第22話 そして歯車はまわる④

 

「近くに友だちがいるはずなんですが、挨拶をしていっても良いですか?」

 ヒイラギは、トウキョウに来るまでの道中、一緒に旅をしたリッカの事を思い出していた。この近くで野宿しているはずなので、遠いアオモリに行く前に一言でも挨拶をしておきたかった。

「ええ・・・近くであれば構いませんよ」

 ハクは、少し考える素振りを見せたが承諾してくれた。

 二人は街周辺の荒れ地を抜けて、雑木林に囲まれた線路が敷かれている道を歩く。

 陽も傾き始め、地面には細長い影が伸びていた。

「ジジ、先回りしてリッカさんを探してちょうだい」

 ヒイラギは肩に乗っているカラスに話しかけると、その言葉を完全に理解したかのように、ジジは上空に飛び立った。

「凄いな、完全に意志の疎通がとれるんだ」

 ハクは真底驚いたような表情で、前方を猛スピードで進み直ぐに見えなくなってしまったカラスの姿を目で追っていた。

「小さな頃からずっと一緒にいるので」

 ヒイラギのその表情は、照れくさそうだがどこか誇らしげだった。

 

 線路の上を夕陽に向かって歩き続ける二人は、いつしか互いの子供時代の話しをしていた。

「孤児院ですか・・・それは大変でしたね」

 いかにも育ちの良さそうな横を歩く青年が孤児院育ちと聞いて、ヒイラギは驚いたのと同時に、そうかと妙に納得してしまった。

 コーヒーショップの前で、最初にハクに会った時に、社交的な反面でどこか満たされていない様な寂しげな印象を受けたからである。

「私も小さな頃に両親を亡くしてしまって。こう見えても苦労人なんです」

 ヒイラギ自身もわずか8歳で両親を亡くしており、この似たような境遇の男に親しみを感じ始めていた。

「ヒイラギさんは強いですね。そんな事がありながらも飄々とした様子で生きてる」

「そんなことは。ハクさんこそ言われるまで分からなかったです」

「私は、その後幸運にも今の両親に養子として引き取られましたからね。義父のハク・ヤマトと言うのがまた立派な男なんですよ。本当に彼のおかげで立ち直れた」

 青年は、そう話しながらも心の中では別の人間を思い浮かべていた。


 ハクは、ふと思い出したように口を開く。

「そういえば、ヒイラギさんはロードにお会いされた事はあるんですか?」

 これから、はるか遠くアオモリまで旅してロードに会いにいくのだ、当然の疑問だろう。

「はい。会ったと言っても、もう10年以上も前で小さな頃だったので、あまり記憶にないですが・・・」

 ヒイラギは、ふと幼少期の遠い記憶を思い出していた。

 現在のロードはもう70代半ばの高齢の魔女であるが、ヒイラギがまだ小さな頃に母親のカガリに連れられて、はるばるアオモリまで会いに行った事があった。

 ヒイラギは幼かったので、道中は馬車を乗り継いで、途中魔女たちのコミニティに泊まり歩き、片道10日間以上の長旅になった。

 ロードはアオモリの聖山と言う、世界でも有数のマナの発生源である土地に住んでいた。

 聖山の麓までは馬車で行く事が出来たが、それ以上は流石に進む事が出来ずに、母親がまだ小さなヒイラギをおぶって山道を登って行ってくれた。

 山道は、道中の緑などは一切無く剥き出しの岩肌が続き、濃い霧が発生しているなど、不気味な雰囲気であった。しかし、おぶってくれている母親の温かい背中に顔をくっつけていると、少女の不安は吹き飛び安心する事ができた。


「ロードはどんな方でしたか?小さな頃なのであまり覚えてないかもしれませんが」

「うーん・・・優しそうなお婆ちゃんでしたよ」

 おぼろげな記憶ながら、女性にしては背が高く、美しいふんわりとした銀髪を持った、貴婦人のような魔女の姿を思い出していた。

 その上品そうなお婆ちゃんがニッコリと微笑んで、ヒイラギの頭を撫でてくれた時の、あの手の温もりを今でも覚えている。


「カーッ、カァ」

 かすかにカラスの鳴き声が聞こえたかと思うと、遠くから長身の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 女性の上を並走するように、カラスがぱたぱたと飛んでいる。

「後ろにさがって」

 ハクは前方に現れた人影を警戒してか、ぐいっと前に出て少女を自分の背中の後ろに隠そうとする。

「大丈夫、友人です」

 ヒイラギは、後ろからひょっこりと顔を出す。

 こちらに近づいてくるにつれて、女性の姿形がはっきりと見えてくる。

 すらっとした長身にロングの黒髪、エキゾチックな整った顔立ち。

「やっほーっ、元気だった」

 リッカは、こちらに向かってぶんぶんと手を振ってくる。すぐ上を首元に青いリボンを巻いたカラスが飛んでいる。


「リッカさ〜ん」

 ヒイラギは直ぐ側まで駆け寄ると、リッカの両手を取って再開を喜ぶ。

「別に、昨日別れたばかりだし大げさだな」

「それにしても今日はまたオシャレだね、見違えたよ」

 黒いワンピースを着て、髪を後ろでまとめて、いつもより大人っぽい雰囲気の少女をまじまじと見つめる。

「いえ、そんなことは」

 ヒイラギは、照れくさそうな表情をしている。

「ところでそちらの殿方は」

 後ろに、黒いスーツの青年がトランクを持って立っている姿に気づいたらしい。

「こちらはハクさん。この人に会うためにトウキョウに行きました」

「どうも」

 青年は、人懐っこい笑顔を浮かべて会釈する。

「リッカです。この子とは旅の途中で知り合って・・・」

 リッカもにこやかに対応していたが、ちょいちょいとヒイラギを近くに呼ぶと、「この人、もしかしてノーマル?」と、耳元でヒソヒソ声でささやく。

「そうです。詳しいことは後で話しますので、とりあえず今夜泊まる場所を探しましょう」

 もう陽も完全に暮れてしまい、辺りは薄暗くなっていたので、早めに今夜泊まる場所を見つけなければいけなかった。

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