第19話 そして歯車はまわる①

「それじゃここで」

 リッカは、笑顔で右手をひらひらと振る。

「ありがとうございました。道中楽しかったです」

 ヒイラギも、その右手にタッチするように背伸びをして手を合わせ別れを告げる。

「ジジも元気でね」

 リッカは白いほっそりとした指で、ヒイラギの右肩に乗っているカラスのクチバシを突っつく。それに対して、ジジは「フンッ」と愛想が無い返事をする。


 数百メートル先に、目的地である西トウキョウのお世辞にも綺麗とは言えない街並みが見えていた。

 西トウキョウの周辺は荒地と言うのか建物などは一切無く、植物もまばらにしか生えておらず、地面はところどころ乾いてひび割れていた。

 その荒れ地の中に一本だけ、アスファルトで舗装された車一台がやっと通れる様な細さの道路が伸びていた。


「しばらくは昨夜泊まった場所辺りで採取しているから、用事が終わったらまた声掛けてよ」

「お姉さんは、君の目的とやらが気になってしょうがないしさ」

 道中にリッカから何度もトウキョウに行く目的について聞かれたのだが、ヒイラギは口が固く頑として話さなかった。

 ノーマルの共生派の人からある頼み事を受けるべく会うのだが、ヒイラギにしても事前にメールのやり取りで聞いた、その頼み事の内容を完全には信じていなかった。

「いずれ絶対にお話ししますので」

 ヒイラギは曖昧に笑って答える。

 この旅の道中にリッカとはかなり打ち解けており、この人にならいずれ事情を話しても大丈夫だと感じていた。彼女にノーマルと魔女との間で平和を実現したいと話しても、手放しで賛同してくれるかはともかく、頭ごなしに否定される事はないだろう。


「何にせよ、危なくなったら何ふり構わず逃げな。自分の命ほど大切なものは無いんだからさ」

 リッカは別れ際に真剣な表情でそれだけ話すと、ヒイラギのくるくるした茶髪の頭を撫でる。

 そして、元来た雑木林に囲まれた線路が敷かれている道に向かって歩いて行った。

 リッカが背負っている派手な黄色いバックパックが見えなくなるまで、ヒイラギはその後ろ姿を見送っていた。


「よしっ、いざトウキョウへ」

 ヒイラギは、自分を奮い立たせるべく小声で気合いを入れる。

 初夏の照りつける日差しで、じんわりと汗をかいており、着ている赤いブルゾンの袖を肘まで捲っていた。

 周囲には同じ様にこれから西トウキョウに入るのか、バックパックを担いだ男の人や、大きな荷物を担いだ馬を引く人など、まばらに人がいた。

 その前を歩く人達に付いていくと、西トウキョウの入り口が見えて来た。

 

 まず、目に付いたのがボロボロのバラックが、トウキョウと外界を隔てる城壁のように遠くまで連なって建てられている様子だった。完全に違法建築だろうが、明らかに後付で建物の上にまたバラックが建てられていた。

 ほとんどのバラックで外に洗濯物が干してあり、その様子が住人たちの生活感を感じさせ妙な迫力を感じさせる。


 西トウキョウのメイン通りに連なるであろう入り口には、警備兵と思われるライフル銃を肩から下げた髭面の男が一人ぽつんと立っているのが見えた。しかし、外部から入ってくる人間に対して特に検問を行っている様子もなく、前を歩く人達は素通りでどんどん入っていく。

(聞いていた通り、ここからならすんなり中に入れそう)

 ヒイラギは、思わずほっと胸を撫で下ろした。事前に共生派の男に聞いていた様に、西トウキョウではろくに検問を行っていない様子だった。


「ジジ、隠れておいて」

 しかし用心するに越した事はない。

 ヒイラギは出来るだけ目立たない様に、肩に乗っているカラスのジジをバックパックの中に押し込む。

 そして赤いブルゾンのフードをすっぽりと被り、そのまま入り口に向かって歩き出す。

 入り口の脇にいる警備兵の男を、まるで気にかけない素振りでヒイラギは歩を進める。

 あと数歩で通り過ぎると言う所で、ちらっと警備兵の男を見ると目が合った。くちゃくちゃとガムを噛みながら、こちらを見ている。

 ドクン、ドクン、ドクン  

 緊張からか心臓の鼓動が早くなる。気づいたらじっとりと両手に汗をかいていた。

 早足になりそうになるのを必死でこらえて、そのままゆっくりと歩き続ける。


 そのまま特に呼び止められることも無く、無事にトウキョウに足を踏み入れる事が出来た。

「はーっ」

 警備兵の男からしばらく離れると、ようやくヒイラギはほっと一息つく事が出来た。

 落ち着いて、改めて西トウキョウの街を見渡すとアスファルトの道の至るところにゴミが散乱しており、少しだけすえた匂いがした。

 トウキョウの中でも、この西トウキョウはかなり貧しい地域と言うのは聞いていたが、周囲を歩いている大人や子供達は皆一様に着古したボロボロの服を着ていて道端には路上生活者もいるのを見ると、その貧しさは想像していた以上だった。

「直ぐに宿屋を探すから待ってて」

 ヒイラギは、こそっと背中のバックパックの中にいるジジに向かって話しかける。

 

 バラックが立ち並ぶアスファルトの大通りを奥に進んでいくと、いつしか食料品店や雑貨屋、屋台など、お店が立ち並ぶエリアに入って来た。

「へぇーっ」

 ヒイラギは、その茶色い瞳をせわしなく動かしながら、物珍しそうにキョロキョロとお店を物色しながら歩く。

 お店自体はどれも粗末な建屋だったが、トウキョウだけあって珍しい品物が並んでいた。

 ヒイラギはふと興味を惹かれて、電化製品を置いている、こじんまりとした店の前で立ち止まる。

 母親が持っていた、スマートフォンに似た機械が陳列棚に並んでいる。

 そこには大きなものから小さなものまで、色とりどりの驚くほど色んな種類のスマートフォンと思われる機械があった。

 店に近づいて中を覗きこむと、コミュニティに一台だけあったテレビがこれまた大量に並べて置いてあり、同じ機能の物なのにどうしてこう色んな種類の物があるのか不思議だった。

 

「お嬢ちゃん何かお探しかい?」

 店の中から、ブルーのサングラスをかけた派手な花柄のシャツを着た男が、揉み手をしながらにこやかに話しかけてくる。

 明らかにこの地区の人間じゃない身なりの良い少女を見て、良い金づるが来たと思ったのか、愛想笑いを浮かべている。

「いえっ・・・なんでもないです」

 いきなり話しかけられて驚いたのか、ヒイラギは慌てて店から離れた。

 

 そんな事もあり、ヒイラギは声を掛けられるのを恐れてか、店には近づかずに横目でさり気なく周囲の店を見ながら歩く事にした。


「あっ、あれは」

 しかし、ある物が目に入りヒイラギは脇目も振らずに、そのお店にずかずかと踏み込んでいく。

「おっ、お嬢さん・・・」

 一見大人しそうな少女がもの凄い剣幕でお店に入って来たので、その古本屋の店員である太ったおじさんも思わずたじろいでいた。

「まほマットくんの続きだ」

 ヒイラギはまるで宝物でも見つけたかの様に、表紙が見えるように陳列されているマンガ本の中の1冊を手に取り、わなわなと震える。

「大丈夫かね、キミ」

 マンガ本を手に取り震える不気味な少女を気遣うように、店員のおじさんは遠慮がちに声をかける。 

 その古本屋には、ヒイラギのバイブルであり、この旅にも持って来ている、「進め!まほマットくん」と言うマンガの続きが売られていたのだ。

 物心付いた時から家に1巻だけ置いてあったのだが、明らかに先のある終わり方でずっと続きが気になっていたのだった。

 

 ヒイラギは、おもむろに黒いハーフパンツのポケットから巾着袋を取り出す。

 旅立つ時にコミュニティのリーダーであるミズタが持たせてくれた物で、中にはノーマル達の間で使われている紙幣や硬貨が詰まっていた。

「ちょっとくらい・・・いいよね」

 ミズタがこの旅の為に苦労して集めてくれたお金なのだ、無駄遣いはいけないけど欲しい物は欲しい。

 良心と物欲の間で、ヒイラギの心は揺れ動いていた。


「お買い上げありがとうございました」

 店員のおじさんは深々と頭を下げている。

 ヒイラギは、ほくほく顔で古本屋から本を胸に抱えて出てくる。

(うん、明日から節制しよう)

 そう心に誓った少女の顔はとても晴れやかだった。

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