ち着ける。

 目の前で燃え盛っている青い炎は、この距離でも熱さは感じずに、じんわりと体の末端からポカポカしてきて不思議とリラックスする事ができた。

「そう、瞑想の要領でしばらく息を深く吸う、深く吐くを繰り返して」

 少女の背中に、ロードはそっと両手を当てるとゆっくりと魔力を流し込んできた。

 ロードの魔力は、深く澄んだ知性の青と、温かな日なたの様なオレンジが混ざりあった色だった。

 ヒイラギは目を閉じて自分の中に意識を向ける。最初こそ他人の魔力が体に流れてくる事に違和感を覚えていたが、次第に母親の体内にいる赤子の様に心地よく感じられた。

 流れに身を任せていると、ふと川のせせらぎのイメージが頭に思い浮かんできた。その、ゆったりとしたせせらぎは時間を掛けて、流れを阻害する土砂を削り元の正常な状態に戻していく。 

「お疲れさま、終わったわよ」

 そのまま10分位経ったのだろうか、ロードが少女の肩をポンと叩く。

「ん・・・」

 ヒイラギは大きく息を吐くと、ゆっくりと目を開けて自分の両手に目を向ける。

 知らない間に自分の体内にこびりついていた、負の感情や痛みが浄化されて、もう一度この世にまっさらな状態で産まれ直した様な気分だった。

 それは、今までに味わったことの無い素晴らしい感覚であった。

「本当にセンスが良いのね。神経に大きな損傷も歪みも無かったから、直ぐに終わったわ」

「えへへ・・・それほどでも」

 少女は、褒められて照れくさそうに頭を掻く。

 生まれ育った小さなコミュニティでは、自分は魔女として群を抜いた才能の持ち主である事は自覚があった。しかし、数多の魔女を見てきたロードに面と向かって褒められると、ヒイラギは誇らしい気持ちになった。

「それにしてもスゴいですね。まるで生まれ変わったみたいです」

 ヒイラギは肩を回したり、手を開いたり閉じたりしながら、自分の体の変化を確かめている。

「そうだ、ヒイラギちゃん」

 深刻そうな表情でロードは口を開く。

「はい?」

「あなた体内に異物が入っているわよ」

 ロードはスラッとした綺麗な人差し指で、少女の背中の中心を押さえる。

「ああ、賢者の石ですかね」

「賢者の石・・・」

 ロードは、その言葉の意味を探り当てるかの様につぶやく。

「私ならこれを取り除く事も出来るけど、どうする?」

「うーん、そのままで良いです」

 一瞬迷ったが、ヒイラギにとってはあの地獄のような夜を乗り越えた証であり、なぜか手放すのが躊躇われた。

 それにこの石が体内にある限りは、あの不思議な少女ともどこかで繋がっている気がした。

「そう、魔女としては魔力を大きく増幅させるメリットがあるけど・・・人としてその石を抱える事はデメリットしかないわ」

「きっとあなたにとって大きな災いを招く」

 ロードがきっぱりと口にした、この予言めいた言葉は、少女にとって未来に起こる確定事項のように思えた。

 その後、ロードと少し話した後にヒイラギはその場を辞去した。


 部屋に戻ると、リッカは布団の上に大の字になって寝息をかいていた。

 寝ているリッカの傍に行くと、ツンと鼻を突くお酒のニオイがしてくる。

「ああ、戻ってきたか」

 部屋の奥の窓枠に腰掛けて外を見ていたいたユダが、ヒイラギに気付いて声を掛ける。

「リッカさん、寝ちゃいましたね」

 ヒイラギは、足元で凄い格好で寝ているリッカを指差して笑う。

「部屋を出て言ったと思ったら、どこからか酒を調達してきて一人で飲んでるんだよ」

「悪酔いして絡まれて大変だったよ」

 ユダは先ほどの事を思い出して苦笑いしている。リッカに「あんたヒイラギの事どう思ってるのよ」と、散々問い詰められていたのだ。

「まあ、肩の荷が降りたんだろうな。トウホクに入ってからは、彼女に頼りきりだったし」

「本当によくここまで付いて来てくれました」

 ヒイラギは、足元でぐしゃぐしゃになっている布団をリッカの体に掛けてあげる。

「ユダさんは、どうして一緒に来てくれたんですか?」

 ヒイラギもユダの隣に来て、窓から身を乗り出して夜空を観ていた。

 ユダはその問いに対して、どうしてだろうか、と自問する。

 最初に任務として会った時から、この少女にはどこか惹かれている部分があった。今は亡き、初恋の女性の面影を見たからだ。

 そして、リッカとも出会い二人の魔女と旅をして、魔女達が暮らすコミュニティの中を見て、自分たちノーマルと何も変わらない人間だと感じた。

「それが、正しい事だと思ったからだ」

 ユダは口にしてから、我ながら面白みの無い答えだと思った。

「それと、君が夢に向かって進み続ける姿を見て・・・僕も自分の夢を思い出した」

「へぇ、それはどんな夢ですか?」

「笑ったりしないか」

「笑うわけないじゃないですか」

「争いの無い平和な世界で自分の家庭を持ちたいんだ」

「愛する人と結婚して、子供も一人か二人いて、小さくても良いから一軒家を持って、どこにでもいる平凡で幸せな暮らしをしたい」

「素敵な夢ですね」

「その為には、まず平和な世界を実現しないとな」

「ユダさんは私より先に行ってます。私は平和な世界になって、その後の事とか何も考えてなかった」

「君なら、直ぐに次の道が見つかるさ」

「だと、良いですけど・・・」

「もう遅い時間なので私も寝ますね」

「あぁ、おやすみ」

 少女が布団の中に入るのを見届けると、ユダはまた外に顔を向けて夜空を眺めた。

 

 ユダはしばらく一人で夜空を見ていると、ある事に気が付いた。

 この旅に出る前は、ことある事に思い出して心に暗い影を落としていた初恋の女性であるユヅキの事を、もうしばらく思い出していなかった。

 ユダは、自分が過去の泥沼の様な呪縛から解放されかけている事を感じた。

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