第18話 とある殺し屋のはなし⑩

「あっ・・・」

 思わず声が出てしまう。

「どうした、ユダ」

「いえっ、なんでも」

「ところで、その捕まえたハクと言う人物ですが、私の方でも尋問しても良いでしょうか」

 ユダは動揺を悟られない様に、あくまで平静を装ってさり気なく切り出す。

「もちろん、そいつに成り代わり魔女に接触するのだ。多少手荒なマネをしてでも良いから必要な情報を引き出してくれ」

 

 ユダは文書を上着のポケットに入れて総長室を出ると、直ぐにハクが捕らえられている地下の独居房に向かった。

 その間、ずっと前髪で隠している右目の火傷の跡を右手で触れていた。

 どこかでずっと心の奥底に引っかかっていた、あの名前を共生派の組織メンバーのリストの中に見つけたのだ。

(写真も見たが、おそらくあの人に間違いないだろう・・・まさかこんな形で消息を知るとは)


 チーン

 エレベーターの扉が音を立てて開く。パネルの階数表示は地下一階を示していた。

 地上5階建てのセイラム本部の建物には、地下のフロアも存在した。

 ユダも隅々まで詳しくは知らないが、主に反逆罪で捕らえられた人物の収監所として使われているらしい。

「ハクと言う人物が収監されているはずだが何処にいる」

 退屈そうにテレビを観ていた管理人に話をして、ハクが収容されている部屋まで案内してもらった。

 管理人は、40代くらいの体格の良い坊主頭の男だった。ユダの顔を見ると、ヘコヘコとお世辞を並べたてへりくだるような態度を見せた。


「お前と話しをしたいと言う人がいる」

 管理人の男は独居房の扉を開けるなり、高圧的な態度で中にいる男に話し掛ける。

 その、呼びかけに応じて、奥の生活スペースで椅子に座って本を読んでいた青年が顔を上げてこちらを振り向いた。

 その男はさっぱりとした黒い短髪で、色が白く穏やかな目をしていた。

 囚人服である紺色の簡素なツナギの様な服に身を包んでいても、育ちの良さが感じられた。

「何でしょうか」

 ハクと思われるその男は、動揺など微塵も感じられない落ち着いた態度を見せる。

 

 収監されている独居房は白い壁の清潔感のある部屋で、ベッドやかなり手狭だがシャワーやトイレなども完備されており、一切娯楽が無い事を除けば案外快適に暮らせそうだった。

 独居房は面会室の様な作りになっており、部屋の中心を透明なアクリル板で仕切られていて、部屋の半分は収容者の生活スペースで、今ユダ達が立っている扉に近い半分は面会者のスペースとなっている。


「君が、ハク君か」

 ユダは部屋の中心であるアクリル板の仕切りの前まで近づき、まるで旧知の友にでも会った様な親しみを感じる笑顔で、男に話しかけた。

 先ほど見た報告書でハクが自分と同じ年齢で有る事は知っていた。突然捕らえられ収監されても、この様な毅然とした態度を見せる、この理知的な青年にユダは好感を持った。

「・・・?」

 当のハクはこの予想外の対応に一瞬困惑した表情を見せたが、興味を惹かれたのか椅子から立ち上がり部屋の中心のアクリル板の前に歩み寄る。

 立ち上がると、やや高めの背丈ですらっとした体型であった。

 ハクと言う青年は、その見た目だけでなく全体的な印象までが、どこかユダと似た所があった。

 これなら、魔女が事前にハクの姿を写真で知っていたとしても、直接会う際にユダが成りすまして怪しまれる事はないだろう。

「二人にしてほしい」

 ユダは、後ろに立っている管理人の男の方を振り向きもせずに、命令する様な口調で話す。

「規則で、それは厳しいのですが」

 ユダは上着のポケットから財布を出すと、札束をまとめて抜き出し男に差し出した。

「これでお願い出来ないか」

「そう言う事でしたら」

 管理人の男は慣れた手つきで、札束を受け取ると、下卑た笑みを浮かべて会釈する。

「それではごゆっくり」

 管理人の男は、そう言い残して部屋から出る。

 ユダは、大きなため息を付くと改めてハクの方に向き直る。

 そのまま、互いに何を話すでもなく無言でじっと見つめ合った。


「私になにか話があるのでしょう」

 沈黙に耐えかねたのか、ハクは自分から話を切り出す。

「うむ、それだが・・・君たちの組織にユヅキと言う人物がいるか?」

 ユダは、単刀直入に目の前の男に質問を投げ掛けた。これを聞きたいが為に、わざわざここ足を運んだのだ。

 ナガノに渡された報告書に、この懐かしい名前を見た瞬間に、幼少期の思い出が一気に頭を駆け巡った。

 まだ子供の時分だったが、ユダの人生で唯一恋心を抱いた女性であった。

 珍しく大雪の降った11歳のクリスマスの日に、ユヅキから「結婚して遠くに行く事になったから、もう会えない」と、告げられた時はどんなに絶望した事だろうか。

 あれから長い月日が流れ、もう向こうも30代半ばになっているだろうが、また会えるのであればどんな手を使っても彼女に会いたかった。

「彼女ですか・・・」

 今まで一切変わらなかったハクの表情にちらりと陰りの色が見えて、悪い予感みたいな物を感じた。

「あなた方が殺したんでしょう」

 ポツリと漏れ出たわずかに憎悪が籠もったその言葉は、ユダを絶望の底に叩き落とすのに充分であった。

「彼女は私たちと魔女が手を取り合って、暮らす平和な世界を実現するために心血を注いでいました」 

 報告書にあった様に、ユヅキが共生派の一員であったのならセイラムにとっては敵である。

 ユダだって命じられれば、同じノーマルとは言え共生派の人間を何も躊躇せずに殺害出来るだろう。ただそれは、自分にとって全く無関係な人間だから出来るのだ。

「あの人が、ユヅキが死んだ・・・嘘だ。そんなの嘘だ、お前はデタラメを言っている」

 普段は冷静で感情をめったに表に出すことのないユダが取り乱して叫んでいた。

 その様子を見て二人の間に何か特別な関係があった事を瞬間的に悟ったのか、ハクは気の毒そうな表情で見つめてくる。


「嘘だ・・・」

 やがてユダは、立つ気力も無くなったのか地面に崩れ落ちてうなだれる。頭の中が真っ白になり世界が底から崩れ落ちるような絶望感を感じていた。

 

 しばらくしてユダはふらふらと立ち上がり独居房を出ると、その後の記憶が曖昧だった。

 気づいたら寮の自分の部屋のベッドで横になっていた。

 頭の中ではぐるぐると思考が渦巻いている。

(なぜユヅキが死ななければいけなかったのか・・・俺のやっている事は本当に正しいのか・・・)

 今までさして疑問を持たずに16 歳でセイラムの魔女狩りに入り、それから多くの魔女達を殺害して来た。

 戦果をあげるほど周りからの賞賛は大きくなり、それで自分の価値を肯定する事が出来た。

(あの任務は3日後か・・・)

 西トウキョウで、とある魔女にハクと言う人物に成りすまして会う。そのまま、一緒にはるばるアオモリまで行かなければならないのだ。

 そして、この手で魔女達のトップであるロードを殺害する。

3日後までに、何とか気持ちを立て直して任務を遂行しなければならない。無事任務を遂げたとしても、おそらくユダもタダでは済まないだろう。

 魔女達の総本山で凶行に及ぶのだ。逃げ切れずに、そのまま捕らえられて同じ様に自分も殺されるかもしれない。

「もう、この部屋に戻ってくる事もないのかな」 

 思わず声に出してしまう。

 分かりきった事だった、だがそれでも良いのだ。

 あの絶望の底にいた自分を救ってくれたナガノへの恩返しと、何よりもあの頃の何者でもない自分にはもう戻りたくなかった。

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