第36話 魔女たちの夜①
青年が目を開けると、どこかで見覚えのある天井が目に入った。
どうやらベッドに寝かされているようで、ゆっくりと体を起こして辺りを見回す。
まず目に入ったのが、自分の直ぐ側でベットに頭だけ載せて、寄りかかり眠っている少女の姿だった。
その特徴的な茶色いウェーブの掛かった髪の毛が、寝息に合わせて微妙に揺れる。
多分看病をしていたのだろうが、最終的にこうしてすーすーと寝息を立てて、うたた寝してしまっているのは、この少女らしかった。
その少女が無事な姿を見て、青年は心の底からホッとしていた。
ふとあの夜の出来事を思い出して、自分の体を見渡して見る。
切り裂かれた腹部はまだ痛むが、傷口は綺麗に塞がっていて後遺症なども無さそうだ。
あの致命傷から、こうして命が助かっているのは奇跡的とも言える。おそらく、この少女が何かしら魔法で手助けしてくれたのだろう。
「あっ」
すぐ近くで驚きの声がした。
ヒイラギが目を覚まして、青年の様子をまじまじと見ている。
「やあっ」
青年はどうしていいか分からずに、軽く手をあげて元気さをアピールする。
「一昨夜に気を失ってから・・・ずっと目を覚まさないので心配で、心配で」
ヒイラギは、今にも泣き出してしまいそうだ。
「ごめんよ、心配させて」
青年はペコリと頭をさげる。そして、少女の口から、あれから丸一日以上意識を失っていた事実を聞いて内心驚いていた。
「ありがとう。君たちが助けてくれたんだろう」
「はい、本当に無事に目を覚ましてくれて良かった」
「それと、あのスキンヘッドの男の人はいったい・・・」
ヒイラギは、ずっと気になっていたのだろう遠慮がちに聞いてくる。
青年は少し間を置いて、意を決した様に口を開く。
「リッカはどこにいるのかな?二人に話したい事がある」
あのクウカイが襲撃して来た夜に話そうと思っていた事だが、どうやら途中で気を失ってしまい話せなかったようだ。
青年は、あらためて二人に真実を打ち明けなければいけないと覚悟を決めた。
「ホヅミさんと外に出ています。お昼には戻ると言っていたので、直ぐに帰ってくると思います」
壁に掛かっている時計を見ると、11時40分を指していた。
青年の真剣そうな様子を感じ取ったのか、ヒイラギはそれ以上詳しく尋ねることはしなかった。
ガチャっ
ちょうど12時位に、リッカとホヅミが野菜や牛肉などの食材が入ったザルを抱えて家に帰ってきた。
「目が覚めたんだ」
リッカは、ベットに上半身を起こして座っている青年の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「リッカ、帰って来て直ぐですまない。君たちに話さないといけない事がある」
青年は、じっと真剣な眼差しでリッカとヒイラギを順番に見る。その姿は、緊張しているようにも見えた。
「えっ、何よ」
リッカとヒイラギは、互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「私は少し外に出てくるわね」
ホヅミは何か感じたのか、抱えていた野菜のザルをキッチンに置くと、外に出ていった。
部屋の中央にある丸いダイニングテーブルを囲んで、青年と向かい合う様にヒイラギとリッカは椅子に腰掛けた。
「君たちに話さないといけない事と言うのは、つまり・・・」
青年はおもむろに口を開いて話し始める。
途中で言い淀むが、ヒイラギとリッカは口を挟まずに、ただ耳を傾けていた。
青年の視線は落ち着きが無く、心の中で何やら葛藤している様子が二人にも伝わってきた。
「実は・・・僕は反魔法使い組織セイラムの人間なんだ・・・」
青年は意を決した様に、今までずっと二人に隠していた事を口にする。
黒いジャケットのポケットから財布を取り出すと、その中から一枚のプラスチック製のカードを抜き出す。
それをテーブルの上に置いて、ヒイラギとリッカの前に差し出した。
そのカードには、左上にセイラムの紋章である金色の六芒星が描かれていた。そして、目の前にいる青年の顔写真の横に『Yuda』とローマ字で書かれていた。
「ユダ・・・」
ヒイラギは、カードを手に取りまじまじと見ている。
「それが僕の本当の名前だ」
「あんた、ずっと私達を騙してたのね」
リッカは拳でテーブルを叩いて立ち上がると、身を乗り出して目の前の青年、ユダの胸ぐらを掴んだ。
胸ぐらを摑まれたユダは、抵抗するでもなく、ただ視線を下に落としている。
「待って、リッカさん」
ヒイラギは、今にも殴り掛かりそうなリッカをなだめる。
「どうして、本当の事を言おうと思ったんですか?」
少女は、ユダの真意を見極めようとじっと目を見つめる。
「まず、一昨夜の件について話させてくれ。僕と戦っていたのは、セイラムの魔女狩りと言う同じ部隊にいる、クウカイと言う男だ」
ユダは、ここまで話すと大きく息を吸った。
「あの男はヒイラギ、君に危害を加えようとしていた。信じてもらえないかもしれないが、僕はそれを止めようとして戦闘になったんだ」
ヒイラギは、この話を聞いて大きく目を見開いて驚きの表情を見せた。
「初めは任務として、共生派のハクと言う人物に成り済まして、和平の使者としてロードに接触し、暗殺しようと企てていた」
ユダは罪悪感からか、うつむきがちに話す。
「だけど、こうして君たちと旅をしている内に気づいたんだ」
「僕は今まで誤解していた。魔女は得体の知れない化け物とでも思っていた。だが実際にこうして一緒にいると、僕達ノーマルと何も変わらない」
「魔女でも、こんな僕に優しくしてくれる人が沢山いる。もちろん中には意地悪なやつもいるだろうが、それはノーマルも変わらない」
「今はノーマルと魔女の和平を実現したいと本気で思っている」
ユダは心の内を全て吐き出し立ち上がると、自分の黒いジャケットを取って席に戻って来る。
そして、ジャケットの内ポケットから防水パックに入っている白い封筒を取り出した。それは、首席がロードに向けてしたためた文書であった。
「これは君に託したい」
白い封筒をヒイラギの前に差し出す。
「今話した事、全部信じても良いんですよね」
ヒイラギは白い封筒を手に取ると、じっとユダを見つめる。
「ヒイラギあんた・・・今まで騙されてたんだよ」
リッカは、まだ納得していない様子である。
「ユダさんは命を掛けて、私の事を守ろうとしてくれた。そこに嘘はないです」
ヒイラギはリッカを諭すように、にっこりと微笑む。
「ああ、これ以上君に嘘はつきたくない」
ユダは、じっと目の前の少女の瞳を見つめる。
「私と一緒に、アオモリまで行ってください」
ヒイラギは椅子から立ち上がると、ユダの前に右手の手のひらを差し出す。
「良いのか・・・本当の事を言ったら、君たちとはもう一緒にいられないと思っていた」
ユダは驚いた表情で、ヒイラギを見つめる。
「まだまだ半人前なので、鍛えてもらわないといけないですし」
ユダも椅子から立ち上がり、その差し出された手のひらに、自分の手のひらを重ねる。少女の小さな柔らかい手から、心地良い温かさが伝わってきた。
「この娘が言うならしょうがないわね」
リッカは大きくため息を付くと渋々と言った様子で二人の手のひらに、自分の手のひらを重ね合わせる。
しばらく手のひらを重ね合わせていると、三人は互いに顔を見合わせて照れくさそうに笑った。
ユダのその表情は、この旅で初めて見せた穏やかなものだった。
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