第15話 とある殺し屋のはなし⑦
それから、さらに4年後にユダは16歳になるとナガノの家を出てセイラムの寮に入る事になった。
ナガノの奥さんであるミエが体調を大きく崩してしまい、一緒に暮らすのが難しくなったからだ。
ミエは以前から息子を亡くしたショックで心身のバランスを崩していたのだが、さらにそれが悪化してしまい周りの手を借りないと生活が出来ないまでになっていた。
「すまないな、ユダ」
そう、ぽつりと口にしたナガノは隣の助手席に座っているユダではなくどこか遠くを見ていた。
季節は春で、ポカポカとした暖かな陽気だった。
今日からユダが寮に入るので、ナガノがわざわざ自ら車を運転して送ってくれているのだ。
仕事中に抜け出して来てくれたのか、ナガノはセイラムの黒い軍服を着ている。
そして数年前にナガノに保護された時に、一日だけ泊まったあの寮の建物の前に車は止まった。
「いえ、今まで大変お世話になりました」
ユダは隣にいるナガノにペコリと頭を下げる。
16歳になったユダは、背丈も成人男性の平均身長くらいまで伸び、少し細身だが筋肉もしっかり付いており大人びた青年になっていた。
今日は寮に入るため、ナガノがプレゼントしてくれた黒いスーツを着ているので、一層大人びて見えるのかもしれない。
大きくなっても髪型はショートカットの黒髪で右側の前髪だけ伸ばしており、目の火傷の跡を隠しているのだけは今でも変わらなかった。
「まるで今生の別れの様な口ぶりじゃないか」
ナガノは、かしこまった様子のユダを見て思わず吹き出す。
「晴れて魔女狩りにも正式配属されたし、これからは仕事上で会うことも多いだろ」
「いつでも家に遊びに来てくれ。歓迎するよ」
16歳になったユダは、特例で見習いの立場からセイラムの正規兵として採用されていた。
しかも正規部隊ではなく、特例部隊の魔女狩りとして抜擢されたのだった。魔女狩りは、いわゆる少数精鋭のエリート部隊だった。
ユダの他にも数人見習いの立場の少年が組織にいたのだが、皆いつの間にかいなくなっていた。
二人は車を降ると、寮の建物の前でナガノはユダを抱きしめた。
ユダもここ数年で身長がかなり伸びたが、それでもまだナガノの方が頭一つ分くらい身長が高い。
ナガノも40歳を超えて、中年に差し掛かかる年齢になったが筋骨隆々とした体格は変わらず、表情にもますます精気が満ち溢れていた。
「いつでも待ってるからな」
小声でそう言うと、体を離してユダの頭を軽くポンと叩きナガノは車に乗り込む。
その一見ぶっきらぼうな態度の中にもナガノの愛情が感じられ、ユダは思わず泣きそうになるのを必死で堪えていた。
ナガノが車を走らせて立ち去る姿を、ユダは車が見えなくなるまでずっと見送っていた。
それから、数週間後。
ユダは、魔女狩りの一員として初めて戦場に立つことになった。
トチギにある、セイラムの軍事拠点が魔女から襲撃を受けているとの連絡が入った。
救援に向かうメンバーとして、魔女狩りからユダとクウカイと言う男が選ばれた。
特殊部隊である魔女狩りには、いわゆる制服は定められてないが、ユダは正規部隊様の右胸に六芒星が輝く黒い軍服を着ていた。
今回の相方であるクウカイは年齢は25歳とまだ若いが、精鋭揃いの魔女狩りの中でも屈指の手練と言われていた。
「クウカイだ」
「ユダです。よろしくお願いします」
初めて会った時の、あまりに素っ気ない挨拶にユダは面を喰らいながらもにこやかに挨拶を返す。
クウカイはスキンヘッドで鋭い眼光をしており、顔の右半分に二匹の蛇が互いの尾を飲み込んで8の字になっているウロボロスの入れ墨を入れているかなり目立つ風貌をした男であった。身長はユダと同じくらいで平均程度だが、そのフード付きの黒装束の上からでも分かるくらいに鍛えられた身体付きであった。
そのまま輸送車の後部座席に乗り込み二人は並んで座るが、移動中約2時間ほどほぼ無言のまま現地に到着した。
ユダが気を使って色々話しかけるが、返ってくる言葉は、「うむ・・・」と言ったような、短い返答のみであった。
魔女狩りは魔女との戦闘のスペシャリストの役割の他に、さらに素性を隠して潜入任務などもあるのである程度社交性も求められるはずなのだが、クウカイは社交性など皆無なひどく無口な男であった。
きっと、魔女狩りの中でも魔女との戦闘に特化した役割の人物なのだろう。
トチギの軍事拠点に着くと、もう陽はどっぷりと暮れており辺りは暗くなっていた。
到着して直ぐに、何やら物々しい雰囲気に気付いた。
基地内は広くいくつか大きな建物があったが、その内一棟が燃え盛っており、その周囲を赤く照らし出していた。
基地の手前にある森に隠すように輸送車が止められて、運転手の隊員は無線で連絡をしている。
「お前はこれだ」
ユダは輸送車から降りると、クウカイが大きなアタッシュケースを投げて寄越す。
「うわっ」
ユダは驚きながら、いきなり投げられたアタッシュケースを両手でキャッチする。中を開けると、そこにはスナイパーライフルが入っていた。
「一応、持たせるだけだ。撃たなくて良い」
「どこか木の陰にでも隠れていろ。前に出ると死ぬぞ」
クウカイはそれだけ言うと、愛用の自分の背丈ほどの長さの大鎌を持って、素早い動きで燃え盛る基地内に向かっていく。
(安全なところに隠れて、お前は何もするなって事か・・・新人だからって舐めるなよ)
ユダはスナイパーライフルを雑木林に投げ捨てる。そして、刀剣や銃などの装備を確認して、前を行くクウカイを追い掛けるべく走り出した。
「ふっ」
クウカイは短く息を吐くと、入り口からではなく、周囲を張り巡らされているフェンスを一瞬で乗り越えて基地中に侵入する。
ユダはその姿を後ろから見ていたが、その忍者の様な見事な身のこなしに感心した。金網に軽く手を掛けたかと思うと、音もなくあっという間にするりとフェンスを乗り越えたのだ。
基地内に潜入後も、クウカイは素早い動きで建物の壁にぴったりと貼り付き身を隠しつつ奥に進む。
「俺だって」
ユダも基地内に潜入すべく、フェンスをよじ登り地面に着地する。
その瞬間、ユダは何やら殺気の様なものを感じてハッと顔をあげる。
「何だ」
目の前に、真空波とでも言うのだろうか、周りの大気が歪んで風の刃が飛んでくるのが見えた。
あわてて地面に体を丸めて伏せると、頭上を風の刃が通過した。
体を起こして背後を見ると、後ろのフェンスの金網が真横にパックリと1メートルほど裂けていた。
「っ・・・」
ユダは初めて魔法と言うものを目の辺りにして、パニックになりそうな衝動を必死で抑えて、慌てて近くの建物の影に身を隠す。
「はあっ、はっ」
命の危険を知らせているのか、心臓がバクバクと脈打ち頭が正常に回らなかった。
見習い時代に訓練の一貫で、魔女とセイラム部隊の戦闘の一部始終を撮った映像を何度も繰り返し見せられていたので、一通り魔女達が使用してくる魔法の種類、パターンなどは知っていた。
その対魔女を想定した実践訓練でも科学技術の力で、高速で火の玉を飛ばす、真空波を発生させる、ウォーターカッターの様な凝縮した水圧を飛ばすなど、魔法を出来るだけ再現して実戦で対処出来るようにする訓練があったくらいだ。
だがそんなものは、不意打ちで魔法と言う未知の脅威が襲ってくる、この状況では全く役に立たなかった。
当たり前だが、実戦では訓練の様に今から脅威が迫って来るよと、親切に予告などしてくれない。一切の警告もなく、ただ静かに自分の命を奪おうと脅威が迫ってくるのだ。
こつ、こつ、こつ
やや抑え気味の足音が、ユダが身を隠している建物の向こう側から聞こえてくる。
敵が、今の真空波の一撃でユダを仕留められたのか様子を見に来たのだろう。
ユダは頭がかなり混乱していたのだろう、その足音の主を見るべく隠れていた壁から半身を出して覗き込む致命的なミスを侵した。
その足音の主は、長い黒髪を後ろで縛っている若い女だった。
夜だったので顔立ちまでハッキリと分からなかったが、ラフなジーンズの出で立ちに白いシャツを着ていた。
ただその白いシャツは、べっとりとした赤い血で汚れていた。まるで白いキャンバスに赤い絵の具を塗りたくった様な出で立ちだった。
数十メートルほど離れた位置にいたが、若い女も目の前の男の存在に気づいたのか暗闇の中で互いの目が合った様な気がした。
その若い女は、男に気付いていて表情が引き締まるのとほぼ同時にジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
ユダも、腰にぶら下がっている拳銃を手に持ち応戦しようとする。
しかしその瞬間に、拳銃を構えているユダの右腕を何か物体が貫く。
「あっ」
構えていた拳銃が衝撃で手から滑り落ちる。
貫かれた右腕が燃えるように熱く、左手で傷口を抑えるがどんどん血が溢れてベタついて来る。
若い女を見ると、左手に持った小石を持て遊びながら、こちらに近付いて来る。
おそらく、この小石を魔法の力で銃弾のように発射して、それがユダの右腕に命中したのだろう。
魔女の若い女は、もう勝敗は決した、とばかりに緩みきった表情でこちらに歩いてくる。
「もう駄目か」
ユダは、地面にへたり込んで大きくため息をつく。
手負いのまま逃げても、後ろから小石の銃弾で撃ち抜かれるだけだ。
ユダは、ここで自分はこの魔女に殺されるのだと悟った。
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