第16話 とある殺し屋のはなし⑧

 近付いて来る、若い魔女の姿が月明かりに照らされてはっきりと見えてくる。

 澄んだ黒い目をした、色の白い綺麗な女であった。

「何だ、どんな化け物かと思ったら。俺たちと変わらないじゃないか」

 死の間際にして、ユダはなぜかそんな事をつぶやいた。

 魔女が自分達ノーマルと全く変わらない姿形である事に今更ながら驚いたのだ。


 若い魔女は、左手に持っている小石を一個右手に持ち替えると、前に突き出して構える。

 (この距離だと、間違いなく脳天を撃ち抜かれるな)

 ユダは諦めの心境なのか、なぜか冷静にそんな事を考えていた。


 ザッ

 何か上空から落ちてきた黒い物体が視界を横切った思ったら、次の瞬間若い魔女の頭が胴体から離れて地面に落ちていた。

 やがて魔女の体もドサッと音を立てて地面に倒れ、ピクピクと痙攣している。

 その、一刀両断された断面からは赤い血が大量に流れ出てアスファルトに染みを作る。

(なんだ・・・血の色も俺等と同じじゃないか)

 ユダは、どこか現実味の無いその光景を見て、他人事の様にぼんやりそんな事を考えていた。


「なぜ隠れていない」

 ユダの傍らには、いつのまにかクウカイが立っていた。黒装束のフードをすっぽりと頭から被っていたので、暗闇と同化していて直ぐには気付かなかった。

 クウカイの顔の右半分を覆っているウロボロスの入れ墨の奥で目が妖しく光り、地面にへたり込むユダを冷めた表情で見下ろしている。

 上空から落ちてきた黒い物体はクウカイその人で、建物の屋根から飛び降りて一撃で魔女をしとめたのだろう。持っている大鎌の刃からは、血がポタポタと滴り落ちていた。

 血で濡れた大鎌の刃が月明かりに照らされて佇むその姿は、正に死神の様であった。


「・・・」

 ユダは何も言えずに黙り込んでいた、自分が悪いのは分かりきっていたからだ。

 忠告を聞かずに調子に乗って前線に出てきた挙げ句、いざ魔女に遭遇したら何も出来なかったのだ。クウカイに助けられていたなかったら、今頃は間違いなくあの魔女に殺されていた事だろう。

「お前、怪我をしているのか」

 ユダが右腕を抑えてうずくまっている姿を見下ろして、抑揚のない声で話す。

  

 クウカイはしゃがみ込むと、空いている左手一本で器用にユダの体を担ぎ上げる。

「痛っ、痛い」

 いきなり乱暴に肩に担ぎ上げられて、傷が痛むのかユダは苦悶の表情を見せる。

「我慢しろ」

 クウカイは、ユダの顔も見ずに感情の感じられない声でそうつぶやいた。


 そして二人は基地内の外れにある物置小屋にたどり着く。

「ここで待っていろ。後で拾ってやる」

 クウカイはそう言い残して、肩の上に担いでいるユダを雑に地面に放り投げる。

「ぐえっ」

 ホコリっぽく硬いアスファルトの上に、仰向けに放り出されて思わず変な声が出てしまう。

 入り口の方に顔を向けると、クウカイは既に外に出てしまった後でそこには誰いなかった。

「痛っ、くそっ」

 小石で貫かれた右腕が焼けるように痛み、身も守るように体を丸めてじっとする。

 ユダは、激痛に耐えて目を閉じている内にいつしか意識が途切れた。



 一方で、クウカイは戦場の真っ只中に戻って来ていた。

 建物に身を隠しながら、闇夜に紛れて隠密行動をして魔女達をさらに3人暗殺した。

 いずれも、敵の死角から一気に背後に近付き、大鎌で一撃にて首を切り落とした。魔女達は、自分に脅威が迫っていると気付く間もなく死んでいった事だろう。

 クウカイの手際は、それは見事で芸術的だった。


「あと一人か」

 事前に聞いていた情報では、まだ後1人どこかに魔女がいるはずであった。

 自分もいつ殺されるか分からない緊迫した状況に身を置いているにも関わらず、クウカイは口の端を歪める様に笑みを浮かべていた。

 彼にとって、この魔女狩りの仕事は天職であった。 

 命の危険を犯して敵に接近して、一瞬で相手の命を刈り取る。この命のやり取りをしている瞬間こそが、クウカイの人生にとって最も高揚感を感じ充実していた。

 相手は別に魔女じゃなくてもノーマルでも何でも良かった。ただ同胞であるノーマルを殺すと法で裁かれてしまうが、魔女なら殺しても非難されるどころか周りから賞賛された。

 最も自分が充実感を得られる、ヒリヒリする様な命のやり取りが合法的に許される場所。

 これが、クウカイがセイラムの魔女狩りに身を置いている唯一の理由であった。


 建物の屋根の上をそろそろと足音を忍ばせて移動しながら、あと一人残っているはずである魔女の行方を探す。


 ガタ、ガタ、ガタッ 


 突然、大地震でも起きたかの様に地面が大きく揺れ出す。

 クウカイはぐわんぐわんと大きく揺らぐ屋根の上でしゃがみ込む。そして、じっと揺れが収まるのを待っていたが、ますます揺れは大きくなるばかりで一向に収まる気配が無い。

 メキメキと乗っている建物が音を立てて倒壊しそうな瞬間に、クウカイは地上に降りるべく全力疾走して屋根から飛び降りる。


 びゅう、びゅう

 夜の冷たい風を全身に感じながら自由落下に身を任せていると、不意にゾクッと背中に殺気の様なものを感じた。

(これは狙われているな)

 クウカイは直感でそう感じた。

 そして、体に力を込めて地面に着地したその瞬間に、受け身を取り体を跳ね上げてその場を離れる。

 

 ボコッ、ボコッ


 クウカイがその場を離れた直後に、地面のアスファルトが変形してまるで槍の様に鋭い突起状に盛り上がった。

 瞬時に察知してその場を離れていなければ、クウカイの体はそのアスファルトの槍に串刺しにされていた事だろう。

「へぇ、やるじゃん。ノーマルのくせに」

 すると、若い少女の声が遠くの暗闇から聞こえてくる。


(相手に先手を取られたか)

 相手に気づかれる前に一撃で殺る先手必勝スタイルのクウカイにとって、先手を取られて相手に主導権を握られるのは致命的だった。


(だが・・・敵は土だ。ここは勝負だ)

 一瞬このまま逃げるか勝負するか迷ったがクウカイは瞬時に腹を決めた。

 先ほどの地形を変えての攻撃から、相手が土属性の魔法の使い手である事は直ぐに分かった。過去に数人ほど相手にした事があるが、複数属性を使う可能性も否定は出来ない。

 だがその場合でも、初手でこの魔法を使って来たことから最も得意なのは間違いなく土属性だろう。

 小回りの利きにくい土属性の魔法相手なら、真っ向からでも接近戦に持ち込めば勝機はある。大きな範囲での攻撃が得意な土属性相手では、逆に背を向けて逃げる方が危険だろう。


 バンッ、バンッ

 瞬時に腰の拳銃を抜いて、少女の声のした方角に発砲する。

 ボコッ、ボコッ、ボコ

 暗闇でハッキリと見えないが、地面のアスファルトが盛り上がり巨大な壁として立ち塞がり銃弾を防いだようだ。

(よしっ、相手の位置は掴めた)

 相手のおおよその位置が分かったので、クウカイは半壊した建物に身を隠しながら、恐るべく勢いで敵への間合いを詰めていく。 

 そして、敵の真横の位置まで来た所で建物の崩れた壁の隙間から飛び出して、アスファルトの通路上にいる小柄な人影に飛び掛かる。

 一気に大鎌で相手の首を掻き切るつもりだった。

 

 相手に接近した所で、姿形がハッキリと見えた。

 声で想像した通り、相手はまだ10代後半くらいの小柄な少女であった。

 顔まではハッキリと分からないが、派手な銀髪のショートボブの髪型に黒のダボッとしたパーカーにスパッツと言うラフな格好であった。

「ああっ」 

 銀髪の少女の方も大鎌を携えて飛び掛かってくるクウカイの姿に気づいたのか、目を見開いて思わず驚愕の声をあげる。

 少女は気を取り直して魔法を使うべく集中しようとするが、もう遅い。

 大鎌を持った死神がすぐ目の前まで迫っていた。

 

 

「・・・」

 ユダは目を覚ますと、真っ白な部屋でベットに寝かされて、入院着の様な簡素な薄いブルーの服を着ていた。

 自分の体を見渡すと右腕には、包帯が巻かれており鈍いかすかな痛みを感じた。

 窓の外に目を向けると既に夜は明けていて、外に生い茂る木々を太陽の光が照らし出している。

(あれからどうなったのだろうか・・・クウカイさんは・・・魔女は)

 外の風景を見ながらぼんやりとそんな事を考えていると、不意に「ガチャリ」と扉が開く音がした。

 そこには、いかついスキンヘッド頭の顔に入れ墨の入った目つきの悪い男が立っていた。 

 クウカイであった。

 今日は普段着で、黒いランニングシャツにチノパンのラフな格好をしていた。

「あっ・・・」

 その姿を見てユダは、気まずさとクウカイも無事であったと言う安堵さが入り混じった微妙な反応をする。

「もう、大丈夫か」

 ドアの近くに立ったまま、クウカイはいつもの仏頂面でぼそぼそと話す。

 相変わらず何を考えているか分からず、ユダはどう返して良いのか分からずに戸惑う。

「お前はこれで魔女の怖さを知った。これからさらに強くなるぞ」

 この一言だけ言い残しすと、クウカイはふらっと病室から姿を消した。

 

 しばらく、ユダは男が立っていた方を見たまま言われた言葉の意味を考える。

「ぶふっ」

 なぜか、その後吹き出してしまう。

 多分あの人なりに不器用ながら自分を激励してくれたのだろう。それに気づいて思わず可笑しくなってしまったのだ。

 ユダは昨夜の出来事、魔女と初めて遭遇して魔法を目の当たりにした、あの衝撃や恐怖をずっと忘れずにいようと決心した。

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