第23話 そして歯車はまわる⑤
数十分後、三人は焚き火を囲んで転がっている丸太に腰掛けていた。
雑木林の奥深くまで行くと、開けた土地があったので、そこで今日は野宿をする事にしたのだ。
周囲は完全に暗闇に染まり、空には満点の星が輝いていた。
「ふーん、魔女とノーマルの和平を実現する為にねぇ」
リッカにトウキョウに行った目的、そこでのハクからの依頼など、洗いざらい事情を全て話した。しかし、リッカはまだ半信半疑と言ったリアクションだった。
「それで、この人はノーマルの代表として、文書をはるばるロードがいるアオモリまで届けると」
リッカは、すらっとした細い指で青年の顔を指差す。
「そこにヒイラギ、あなたもロードの橋渡し役として付いていくのね」
青年を指していた指をすーっと動かし、今度はヒイラギの顔をぴたりと指差す。
「はい、そのとおりです」
少女はこくこくとうなずく。
「ちょっとその届ける文書見せてよ。話だけ聞いて、はいそうですかって信じられないしさ」
ここでリッカがとんでもない事を言い出した。
「そんな、ほいほい見せるものでは・・・」
男は困ったように頭を掻いている。
「お願い!そこをなんとか」
「いやー、頼まれても厳しいというか」
「なんか、あたしだけ仲間外れみたいで嫌じゃん。どうしてもと言うなら、夜中に寝静まってから力付くにでも・・・」
パチンと指を鳴らすと、辺りの雑草がにょきにょきと伸び始めて、ハクに迫っていく。
「うわっ、なんだ」
植物が生き物のように動き出すと言う、トンデモ魔法を目の辺りにしてハクは驚きの声をあげる。
「もう見せちゃいましょうか。このままだと安心して夜も眠れないので」
ここでヒイラギが、持ち前ののほほんとした雰囲気でこんな事を言い出す。
「しょうがないですね・・・機密文書なんだけどな」
青年はまだあまり納得していないらしく、しぶしぶと言った様子で、黒いジャケットの内ポケットから防水パックに入れた白い封筒を取りだす。
「はい、どうぞ」
「拝見させていただきます」
リッカは、両手で封筒をうやうやしく受け取ると、中から便箋を取り出して目を通していく。
文書を読み進めていく内に、みるみると真剣な表情になっていく。
「本当だったんだ」
ものの数分で、文書を読み終えるとぽつりとこう呟いた。
「だから、言ったでしょ。こんなに、ほいほいと見せて良いものじゃないんです」
青年は封筒を受け取ると、元の様に丁寧に防水パックに入れて、上着の内ポケットに仕舞う。
「ヒイラギ」
「はい?」
唐突に名前を呼ばれて、少女はきょとんとした様子でリッカを見つめる。
「なんで、あんたはわさわざ危険を犯してまで和平を実現したいわけ?」
リッカは、いつになく真剣な様子で問いただす。
「私は、お母さんが魔女でお父さんがノーマルの家庭で育ちました。もう二人とも亡くなってしまったんですが、とても仲睦まじい両親でした」
ヒイラギは、澄んだブラウンの瞳を伏せて静かに語りだす。
「その亡くなったお母さんの夢が、魔女とノーマルが仲良く暮らす争いの無い世界を実現する事だったんです」
「何としても私がその夢を叶えたい」
その思いのたけを告白した少女を、リッカはじっと見つめて何やら考えている。
「私もアオモリまで一緒にいくよ」
やがて、少女の肩にそっと手のひらを置いて口を開く。
「ええっ!ほんとですか」
「嬉しいですが、どうしてまた」
父親がノーマルだったヒイラギと違って、純血の魔女であるリッカは、特にノーマルに対して良い感情は持ってないはずである。
「あんたの事を気に入ってるからね。それと、私もやっぱり今の魔女とノーマルが争っている姿には疑問を持っている」
「正直ノーマルは、別世界の人間って感じでそこまで関心はないんだけどさ。姿形が全く同じ人間達が、魔法を使えるか使えないかの違いだけで争っている今の世界はどこか歪だよね」
リッカの話すその言葉には、どこか儚げな響きがあった。普段は、どこか飄々とした印象の、彼女の本音が垣間見えた気がした。
「ハクさんも良いですよね?リッカさんに同行してもらっても」
「うーん、無闇に人数を増やすのはどうですかね・・・極秘の任務ですし」
男は意外に渋い態度を見せた。
「アオモリなら何度も行ってるし、私は役に立つ女だよ」
「そうですよ。私も、トウホクは土地勘が無いので付いてきて貰ったほうが」
「うん・・・それなら」
最終的に、二人に押し切られる形で青年はリッカの同行を承諾した。
夜ご飯は、トウキョウを出るときに買って来たサンドイッチで済ませた。
ご飯を食べながら、取り留めもなく雑談をしていると、次第に夜も更けて来たので三人は寝る支度をする。
ヒイラギとリッカは、焚き火から少し離れたところで寝袋を広げで横になる。
「そういえば、ハクさんは寝袋を持ってないんですね」
いくら初夏の時期と言っても、森の真っ只中という事もあり真夜中はそれなりに冷え込む。
「ああ、自分はこれがあるんで」
男は、トランクから薄いアルミ製のシートを取り出すと、手慣れた様子で自分の体を包んで横になる。
「わお、サバイバルって感じ」
この品の良さそうな青年が、予想に反してワイルドな寝方をしているので、リッカは驚きのリアクションを見せた。
ヒイラギとリッカは、長旅で疲れていたのか、直ぐに寝袋の中で寝息をたて始める。
焚き火の炎も消えてしまい、周囲は真っ暗で静寂に包まれていた。
男は、自分の横で寝袋に包まれてカラスと一緒に眠る少女をじっと見つめる。
日中に、初めて会った時の事を思い返していた。
(驚いたな・・・見た瞬間に、姿は全く似ていないのに、なぜかユヅキの事を思い出した)
ヒイラギとユヅキ、この二人は見た目で言うと正反対だった。
ユヅキは生まれついての気品を兼ね備えていて、すらっとして身長も高く人目を惹く美人であった。
一方でヒイラギは、あまり目立つ外観ではなく、洗練もされていない素朴な少女であった。
唯一の共通点は、二人とも天然パーマでくるくるとした髪の毛をしていた事か。
だが、そんな事でユヅキを思い出したのではなく、本当に似ているのはあの瞳だった。
二人とも、聡明さを感じさせる澄んだ瞳をしていた。それが、どこか物事を達観したような、全てを受け入れてくれるような懐の深さを感じさせた。
見た目は違っても、心の核の部分が似通っているのだろう。
(あの子に感情移入してはダメだ。俺はあの子を利用して、何としてもアオモリにいるロードの元にたどり着かなければいけないんだ)
(それまでは、ハクと言う男に完全に成り済ます必要がある。油断出来ない)
男はその後もなかなか眠りに付くことが出来ずに、明け方近くになってようやく浅い眠りが訪れた。
翌朝、青年は、遠い昔に聞いた事がある様な、どこか懐かしさを感じる物音で目が覚めた。
木々の間から差し込む朝日の眩しさに顔をしかめながら、体を起こして周囲を見渡す。
すると、少し離れた所で、ヒイラギとリッカがテーブル代わりの丸太の上に置いた鍋を囲んで、何やら料理をしているらしかった。
「ハクさん、おはようございます」
青年が起きた事に気付いたヒイラギは、笑顔で挨拶をしてくる。
「ごめんなさい、うるさかったですか?」
「いや、大丈夫」
独身で取り立てて仲の良い友達もいない男に取っては、他人が料理をしている生活音はどこか新鮮で心地良く響いた。
同時に、自分のこの先の人生には縁が無い暖かさだろうなと、諦めにも似た寂しさも感じていた。
「こんな遅くまで眠ってる方が悪いのよ」
リッカは手にお玉を持ち、何やら良い匂いのする鍋の中身を味見するのに夢中で、青年には顔も向けずに悪態を付く。
皆で、朝食を食べ終わりコーヒーを飲んでいると、自然と今後のアオモリまでの旅の方針についての話になった。
「これから、最北端の地アオモリを目指して出発します。まず、今いるこのカントウ地方は、至るところに反魔法使い組織セイラムの軍事拠点があります」
青年は、地図を広げながら、セイラムの軍事拠点があると思われるエリアに印を付けていく。
「そうね。トウホク地方にさえ入れば、そこからはほぼ魔女が支配している領土だから安全だけど、それまでは全く気が抜けないわ」
「はい、通常通りのルートで行けば、膨大な数の敵との戦闘はまず避けられない。和平の使者としてアオモリを目指すのに、その道中で戦闘をするのは本末転倒ですし」
「ただ、どうすれば」
それまで、黙って話しを聞いていたヒイラギが疑問を口にする。
青年とリッカは、既に自分の中で答えが出ているのか目を合わせると、ほぼ同時に同じ言葉を口にする。
「不毛の地イバラキを通るしかない」
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