第47話 アオモリへ⑤
翌朝、ヒイラギとユダとリッカの三人は、玄関口でロードに見送られて旅立とうとしていた。
まだ聖山も完全に目覚めていないのか、周囲にはうっすらと朝もやがかかっている。
傍らには、シノノメという名前のロードの侍女が立っていた。この小柄で色白の装束姿の女性はロードの使者として、ヒイラギ達と一緒にトウキョウに向かうことになっているのだ。
「ありがとうございました」
ヒイラギは、深々とロードに向かって頭を下げる。
「こちらこそ、貴女が来てくれて嬉しかった」
ロードは少女に近づくと抱擁を交わす。
「シノノメ、あなたもよろしく頼むわね」
「はい、お任せください」
落ち着いてはいるが、凛とした声でシノノメは答える。
「ウキヨに下まで送らせるわ」
ロードは外に出ると、ピュイと小気味よい音の口笛を吹く。
すると、上空から巨大な大鷲がバサバサと羽音を立てて降りてきた。
「あっ、こいつよ。昨日屋根の上にいたの」
リッカは、ゆうに全長10mはありそうな大鷲を指差す。
「うわーっ、大きい」
ヒイラギは大鷲に近づくと、頭上にある鳥の顔を見上げる。巨大だが、瞳はつぶらで人懐っこそうな可愛い顔をしていた。
「トウホクには、こんな馬鹿でかい鳥がいるのか」
ユダは口をあんぐりと開けて、驚いた表情で大鷲を見ている。
「この子は特別でね、ここの膨大なマナが作用して巨大化してしまったの。普通の鳥はこんなに大きく無いから安心して」
ロードが近づくと、大鷲は身をかがめてロードの高さまで顔を下げた。ロードはその大きな顔をほっそりとした指で撫でると、ウキヨは嬉しそうに喉を鳴らす。
そして、ロードが耳元で何やら囁くと、大鷲はうつ伏せで寝そべる様に、巨大な体をゆっくりと地面に降ろす。
ロードは玄関脇に置いてある、革製の巨大な鞍の様な物に向かって、両手を向けて集中する。巨大な鞍はふわふわと宙に浮いて、地面に寝そべっている大鷲の背中に載せられ、ベルトの固定具がカチリと止められた。
「さあ、あなた達、乗ってちょうだい」
ヒイラギ達とシノノメは、巨大な大鷲の背中に乗り込み、鞍の取手の部分を掴む。
すると、全員乗ったのを確認したのか、大鷲はすくっと立ち上がる。
「ウキヨ、お願い」
ロードが話し掛けたのと同時に、ウキヨは大空にはばたいた。ヒイラギ達は風圧で振り落とされない様に、必死で鞍の取手にしがみつく。
「みんな、落ち着いたらまたいつでも会いに来てね、歓迎します」
地上からロードは手を振っている。
「また絶対会いに来ますので、お元気で」
ヒイラギは地上のロードに手を振り返し、ユダやリッカも思い思いに別れの挨拶をする。
大鷲のウキヨは、軽やかに上空を滑走して聖山の麓に向かって、ぐんぐんと降りていった。
「これは、だいぶスリリングね。クセになりそう」
黒い髪を風になびかせながら、リッカはこの大鷲の乗り心地が気に入ったのか、目をキラキラさせて楽しそうな様子だ。
「君はよく平気だな、酔いそうだよ」
一方、ユダは早くも青い顔をしてグロッキー状態で項垂れている。
「あなた達、あまり喋っていると舌を噛みますよ」
今まで黙り込んでいたシノノメから注意を受ける。
数十分分ほどでこの山下りは終わり、大鷲は聖山の麓にたどり着いた。
「ありがとう、ウキヨ」
ヒイラギは、降りやすい様に地面に寝そべってくれている大鷲の背中から飛び降りる。
他の者たちも全員、自分の背中から降りた事を確認すると、ウキヨは挨拶代わりに ピュイと一声鳴く。そして、颯爽とまた上空に飛び立ち、聖山の山頂に戻っていった。
「あのね・・・」
地上に降り立ち、これからまたトウキョウに向かって出発しようかという時に、リッカが珍しく遠慮がちに口を開いた。
ヒイラギとユダはどうしたのかと、リッカの方に目を向ける。
「あんた達は、これからトウキョウに引き返すと思うけど、私はアオモリに残るわ」
「だから、ここでお別れ」
突然、リッカに別れの言葉を告げられて、ヒイラギは驚きの声をあげる。
「えっ、どうして」
「元々の私の旅の目的なんだけどさ、これなの」
リッカは、ハーフパンツのポケットを探ると、中から何やらプラスチックの容器を取り出した。
「この中には、世界樹と呼ばれる木の葉っぱが入っている」
「世界樹・・・」
少女は、リッカの手にしている、そのプラスチックの容器を覗き込むと、中には少しくすんだ色の大ぶりな葉っぱが入っていた。
「カントウに生えていて、ノーマルにとってはただの古くて大きな樹に見えるかもしれないけど、魔女にとってあれはかけがえのない貴重な木なの」
「採集したこの葉っぱを、ここからさらに奥地にある、故郷に持ち帰らないと行けないの」
「あまりにも、あんた達と居るのが楽しかったから言い出しにくくてさ。突然、ゴメンね」
リッカは、ヒイラギの前にそっと手を差し出す。
「だから、ヒイラギ後は頼むわよ。私も争いのない世界が実現する事を、心の底から願っている」
少女は、大事な物にでも触れる様に、その手を両手でしっかり包み込んで握手をした。
そして、リッカは傍にいるユダに向かって拳を突きだす。
「あんたも、この娘を絶対に護ってあげて」
「ああ、任せろ」
ユダは突き出された拳に、そっと自分の掌を重ねる。
「あんた達との旅は楽しかった、元気でね」
リッカは一通り別れの挨拶を済ませると、くるりと背中を向けて、これから南下するヒイラギ達とは、反対方向に向かって歩いていく。
「また会えますよね、リッカさん」
その背中に向かって、ヒイラギは名残惜しそうに呼び掛ける。
リッカは振り返らずに、軽く手を挙げてそれに応えた。
少女はその姿が見えなくなった後も、しばらくリッカが立ち去った方角を見つめていた。
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