第21話 そして歯車はまわる③

コーヒーショップは、ナチュラルな落ち着いた内装で、カウンター席とテーブル席が2つ程の小ぢんまりとしたお店であった。あまり繁盛はしてないらしく、お昼時なのに客は全くいなかった。

 メガネを掛け後ろで長い髪を縛った中年の男が、ハクの姿を見つけて笑顔で出迎えた。


「マスター奥の部屋を貸してもらえますか。あと、コーヒーも2つお願いします」

 ハクはどうやらこの店の常連らしく、融通を利かせてもらえるほど、この店のマスターと親しい間柄の様だった。


 二人は、マスターに案内してもらって奥の個室に通される。通された部屋は、手狭で窓も無かったので少し圧迫感を感じた。

 マスターは直ぐにコーヒーを二人分持ってくると、「何かありましたらお声がけください」と、言い残して立ち去った。

 

 二人きりになった所で、ハクは口を開く。

「どうぞ、座ってください」

「はい」

 ヒイラギは促されてソファーに座る時に、背負っていたバックパックを勢い良く座席に置いてしまった。

「グワッ」

 すると、バックパックから奇妙な鳴き声が聞こえて場が凍りつく。

 ヒイラギはしまったと言う表情をして、ハクも怪訝な顔でこちらを見ている。

「ごめんっ、ジジ」

 バックパックのファスナー開けると、中から勢い良くカラスが飛び出て来て、テーブルの上に乗っかりせわしなく体をブルブルと振るわせていた。

「これは・・・」

 今まで、穏やかな表情を崩さなかったハクが明らかに困惑していた。バックパックから、いきなりカラスが出てきたら驚くのも無理はないだろう。

「・・・友だちです。ノーマルの方からしたら、おかしいかもしれないですが」

 ヒイラギは、誤魔化しようもないので正直に打ち明ける。絶対に変人と思われただろうなと、穴があったら入りたい気分だった。

「ふふっ、可愛らしい友人ですね。僕もこんな友だちが欲しいな」

 すると、ハクは全く引く素振りもなく笑顔でフォローしてくれる。しかも、今までの社交辞令の笑顔ではなく本心から笑っているようだ。

 この、出来事で今までどこか二人の間にあった緊張感が解けていった。

 ハクが色々話を振ってくれて、少女がこの西トウキョウまで旅をして来た道中の話になった。

 ヒイラギはあまり初対面の人と話すのが得意ではなかったが、ハクが聞き上手なのか道中の出来事をすらすらと話す事が出来た。それを、目の前の青年も興味深そうにうなずいて聞いてくれる。

 二人で長いこと話し込んでしまったので、ジジはヒイラギの膝の上に抱かれてすやすやと眠ってしまっていた。

 「それで、本題になるのですが・・・」

 ハクの柔和な表情を少し固くなり、上着のポケットから何やら白い封筒を取り出してテーブルの上に置く。 

 「これは」

 ヒイラギの目の前にシンプルな白い封筒が置かれ、表面には何やら金色の獅子の印が押されているのが目に入った。

 「中を見てみてください」

 ちらりと確認する様にハクの方を見るとこくりと頷いて見せたので、ヒイラギは白い封筒に手を延ばした。

 中には、上質そうな便箋が丁寧に折り畳まれて入っていた。

 ヒイラギは、便箋を開いて一文字一文字丁寧に読み進めていく。

 それは、ノーマルを代表する立場の人間である首相その人が書いた文書であった。

 さらに驚いたのが、それがヒイラギを始め魔女達を代表する人物である、ロードに宛てられた文書だったからだ。

 文書の内容を要約すると、ノーマルと魔女との長い争いの歴史を水に流して和平を結ばないかと言う内容だった。

 「聞いていた通りですね。まさか・・・本当に」

 ヒイラギは深く一息付くと、澄んだ瞳で男を見つめる。

 「本当です。正真正銘、首相本人の直筆の文書になります」

 「そしてこれも事前に話しましたが、あなたに依頼したい事があり今日こうやって来ていただきました」

 「私が和平の使者としてこの文書を届ける事になったのですが、ロードへの橋渡しをヒイラギさんあなたにお願いさせていただけないでしょうか」

 ヒイラギは、この言葉を聞いて胸が熱くなるのを感じた。

 すでに亡くなっている母親のカガリが夢見ていた平和な世界の実現。それに自分が協力出来るかもしれないのだ。正に願ってもない申し出だった。

「やります!」

 勢い良く即答するヒイラギに対して、目の前の男は安心したようにほっと胸をなでおろす。

「良かった。魔女側で、協力者が見つかるかどうかがこの計画の最大の不安要素だったので」

 ヒイラギのこの返事を聞くまで、ハクも相当なプレッシャーを感じていたのだろう声がわずかに震えていた。

「長い旅になり道中危険も伴うので、まさか即答してもらえるとは思いませんでした」

「魔法使いとノーマルが共存する平和な世界を実現する。それが亡くなった母親の夢だったんです」

「私はその夢を何としても叶えたい」

 一見大人しそうな、この少女の話す言葉には意志の強さが感じられた。

「ええ、カガリさんの事は先代の代表から聞いています。その娘さんがここまで立派に成長されて喜んでいるはずです」

「アモモリまで長い旅になると思いますが、どうかよろしくお願いします」

「いえっ、こちらこそ」

 おそらく一回り位は年上であろうハクが律儀に頭を下げる姿を見て、ヒイラギも慌ててぺこりと頭を下げる。


「早速ですが、今日これからトウキョウを発っても良いでしょうか」

「西トウキョウは警備が緩いとは言え、魔女のあなたが長居すると何があるか分からないですから」

 最後の方は声を潜めてハクは話す。

「はい、私は大丈夫ですが、そちらの準備は・・・」

「僕も準備は出来ています。このトランクにいつも必需品は持ち歩いているので」

 青年は、傍らに置いているヴィンテージのトランクを叩いて見せる。


「はあっ、少し緊張しました」

 ヒイラギは、少し歩いてトウキョウから離れるとため息をつく。

 昨日と全く同じ様に、入り口でライフル銃を持った髭面の警備兵の男の前を通って西トウキョウから出たのだ。

 ただ今回は、傍らに黒いスーツの青年がいたので安心感があった。

「大丈夫ですよ。見た目では分からないので」

 青年は、落ち着いた様子でなだめてくれる。

 ノーマルと魔女で見た目に違いはなく、脳波を測定しないと識別できないと言われている。

「ほらっ、ジジ出ておいで」

 バックパックのジッパーを開けると、中からカラスが飛び出して、そのまま少女の肩に止まりブルブルと体を震わせる。

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