第34話 二人の星⑦

「あれ、どうしたの?」

 数十分後、ホヅミは、家に戻って来た青年の姿を見て首をかしげる。

 一人でお茶をしていたようで、テーブルの上にはティーカップと読みかけの本が乗っていた。

「ト、トイレお借りします」

 青年は、家に入るなりバタバタとトイレに駆け込んで用を足す。

「ふーっ、お騒がせしました。二人を置いてきたので戻ります」

「はい、忙しいわね」

 トイレから出ると青年はホヅミにペコリと頭を下げて、取って返すように家から出て夜道を駆け出す。

 トイレに行っていたせいで流星群を見逃す事があったら、またリッカがからかってくるに違いない。


 青年は来た道を戻って、双子山の中腹くらいまで戻って来ていた。

 先を行っている二人に少しでも早く合流するべく、ここまで全力疾走で山道を登ってきていた。

 さすがに息も上がり、呼吸を整えてまた足を踏み出そうとした、その瞬間。

「ユダ」

 突如どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえて来たので、青年ははっとした表情で辺りを見回す。

 暗闇の中で、木々がさらさらと風に吹かれて、かすかに揺れるだけで周囲には全く人の気配が感じられなかった。

「誰だっ、出てこい」

 青年は暗闇に向かって叫ぶ。

 そして、念の為持ってきていた腰の刀剣に手を掛けて、いつでも抜けるように構える。

 今はハクと言う別の人物に成りすまして行動していたのに、いきなり本名で呼ばれたのだ。間違いなく自分の素性を知っている者が潜んでいるはずであった。

「俺だ、クウカイだ」

 頭上から低い声が聞こえると、前方の大木が微かに揺れ、一人の男が音もなく静かに地面に着地した。

 その男は、フード付きの黒装束を着ており、背中に大鎌を背負っていた。

 男が被っているフードを取ると、青年の見知った顔が姿を表す。

 頭はスキンヘッドで、顔の右半分に二匹の蛇が互いの尾を飲み込んでいるウロボロスの入れ墨が入っており、その目つきは鋭かった。

「クウカイさん・・・」

 クウカイは、セイラムの青年も所属する魔女狩りと言う特殊部隊の中でも、最強と目されている人物であった。

 青年の、初めての魔女狩りとしての任務では、命を救ってくれた恩人でもある。

「どうしてここに?」

 青年は当然の疑問を口にする。

「お前、総長から何やら任務を任されているらしいな」

 クウカイは、質問には答えずにいきなり本題に入って来る。

「・・・」

 自分と総長のナガノしか知らないはずの任務の事を言われ、青年は驚くと同時に下手な事は言えないと思い沈黙を貫いた。

 二人は、しばらく無言で睨み合い、遠くで鳴く虫の声だけが周囲に響き渡った。

「魔女のお嬢さんとロードに会いに行くんだろう」  

 しかし、青年の沈黙も意味はなく、クウカイはすでに任務の詳細について知っている様子であった。

「お前が暗殺に成功しようが失敗しようがどうでも良い。しかし、万が一なにかの間違いで和平が実現しちまったら俺は困るんだ」

「魔女の居場所を教えろ」

 それは、有無を言わさない口調であった。

「何をする気ですか」

「殺す」

 クウカイのその返答は、短く何の感情も感じさせない口調であった。

 その言葉を聞いた瞬間に、青年は自分が死刑宣告でも受けたかのように、心臓がドクンっと大きく脈打つのを感じた。

「そうすれば、お前はロードと会うことが出来ないだろうし、この面倒な任務とはおさらばだ」

「それは・・・出来ないです」

 青年は、口の中がカラカラに乾いていたが振り絞るように言葉を発する。

「なんだと」

 青年の返答が意外だったのか、クウカイは怪訝な表情を見せる。

「お前も、今まで何十人もの魔女を手にかけてきただろう。今さら魔女が一人、この世から消えた所で何ともないだろう」

「クウカイさん・・・あなたは魔女と話した事がありますか?」

 青年は、少し間を置いて唐突にこんな事を口にした。

「?」

 青年の、この問いかけの意味が分かりかねたのか、クウカイは不思議そうな表情をしている。

「この旅で多くの魔女と会って話して来ました」

 青年はゆっくりと話し始める。

「僕たちノーマルは洗脳されている。魔女は狡猾で攻撃的な化け物だと言われて育ってきた」

「だけどそれは違う。僕たちと同じ理性のある人間だ」

「何だ、あの魔女にたぶらかされて情でも写ったのか」

 クウカイは、呆れたような表情をしている。

「あの子は強くなろうともがいている」

「その、あの子をここで殺らせるわけにはいかない」

 青年は、これだけ言うと腰の刀剣に手を掛ける。

「まさか、俺と殺る気か」

 暗闇の中でひクウカイの瞳がギラリと光った。その表情は、口角を歪めて笑っているようにも見えた。

「そちらが退かないなら」

 青年とクウカイの視線が交錯する。口では強気の態度を取っているが、青年はこの魔女狩り最強と言われている男を前にして、感じている恐怖心を必死で押し殺していた。


 ヒュンっ

 クウカイは、背中の大鎌を素早く抜くと躊躇なく青年に斬りかかってきた。

「ふっ」

 青年は、バックステップで素早く斬撃を躱し、腰の刀剣を抜いて構えて見せる。

 目の前のスキンヘッドの男の攻撃は恐ろしく速く、一歩動くのが遅れたら青年はその大鎌で喉を切り裂かれていた事だろう。

 ヒュンっ

 直ぐに目の前の死神が大鎌を振るって、次の攻撃を仕掛けてくる。

 キンッ

 青年は半ば勘でその斬撃を刀剣で受け、鉄と鉄がぶつかり合う音が辺りに響き渡る。

 クウカイの戦っている姿を久々に見たが、その動きはとてつもなく速く、とても生身の人間の動きとは思えなかった。


 クウカイは、セイラム内で浸透している身体能力を飛躍的に向上させる装備品である強化アーマーを嫌っていた。

 常に自分の身体のみを頼りに戦場を駆け抜けてきた。

 青年は以前に一度、先輩であるクウカイに対して「なぜ、強化アーマーを使わないのか?」と聞いたことがあった。

 その時のクウカイの返答はとてもシンプルで、「自分が魔女に劣っていると認める事になるから」と言ったものだった。

 ノーマルの技術の結晶である強化アーマーに頼らずに、クウカイはセイラムの中で最も多い数百人と言う魔女をその手に掛けて来たのだ。それは、奇跡的な偉業と言っても良く、魔女狩りの中でこの男を伝説的な存在とたらしてめいた。


 青年は魔女狩りとして初めての戦場で、クウカイに命を救われて以来、どこかこの男に憧れと畏敬の念を抱いていた。

 そして、いつかこの男を超えたいと言う思いで、青年は厳しい鍛錬を積み重ね戦場で魔女狩りとして数々の功績を残していった。

 青年は、経験を積んだ今の自分の実力なら、目の前のクウカイにも決して遅れを取らないと思っていた。

 しかし、今の2合の撃ち合いで気付かされた。

 (レベルが違う・・・化物か)

 青年は、圧倒的な実力差に愕然としていた。

(こっちも殺る気でいかないと、この人は止められない)

 青年はバックステップで後ろに飛んで距離を開けると、素早く腰のベルトから銃を抜いてクウカイに向けて発砲する。

 その瞬間、今まで無表情だったクウカイの目がギラリと光って上半身をねじる。

 発射された銃弾は、男の右腕にわずかにかすってに血が飛び散った。

 しかし、負傷したにも関わらずにクウカイは好機とばかりに、青年に飛び掛かって来た。

「お前は甘い」

 クウカイはそう呟きながら踏み込んで大鎌を振るうと、青年の腹にザクリとその刃が喰い込む。

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