第37話 魔女たちの夜➁

「もう、大丈夫かしら?」

 数十分後に自分の家にも関わらず、遠慮がちにホヅミが扉を開けて、部屋の中を覗き込んで来た。

「はい、大丈夫です。お騒がせしました」

 ユダは、ぺこりとホヅミに向かって頭を下げる。

 ホヅミは、そのユダの顔をじっと見ると不思議そうに首をかしげる。

「あなた何か憑き物が落ちたようね。暗さが無くなったと言うか」

「ええ、色々ありまして」

 ユダは頭を掻いて、照れくさそうな表情をしている。

「まあ、良いわ。お昼ご飯にしましょう」

「直ぐに作るから待っててね」

 ホヅミは台所に向かうと、手際よくザルに入っている牛肉と野菜を炒めて料理をする。

「いただきます」

 直ぐに肉野菜炒めがテーブルの上に並び、皆で食事を始める。

「すいません、3日間もお邪魔してしまって」

 食事の最中にリッカが口を開く。

「久しぶりに賑やかで楽しかったわよ」

 ミヅホがよく日に焼けた顔をほころばせて答える。

「あなた達、これからアオモリを目指すのよね」

「良ければ、ウチのコミュニティの者に近くまで馬車で送らせるわ」

 ミヅホから願ってもない申し出があった。

「本当ですか」

 ヒイラギとリッカ、そしてユダの三人は喜びを隠しきれない。

 徒歩ならここからアオモリに入るまで3日位掛かるかもしれないが、馬車であれば本日中にアオモリの手前くらいまで行けるかもしれない。


「本当に何から何までお世話になりました」

 馬車の後ろの座席に座っているヒイラギ、リッカ、ユダの三人は集落の外れでミヅホに向かって頭を下げる。

 そこら中を駆け回って遊んでいる子供達や、農作業に励んでいた大人たちが物珍しそうに馬車の方をちらちらと見ている。

 小さなコミニティなので、外からの来客が珍しいようだ。

「寂しくなるわね。また、近くまで来ることがあったら遊びに来てね」

 ミヅホは三人に対して手を振り、そして御者席で馬の手綱を引く中年の男に対して、「頼むわね」と声を掛ける。

「よし、それじゃあ行くぞー」

 中年の男は後ろの座席に座るヒイラギ達に一瞥すると、馬に鞭を打ち、馬車の車輪が勢い良く動き出した。

 馬車と言っても粗末な物で、後ろの荷台には椅子代わりの木箱が置かれているだけで屋根も無く、真上まで登っている昼間の太陽の強い陽射しが容赦なく照りつけて来た。

 ガタガタと音を立て、風を切って平原を走る馬車の中で、ヒイラギは楽しそうに外の景色が流れるのを見ていた。

 

 リッカはしばらく馬車が走った所で、リュックから地図を取り出して広げる。

「今日はここまで行ってもらうわ」

 ヒイラギとユダは、後ろから地図を覗き込む。

 リッカが指さしているのは、今いるイワテから北上して、アオモリの手前にあるコミュニティだった。

 リッカは前方の御者席に座っている男の方に身を乗り出して、地図を見せながら何やらやり取りをしている。

「思ったより、早くアオモリに行けそうですね」

 ヒイラギは、屈託のない笑顔で隣にいるユダに向かって話し掛ける。

「ああ、そうだな。早くロードに会いに行こう」

 ユダもそれに微笑んで答えるが、胸の奥で一抹の不安を感じていた。

 ヒイラギとリッカの助けで一度は退けたものの、あのクウカイがこのまま黙って引き下がるとはとても思えなかった。

 そして、自分の義理の父親でありセイラムの総統でもある、あの男の事も心の奥底で引っ掛かっていた。

 

 途中で、馬を休ませる為に休憩を取りつつ、ひたすら馬車は北に進み続けた。

 夕方になる頃には、目的地であるアオモリの手前にあるコミュニティにたどり着いた。

「うーん、着きましたね」

 ヒイラギは、一日中座りっぱなしで凝り固まった体を伸ばしながら馬車を降りる。

「ここまで送っていただき、ありがとうございました」

 リッカは馬車から降りると、ここまで送ってくれた御者席に座っている中年の男にお礼を言う。

「ここから先は、白神山地を超えないといけないからな馬車じゃ無理だ。頑張ってな、お嬢さん達」

 中年の男は手を振ると、元来た道を引き返して馬車を走らせる。

「泊まる所を探そうか」

 ユダは、魔女のコミュニティにもすっかり慣れたのか、落ち着いた様子で辺りを見渡している。

 このコミュニティは、規模的には街と言っても良いくらいの大きさだった。

 住宅数も昨日泊まったコミュニティとは比べ物にならないほど多く、酒場や雑貨屋などのお店も見られた。

 このコミュニティの中心であろう大通りには、老若男女多くの人が歩いている。


 辺りも薄暗くなり、夕暮れ時の道の両脇にある街灯には光が灯っていた。

「前から気になってたんだが、これはどういう仕組みなんだ?」

 ユダは不思議そうな表情で、街灯のオレンジ色の光を指さしている。

 魔女のコミニティには、一部の個人で所有している発電機を除いて、公に使用出来る電力が無い事は以前にリッカに聞いていた。

「ん、魔法の力でしょ」

 リッカは当然でしょ、と言わんばかりの反応である。

「このコミュニティの管理人が一つ一つ街灯を回って、持続性のある魔力を込めているのよ」

「それはなかなか大変だな」

「あんたらの使ってる電気も管理している人がいるんでしょ」

「それはそうだが・・・」

 ユダは、それ以上は何も言わずに口をつぐんだ。

「すいません、どこかに宿屋ってありますか?」

 ヒイラギは、通行人の青いワンピースを着た女性に話しかける。

「ああ、1軒だけあるわよ」

「この通りをずっと歩いていくと左手側に見えるわ」

 青いワンピースの女性は大通りの先を指差す。

 女性にお礼を言うと、三人は大通りを奥に進み、ほどなくして宿屋を見つけた。

「あーっ、ついに明日はアオモリか」

 部屋にチェックインすると、リッカはさっそくベットに大の字になって寝転んでいた。

「ここから先は白神山地を超えないと行けないんだろう」

 扉の近くの壁に腕を組んで寄りかかっているユダは口を開く。

 部屋が大部屋一つしか空いてなかったので、女性二人と同じ部屋に泊まる事になり、遠慮がちに離れた所に一人立っていた。

「そうね、かなり広大な山林だから明日朝イチで出発するわよ」

 リッカは枕に顔を埋めながら答える。

「やっとロードに会えるんですね」

 ヒイラギは瞳をキラキラと輝かせる。

「まあ、会って文書を渡した後は向こう次第ね・・・魔女とノーマルの溝は想像以上に深いから」

 ここでリッカは珍しく弱気な発言をする。

「直ぐに和平は難しいかもしれないが、可能性は充分あるだろ」

「ですよね、きっと上手くいくはず」

 すかさずフォローを入れるユダに、同意する様にヒイラギもこくりと頷く。


 晩御飯を済ませると、ヒイラギとユダの二人は、街の外れの草原で日課になっている戦闘訓練を行っていた。

 今日は一際蒸し暑い夜で、少し動くと二人は直ぐに汗だくになった。

(驚いたな・・・かなり上達している)

 少女の戦闘技術の上達ぶりには目を見張るものがあり、既に街のチンピラの数人位なら一人で難なく倒せる腕前であった。

 聞けばユダが病床に伏していた二日間も、ヒイラギは一人で訓練を欠かさずに行っていたようである。

 訓練の最中に、少女は何か聞きたい事でもあるのか、頻りにちらちらとこちらを見ている事にユダは気付いた。

「どうした?何か気になる事でもあるのか」

 ヒイラギは息を吸込むと、意を決した様に話を切り出した。

「・・ユ、ユダさんは、どうしてセイラムに入ろうと思ったんですか?」

「そうだな・・・僕の本当の両親は亡くなっていて、孤児院で育ったって言うのは前に話した事があったよね」

 ユダは落ち着いた様子で、過去の記憶を思い出すようにゆっくりと話し始めた。

「はい、私も似たような境遇だったので覚えてます」

「僕はそこで酷い暴力を受けて育った来た」

 ユダは右側の長い前髪を掻き上げると、そこには普段は隠している、酷い火傷跡が残っている右目が露わになった。

 ヒイラギは、その生々しい暴力の痕跡を見て思わず息を呑む。

「どうしても強くなりたかった。強くなって僕を虐めた奴らを、理不尽な世の中を見返したかった」

「そして・・・何より好きだった人に、僕を男として認めて欲しかった・・・」

 遠くでぼんやりと光る街の灯りを見ながら話す、ユダのその表情はどこか悲しげだった。

「10歳の頃に『魔女狩りソルジャー』と言う本を読んで、セイラムの事を知ったんだ」

「セイラムと言う組織は強い男の象徴として、世間的にも尊敬と畏敬の念を持って見られていた。僕はここに入って、自分を変えるしか無いと思った」

「そしてある日、運良くセイラムの総統である義父に拾われて、魔女狩りのユダになったってわけさ」

 ユダは自嘲気味に笑うと、話したい事は全て話し終わったのかここで言葉が途切れた。

「小さな頃から・・・周りと、そして自分とも戦い続けて来たんですね」

 ヒイラギは、目元を手で拭いながら涙混じりの声でつぶやく。この青年から感じていた、孤独や焦りにも似た緊迫感の理由をようやく理解できたような気がした。

「ふっ、やはり君は優し過ぎる。戦いには向かないよ」

 自分の為に泣いてくれている少女を慰めるように、ユダは努めて冗談っぽい口調で話す。

「ごめんなさい、訓練の続きをお願いします」

 まだ鼻声で話す少女に促されて戦闘訓練を再開し、夜が拭けるまで二人は無言で一心に体を動かし続けた。

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