第31話 二人の星④

その後、すっかり汗も冷え切った体で夜道を歩きレストラン兼、宿屋に辿り着いた。


 何だかバツが悪くそのままこっそり自分の部屋に戻ろうとすると、部屋の前で誰かが腕を組んで待ち構えていた。

 そこに立っていたのはリッカだった。

「あんた、あの子に何を言ったの」

 静かだが、咎めるような口調だった。

「いや、前から気になってた事を思わず言ってしまった。あの子が亡くなった母親に囚われすぎているんじゃないかって」

 非難がましい目でリッカは青年を睨みつける。

「大人びて見えるけど、まだ16の子供よ。親に依存するのは当然でしょ」

 その言葉を聞いて、青年は自分の間違いに気付いた。

 一回り年上の自分でさえ父親代わりの男に依存している所がある、少女が亡くなった母親に依存していても決して非難は出来ないはずだ。

「すまない、どうかしていた」

「明日謝るよ」

 その言葉を聞いて満足したのか、ふんと鼻を鳴らしてリッカは自分の部屋に戻っていった。


 そんな事があり、青年はどこか沈んだ気持ちのまま自分の部屋に入った。

 自分一人用の部屋なので当然だが中には誰もいなく、ランプも灯していないので部屋は真っ暗だった。 

 そのまま、着替えもせずに窓際の近くにあるベッドに仰向けに倒れ込むように寝転ぶ。

 青年は暗い天井を見上げながら、先ほどヒイラギにどうしてあんな事を言ってしまったのか考えていた。

 以前から、少女の亡くなった母親に依存している様子が、なぜか気になってしょうがなかった。今考えると、心の奥底で自分も同じように、父親代わりの人物に依存していると感じていたからだろう。

 自分もセイラムの総統であり、父親代わりに育ててくれたナガノに依存している。 それを今はっきりと自覚した。

 そうでもないと、任務であるロードの暗殺に成功しても確実に自分もタダでは済まない、この任務を引き受けるはずがない。

 ずっと、心の奥底に引っ掛かっていたのだが、ナガノがどんな気持ちでこの任務を自分に任せたのか今になって気になった。

 養子として自分を育ててくれたのだから多少の情があると思いたかった。

「ふぅ・・・本人に聞くしかないか」 

 青年は立ち上がると、隣のベットに折り畳んで置いていた黒いスーツのポケットからスマートフォンを取り出す。

 幸い、このスマートフォンはトランクでは無く上着のポケットに入れていたので、イバラキの砂漠で襲撃を受けた際に無くさずに済んだのであった。

 青年は少し考えると、スマートフォンを操作してメッセージを送る。

『夜分遅くすいません。少し話せないでしょうか?』

 すると、10分後くらいにスマートフォンに着信が入った。

 青年はひと息おいてから電話に出る。

「もしもし」

「ユダ、どうしたんだ」

 電話口からは、年配の男の低い声が聞こえてきた。貫禄のあるその声は、セイラムの総統であるナガノその人である。

「そうですね・・・何と言っていいか」

 聞きたいことは頭の中に浮かんでいたのだが、それを率直に切り出す勇気がなかなか出なかった。

「それより任務の方は順調か?」

 ナガノが、向こうから話を振ってくれたので青年は少しホッとしていた。

「ええ、ターゲットの魔女と行動を共にして今はトウホク地方にいます。1週間以内にはアオモリに到着できるかと」

 そこで、青年はイバラキの砂漠の真っ只中での出来事を思い出した。

「そういえば、道中のイバラキでテツロウさんと接触しました」

「何とか、僕の正体がバレないように巻けたので良かったですが、危ない所でした」

 一歩間違えばヒイラギ達に自分の正体がバレてしまう所だった。そうすれば、任務どころでは無くなってしまう。

「ああ、この任務のことは私と君以外は誰も知らないからな」

「そこを切り抜けるとはさすが俺の息子だ。頼りにしてるぞ」

 俺の息子と、言う言葉を聞いて決心がついたのか、青年は大きく息を吸うと、ずっと心の奥底で引っ掛かっていた事を吐き出す。

「今日聞きたかったのが・・・どうして僕にこの任務を任せたのかなと」

 青年は声が震えない様に必死に平静さを装ったが、内心は心臓の音が聞こえそうなほど緊張していた。

「うむ」

 ナガノは、青年の言葉の真意を計りかねているのか曖昧に相づちをうつ。

「この任務で、ロードを暗殺出来たとしても、間違いなく僕はタダでは済まない。そのまま魔女達に捕らえられて、処刑されるでしょう」 

「それを分かっていて、僕にこの任務を命じたのですよね」

 青年は、自分の言いたい事を全て吐き出すと、ふーっと大きくため息をついた。

「ユダ・・・男には、自分を犠牲にしてでもやらなければいけない事があるんだ」

「出来るなら、この私がアオモリに行って自分の手でロードを殺害して、そのまま多くの薄汚い魔女共を道連れにして朽ち果てたかった」

 その言葉は、間違いなくこの男の本心から出てきたのだろう。言葉の端々には、魔女に対する憎悪があらわになっていた。

「魔女は、そこまで悪い存在なんでしょうか・・・」

 ここで青年は、小声でポツリとこんな事をつぶやく。

 青年は今まで一度だって、この養父に意見をした事が無かった。人生に希望を持てずにどん底にいた自分を救ってくれたこの人の期待に応えたいと言う一心で、今まで努力し続け、セイラムのエリート部隊である魔女狩りの地位まで来たのだ。

「この旅で色んな魔女と出会って、話してみて、僕達ノーマルと変わらない人間だと感じました」

「僕のやろうとしている事は正しいのか、疑問を感じています。魔女と一度、和平を結んで見ても良いのではないかと・・・」

 青年はこんな事を口にしながら、内心では、セイラムで今まで経験してきた魔女との戦闘の時以上に恐怖を感じていた。

 ただヒイラギにあんな事を口にして、自分の気持ちにも気づいてしまった手前、ここで退くことは出来なかった。

「言いたい事はそれだけか。私をあまりがっかりさせるな」

 電話越しにナガノのその言葉を聞いた瞬間に、青年は自分の周辺の空気が薄くなったような感覚を感じた。

 それは、一切の感情を感じさせない無機質な言葉だった。

 その後、青年にとって永遠とも思えるくらいの深い沈黙が続き、耐えきれず恐怖心から思わず電話を切ってしまった。

 ツー、ツー、ツー

 電話の切れた音がずっと耳の奥に鳴り響いている。

 青年はスマートフォンを耳に当てた姿勢のまま、しばらく身動きが出来なかった。

 ナガノの態度に言いようのないショックを受けたからだ。

 青年は養父に対して、どこかで遠慮した様なよそよそしい気持ちを持っていたが、それでも心の奥底で繋がっていると思っていた。

 しかし、それは自分の思い違いのようだった。

 青年はベットに横になると、布団を頭から被った。寒くもないのに、ガタガタと体の震えが止まらなかった。

 まだ小さな子供の時分で、孤児院にいた時に感じていた、深い孤独感に苛まていた。

 それから数時間が経ち、ようやく青年に浅い眠りが訪れた。

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