第25話 イバラキ超え➁
「ちょっと静かに!」
青年は、緊迫した声を出すと、聞き耳を立てて微かに聞こえてきた物音に集中する。
「遠くでエンジン音が聞こえる。どうやら、こっちに近づいて来ているようだ」
これを聞いて、今まで、はしゃいでいたヒイラギとリッカの二人の表情が引き締まる。自分たちに、危機が迫っているかもしれない事を瞬時に察した。
(車に乗れるのは、大金持ちか、またはセイラムの軍人くらい。おそらく後者だろう)
青年は、このエンジン音に聞き覚えがあった。セイラムが所有している、ジープのエンジン音にそっくりだった。
「おそらく、セイラムの人間だ」
隠してもしょうがないと思ったのか、青年はふーっとため息をついて事実を告げる。
(極秘任務について知ってるのは、総統だけのはず。ここで、セイラムのやつと出くわして正体がバレたら全て水の泡だ)
青年は必死で思考を巡らす。
「確かに近づいて来てる、2台かな」
「どうする?ここじゃ隠れる場所もないけど」
一切遮蔽物が無い砂漠を見渡して、リッカは唇をなめる。
「ここで慌てて逃げても直ぐに追いつかれる。平静を装って、このまま歩き続けよう」
「これで、すんなりと通り過ぎてくれれば良し。もし絡まれる事があれば、その時は・・・」
青年は、ここで言いにくそうに言葉を切る。
「その時は?」
不穏な空気を察してか、ヒイラギは不安そうに続きの言葉を促す。
「戦闘も止む終えないでしょ」
ここでリッカが、続きの言葉をはっきりと口にする。
「私たちは、天地をひっくり返すような機密文書を持ってるのよ。ここで捕まるわけにはいかない」
「戦うって言っても・・・人に向かって魔法を放つなんて、そんな事」
ヒイラギの顔に動揺の色が浮かぶ。訓練で同じ魔女相手に魔法を放つ事はあっても、人を排除する目的で、魔法を使った事は今までに無かった。
「私も荒事に慣れているわけじゃないけど、何かあったら私が対応するよ」
「ただ知っての通り、私が使えるのは戦闘向きの魔法じゃない。いざとなったら、ヒイラギあんたが頼みよ」
「だけど・・・」
リッカは煮えきらない態度のヒイラギの前に駆け寄ると、少女のほっぺを両手で勢い良くガシッと挟む。
「あんたの平和への思いはそんなものなの!」
驚いて目を見開いている少女を、リッカは切れ長の目で真正面から睨みつける。
「綺麗事だけで、世の中を変えられるわけないでしょ。私達はここでやられるわけにはいかない、戦わないと」
「それくらいにしておけ」
男は、困惑しているヒイラギを庇うように間に割り込んで入る。
「大丈夫だ。僕も多少は戦闘の心得がある」
青年は、安心させるように少女の肩をポンと叩く。そして、手に持っているトランクを開けると、拳銃と全長30センチほどのダガーナイフを取りだす。
「あんた、ただの良い所のお坊ちゃんじゃなかったのね」
リッカは、少しほっとした様子でこんな事を言う。
「もちろん、こんな地下組織に入っていると荒事は避けられないからね」
(正体がバレたら終わりだ。同じセイラムの奴だろうが、気付かれる前に殺ってやる)
特殊部隊の魔女狩りに所属している青年は、その戦闘技術にはかなり自信があった。正規部隊の一般兵ではまず相手にならない。幹部クラスが出てきて、ようやく相手になると言った所だろう。
この砂漠の真っ只中、白いローブのフードをすっぽりと被っているのも都合が良かった。近くから顔を覗き込まれない限り、正体に気づかれる事はないだろう。
ブオオオン
エンジン音を響かせながら、2台のジープが白いローブを着た三人組の行く手を阻むように停車する。
「君たち、ちょっと良いかな」
運転席の坊主頭の男が、ローブを着た集団に向かって声をかける。
2台のジープには、計8人ほどの男が乗っており、全員が右胸に金色の六芒星が輝く黒い隊服を着ていた。
運転席の坊主頭の男は、続けて話しかける。
「ここら辺で魔女の目撃情報があって、少し身元を確認させてくれないか」
助手席の若い男が、ハンディタイプの機械を手にしてジープを降りて来た。
「悪いけど、フードを取ってもらえるか」
若い男が話しかけるが、ローブを纏った集団はそっぽを向いたまま無反応である。
「ちょっと、あんた」
男はこの態度に痺れを切らしたのか、一番手前にいるすらっとした体付きの人物のローブのフードに手をかけようとする。
すると、ローブの隙間から太いイバラが、ムチのようにしなって若い男の顔面にぶつかる。
ズシャッ
かなりの威力で不意打ちだったこともあり男は吹っ飛んで、手に待っていたハンディタイプの機械もすっぽ抜けて近くの砂山に埋まってしまっていた。
「レディに無断で触れようとするなんて、無礼な奴らね」
先程のイバラの攻撃の衝撃で、ローブがはだけて、その姿がはっきりと見えた。
絹のような黒い長い髪が風にはためき、ミステリアスな印象の美女がそこにはいた。
異様な光景だったのが、その美女の体には、幾重もの太いイバラが絡みついていた事だ。
そのイバラの先端は、それぞれ意思を持っているかの様にうねうねと動いている。
「こいつら魔女だ!」
その光景をジープの中から見ていた男たちは、目の色を変えて次々と車から降りると、刀剣を抜いて白いローブの三人組を取囲む。
一人はジープを盾に銃を構えてリッカに狙いを付けており、その行動からも戦闘慣れしている良く訓練された軍隊である事が分かった。
一人だけ、まだジープの後部座席に乗っていた、大男が後からゆっくりと降りて来る。
大男は、黒い隊服の上からでも分かるほどの筋骨隆々とした体格で、グレーの刈り上げた短髪に日に焼けた精悍な顔つきで、黒いサングラスを掛けておりその表情は読み取れない。
その手には、戦鎚と言うのだろうか巨大な鉄製のハンマーが握られていた。
(まずいな・・・よりによって、この人が出てきたか)
青年は、ローブのフードをすっぽりと被っていた為、周りからは伺えないが苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
彼は反魔法使い組織セイラムの正規部隊を束ねている三人の幹部の内の一人で、テツロウと言うコードネームで呼ばれていた。
青年も当然ながら面識があり、テツロウは、真っ向勝負のフィジカルの強さで言えば魔女狩りも含めて組織内で彼の右に出る者はいなかった。
「奥のあいつに気をつけて。たぶん相当手強い」
先頭に立っているリッカに、こそっと耳打ちをする。
「ふん、あんなのただのゴリマッチョでしょ」
リッカは、口ではそう言ってはいるが、只者でない雰囲気を感じ取ったのか、その言葉はわずかに震えていた。
「お前たち、大人しく投降しろ」
巨大なハンマーを持った大男は、肩にかけていた上着を後ろに投げ捨てる。
中には、ピタッとした黒いボディスーツの様な物を着込んでおり、丸太のようなぶっとい腕、山脈のような大胸筋など、屈強さを感じさせる肉体が露わになった。
その黒いボディスーツからは、時折コンプレッサーの様な微かな機械音が聞こえる。
「誰が、お前らなんかに」
リッカは精神を集中すると、体に絡みついている太いイバラがそれぞれ勢い良く動き出し、周囲の黒い隊服の男たちをなぎ倒していく。
「ふっ、おままごとか」
奥にいるサングラスの大男は、口の端を歪めて笑ったかと思うと、前方に向かって一歩踏み出す。
その後の動きは、人間の物とは思えなかった。
凄まじいスピードで、弾丸のようにリッカに向かって突っ込んでくる。
「くっ、こいつ」
必死でイバラをコントロールして何度も横殴りに叩きつける。
大男は、太いイバラを勢い良く叩きつけられて、腕、肩から血を滲ませているが、そんな些細な事は関係ないとでも言うかの様に、その勢いは止まらなかった。
青年は、リッカの後ろで拳銃を構えて援護射撃を行う。
バンッ
放たれた銃弾は、サングラスの大男の急所、首元めがけて一直線に飛んでいく。
(当たる・・・あいつに恨みはないが、障害になるならしょうがない)
直撃を確信したその瞬間、大男は驚異的な反射神経で、巨大なハンマーをわずかに動かして、最小限の動きで銃弾を苦もなく弾き落とす。
「なにっ」
人間業じゃないその動きを目の辺りにして、青年は驚愕の表情を浮かべる。
テツロウとは戦場を共にした事は無く、噂でその強さについて聞いていただけであったが、想像以上の怪物だった。
そのまま狂戦士の様に、圧倒的なパワーを持って、迫りくるイバラを掻き分けて前進し続け、ついにはリッカの目の前まで辿り着いた。
「あっ、ああ」
その圧倒的な迫力を目の前にして気持ちが怯んてしまったのか、リッカは腰が抜けてその場にへたり込んでしまう。
彼女だって年下のヒイラギの手前、戦闘役を引き受けたが、決して実戦経験が豊富なわけではなかった。
命をかけた戦闘の経験は無く、今までに遭遇したノーマルは、リッカの植物使役の魔法を見ると驚いて直ぐに逃げていった。
彼女自身も争い事を好む性格ではないので、逃げて行くノーマルは放っておいて命を奪うことはしなかった。
リッカは自分が魔女であること、ノーマルには無い能力を持っている事に、どこかで優越感を感じていた。
今こうして目の前で自分を見下ろしている、怪物のような圧倒的な力を持ったノーマルの姿を見て、生まれて初めて生命の危機を感じた。
リッカは、恐怖の余り発狂して叫びだしてしまいそうだった。完全に恐怖に飲み込まれてしまい、もう体に絡みついているイバラを動かす気力も残っていない。
「お前の敗因は、今ここで俺と出会ったことだ」
死刑宣告を下すように呟く大男は、黒いサングラスの奥で何を考えているのか、巨大なハンマーを横に振りかぶると、勢い良く地面にへたり込むリッカに向かって振り落ろす。
振り降ろされたハンマーが、無惨に頭蓋骨を叩き割るかと思ったその瞬間、一陣の強風が吹きつけ、リッカの体をふわっと吹き飛ばす。
大男の渾身の一撃はわずかに掠ったのみで、直撃を避けたリッカは、遠くの砂山にぼふっと音をたてて着地する。
掠ったのみとは言え衝撃はかなり強かったと見えて、頭からは血を流し意識を失いぐったりと横たわっていた。
サングラスの大男は、風が吹いてきた方角を見ると、そこにはまだあどけなさの残る、くせっ毛の茶色い髪をした少女が両手を前方に突き出している姿があった。
「わわっ」
なぜか、魔法を使った少女自身が驚いた表情をしている。
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