第17話 とある殺し屋のはなし⑨
それから半年後に、義父であるナガノが反魔法使い組織セイラムのトップのポジションである総長に就任した。
そして、その総長になったばかりのナガノが魔女狩り全体に出した指令が、「魔女を生け捕りにして連れてこい」と言う無茶な要求だった。
これはかなり難しい要求であった。
手段を選ばずにただ殺すだけなら比較的容易い。相手に気づかれないように離れた場所から、スナイパーライフルでズドンと一発で仕留めれば良いのだ。
しかし、生け捕りにするとなると難易度は途端に跳ね上がる。正面からの戦闘はまず避けられないからだ。
そして、この無謀とも言える指令が出てから、数週間もしない内にこの大仕事をやり遂げたのが今や魔女狩りのエースと言われているクウカイであった。
生け捕りにしたのは30代の女性の魔法使いで、交戦の際に水属性の魔法を使用していた事が確認されている。
その魔女がセイラム本部に運び込まれた時には、目隠しと拘束具を付けられて担架に乗せられた状態であった。
生け捕りにして上層部に引き渡された魔女が、その後どうなったかを知る人は少ない。たぶん、徹底的に人体実験された後に処分されたのだろうと周りは噂していた。
そしてその出来事から一年後に、セイラムにとって革新的な武装となる、MB弾が発明された。
それは見た目は普通の銃弾だが、発砲する際に特殊な超音波を辺りに発した。この超音波が魔女だけが持っている脳神経を麻痺させ、個人差はあるものの上手く魔法が使えなくなる効果があった。
このMB弾が発明されてから、魔女を相手にした戦闘は一変した。
今までは魔女との真っ向からの戦いでは、ある程度の犠牲を前提とした戦いを強いられていた。
魔女を一人倒すのにノーマルが10人がかりで一斉に飛び掛かり、その内9人が犠牲になっている内に、最後の一人が何とか隙を付いて魔女に致命傷を与えると言う非効率的な戦いをしていた。
しかし、このMB弾を使って魔女の神経を麻痺させた後だと、熟練した兵士は並の魔女が相手なら真っ向勝負で一対一でまともな勝負に持ち込む事が出来た。
しかし、熟練した魔女相手だとまだ劣勢に立つことが多かった。
熟練した魔女の中には、魔法で自分の身体能力を強化しているのかノーマルには考えられないほどの動きをする者がいたからだ。
それに対抗する為に、さらに総長であるナガノが中心となって3年くらいの年月をかけて開発したのが、強化アーマーと言う装備だった。
数百年前に、介護や物流の仕事で使用する目的で開発されたアシストスーツの技術を応用して、体に装着する事で兵士の身体能力を大きく向上させる装備品を発明したのだ。
これで熟練した魔女達との身体能力の差も埋める事が出来、ノーマルにとってはさらに戦況を有利に推し進める事になった。
魔女達の強大な魔法の力に対して、ついにノーマルは科学技術の力でその差を埋める事に成功したのだ。
そして、長い歳月が流れ話は現在にいたる。
ユダは26歳になり、魔女狩りとしていくつもの戦場を経験して、セイラムの中でも確固たる地位を築いていた。
すっかりと落ち着いた雰囲気の青年になっていて、色白で細い一重の目に常に微笑んでいる様な表情をしているので物腰が柔らかな印象を受ける。
体もすっかり成長しきって身長は平均よりやや高め、少し細身だが筋肉のしっかりと付いた均整の取れた体型をしている。
「お呼びでしょうか」
ユダはある日、ナガノに呼び出されて総長室に来ていた。黒いスーツ姿で入り口の扉の近くに直立不動で立っている。
「ユダ、よく来てくれた」
ナガノは、部屋の奥にある高価そうな茶色い革張りの椅子に腰掛け、目の前にあるこれまた重厚感のある執務机に組んだ両手を置いていた。
質実剛健な性格のナガノらしく執務室には、余分な装飾品などは一切なく最低限の趣味の良い調度品のみが置かれている。
「そうかしこまらんでも良い、座ってくれ」
ユダは革張りの椅子に座り、執務机を挟んでナガノと向かい合う形になった。
ナガノは既に年齢が50歳を超えていたが見た目もむかしとほぼ変わらず、数年前に口髭をはやし始めて、ますます貫禄のある佇まいになっていた。
「早速本題に入ろうか」
ナガノは執務机の上におもむろに大きな封筒を置き、中から青年が写った写真と報告書らしき文書を取り出して見せる。
「最近、共生派の連中を捕まえてな。尋問したところ面白い情報が手に入った」
「相変わらず手厳しいですね」
共生派と言われるノーマルの中でも少数ながら、一般的にはタブーとされている魔女との共存を訴える思想の持ち主がいた。
魔女をこの世から根絶やしにしようとしている組織セイラムとは、相反する思想の持ち主であるこの共生派の人間をナガノは特に毛嫌いしていた。
「この写真の男はハクと言う。この国の副首相である、あのハク・ヤマトの息子だ」
「副首相の息子が共生派の地下組織に参加していて、しかもトップの地位にいるなんて世も末だよ」
ナガノは、やれやれと言った表情で首を横に振って苦笑いする。
ユダは、驚いた表情でナガノを見つめた。
「この国のナンバー2の息子をよく捕らえましたね」
「うむ、副首相も自分の息子が捕らえられた事はまだ知らんよ。もし知って騒がれたとしても、国家反逆罪として捕らえたと言う大義名分がこちらにはある」
「そして、このハク君を捕らえて尋問した所、世間を揺るがすようなとんでもない情報を入手した」
ナガノは執務机の引き出しから、なにやら白い封筒とスマートフォンの端末を取り出して机の上に置いた。
「これを見て欲しい。彼から押収したものになる」
ユダは、まずは封筒の方に手を伸ばしてじっくり観察する。
シンプルな白い封筒の表側には、この国の首相が公式で発行した文書である事を表す獅子の印が金色のインクで刻まれていた。
「これは・・・国璽ですか。国の機密文書を私が見てしまって良いのですか」
「うむ、構わない。これから頼みたい事に関係がある」
ユダは白い封筒の中身を開けると、中には数枚の高級そうな便箋が綺麗に折りたたまれて入っていた。
ユダは首相の直筆と思われる、その便箋の文字を一文字一文字丁寧に読み進めていく。
文書を読み進める内に、ユダの表情がだんだんと険しくなっていき、足元はせわしなく貧乏ゆすりをし始める。
(まさか・・・こんな事があってたまるか)
この文書はこの国のトップである首相が書いたもので、そこには衝撃的な内容が書かれていた。
文書は、魔法使いの大部分を束ね実質的な魔女側のトップの役職であるロードに宛てた物で、今までの双方の争いを水に流して和平を結ばないかと打診する内容であった。
しかも、魔法使い達の総本山であるアオモリを始めトウホク地方一帯を独立国家として認めると言う、魔女側にかなり譲歩したとも言える条件での和平の打診であった。
現在では、不毛の地と呼ばれ誰も住めなくなってしまったイバラキを境目に、自然に魔女とノーマルが分かれて暮らしている。
イバラキより東側、つまりはトウホク地方一帯は魔法使いの住処に、それより西側の本州の約7割はノーマルの住処となっている。
ノーマルと魔法使いを合わせてこの国の総人口は100万人と言われており、その中で魔法使いはせいぜい1万人弱と言われているので、魔法使い側は人口あたりではかなり広い土地を所有しているとも言える。
ユダは衝撃も冷めやらぬまま、もう一つの押収品であるハクの物と思われるスマートフォンを確認する。とある魔女とのやり取りのメールがあり、どうやら3日後にこのトウキョウで会う約束をしているらしい。
落ち合う場所として指定されていたのは、検問の緩い西トウキョウで人がごった返しているスラム街のエリアだった。このトウキョウ内の中では比較的魔女が一人紛れ込んだとしてもバレにくい、正に密会には打って付けの場所だった。
和平を実現するためには魔法使い側にも協力者が必要だ。どうやらこの魔女に会って、信用出来る人物であれば協力を依頼しようと言う算段なのだろう。
「これは・・・にわかには信じ難いですが」
ユダは困惑した様につぶやく。
「私も最初はまさかと思ったよ。しかし官僚共に探りを入れた所、本気で和平を結ぼうと動いているようだ」
「そんな事は許されない。今まで流されて来た血は何だったのだ。過去を全て忘れて・・・明日から魔女共と仲良く暮らせと言うのか」
ナガノの、机の上の拳は固く握られて、その声色には強い憎悪が込められていた。
「・・・」
その迫力に圧倒されてしまい、ユダは何も言えず黙り込んでしまう。
「これを君に阻止してほしい」
突如、ナガノが突拍子もない事を言い出した。
「それが出来るのなら協力は惜しみませんが・・・一体どうやって」
「元々この文書は、ハクが使者として、これまた和平を望んでいる魔女を介して、ロードがいるアオモリまで同行して届けられる予定だった」
「だがハクは今ここで捕らえられている。そこでだ、君がハクに成りすましてこの文書を持って魔女と接触し、そのままノーマル側の使者としてアオモリまで一緒に行って欲しい」
「そして、ロードに会って暗殺するのだ」
ただでさえ貫禄のあるナガノの一重の目がギラリと光り、より一層迫力を感じられた。
「和平の使者と思って迎え入れてみたら、ロードが殺害される」
「これで和平の話が流れる所じゃない。この先、永久に和平を結ぼうなどと言う馬鹿な考えは実現しなくなるだろう」
ナガノは口元に不敵な笑みを浮かべている。
「重大な任務ですね・・・ぜひ、私にやらせてください」
ユダは目を閉じて一瞬考えたあとに、直ぐに承諾した。
「君ならそう言ってくれると思っていた」
「共生派の組織についても調べている。この報告書に目を通してくれ」
机の上に置かれた書類の束にユダは手を伸ばして、順番に目を通していく。
その中で共生派の組織の人間の名前と写真が一覧になっているページを何気なく見ていると、とある名前を見つけて驚きのあまり心臓がビクンと震えた。
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