第14話 とある殺し屋のはなし⑥

ナガノはその日の内に孤児院に行き、管理者にユダの身柄を引き受ける旨を伝えた。

 ユダは後日知ったことだが、ナガノはセイラムの幹部で社会的地位も高い人物だった。そういった事もあり、身元引受に関しても孤児院の方では特に異論は無く、むしろ多額の寄付金が貰えたとの事で喜んでいたようだ。


 翌日になると、ナガノが寮に迎えに来てくれてユダは家に迎えられた。

 庭付きの広い一軒屋に、ナガノは奥さんと二人で暮らしていた。

「ユダ君ね、主人から聞いているわ。自分の家だと思って遠慮しないでくつろいでね」

 ニッコリと笑って、奥さんのミエが出迎えてくれた。

 グレーのワンピースを着て、茶色い長い髪をべっ甲のバレッタで後ろにまとめて、上品な雰囲気で綺麗な人だったが、少しやつれて元気がないように見えた。

「どれこの家を案内してやろう」

 ナガノが一通り家の中を案内してくれた、どの部屋もしっかりと整理されて趣味の良い落ち着いた家具が置かれていた。

 ユダはこの新しい住まいを気に入ったが、この家全体がどこか必要以上にひっそりと静まり返っているような雰囲気を感じ、少年をどこか落ち着かない気分にさせた。

 

 ユダはリビングに戻ると先程は気づかなったが戸棚に飾られている、ナガノと奥さんのミエ、10歳くらいの男の子の3人が笑顔で写った写真が目に入った。

 3人とも点の曇もない笑顔で、正にそれは完璧な幸せを切り取った様な写真だった。

(事故で息子を亡くした、と言っていたけどこの写真の男の子かな)

 ユダはそんな事を考えながら写真に見入っていると、ナガノが後ろから近づいて来た。

「ここに写ってるのは私の息子だ。昨日も話したが、もう亡くなっている」

 後ろに立つその表情を見てユダは驚いた。

「あっ」

 常に冷静で強い男のイメージのナガノには珍しく、感情のほころびの様なものを感じたからだ。

 どこか無念そうな、今にも泣き出してしまいそうな表情をしていた。

「天使のように優しくて・・・自慢の息子だった・・・」

 誰に聞かせるでもなく、ポツリとつぶやいたその声は震えていた。

 ユダは、先程この家の中を案内された時に感じた違和感を思い出した。ナガノも奥さんのミエも、きっと息子の死からまだ立ち直れていないからなのだろう。


 ユダが家に迎えられた翌日から、セイラム本部にナガノと一緒に車で出勤する生活が始まった。

 初日は、ナガノが付きっきりで本部の建物を案内してくれ、色んな人に紹介してくれた。

 しかし、次の日からは訓練教官に預けられ、新兵達に混じって体力作りのトレーニングと戦闘訓練に明け暮れる事になった。

「大丈夫か、辛くないか」

 痩せっぽっちの小さなユダが、いきなり軍隊に入って過酷な訓練をしているのだ。心配になってナガノは、事あるごとに同じ様な事を聞いてしまう。

「全然辛くないです。寧ろ毎日訓練が楽しみです」

 そう答えるユダの目は、キラキラと輝いていた。激しい戦闘訓練で、体にはあざが出来ていたがそんな事はお構いなしだった。


 訓練を受けているのは、セイラムに入隊したばかりの新兵ばかりで10代後半〜20代前半の若者数十人ほどが中心だったが、数人ユダと同じ位の年齢の10代前半の子供たちも混じっていた。

 その中でも、ユダはすぐに頭角を現した。同い年位の子供たちはおろか、自分より一回り近く年齢が上の新兵達でも模擬戦闘でユダに敵うものはほぼ皆無だった。

 元々は、孤児院で虐められて育っただけに強さへの渇望が人一倍強かったのだろう。ユダは驚異的な熱量で訓練に挑み、家に帰ってからも毎日自主トレを欠かさなかった。

 ユダはみるみると強くなっていく過程で、人生は自分でコントロールする事が出来るものだと言うことに気づいた。

 今までは、常に周りの機嫌を気にしてビクビクと生きていた。周りの少年の虫の居所が悪ければ、何時もより執拗で過激な暴力を受けた。そんな時でもユダは、抵抗するでもなくじっと嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 だが、今は違う。

 自分の遥か先にはナガノと言う偉大な目標がいて、それを目指して努力していると次々と新たな扉を開く事ができた。



 そして時が経つのは早く、ナガノに身柄を引き取られてちょうど一年が経ち、ユダは12歳の誕生日を迎えていた。

 自宅でナガノとミエが夕食にご馳走を用意して誕生日を祝ってくれた。

「それにしても、この一年で見違える様に逞しくなったな」 

 ナガノは、目を細める様に傍らのユダを見る。

「本当ね。さあ、ユダ君たくさん食べてちょうだい」

 普段は体調を崩しがちなミエも今日は体調が良いらしく、自慢の料理を食べてもらおうと、せっせとユダの目の前にあるお皿に料理を取り分ける。

「ありがとうございます」

 ユダはお礼を言って、目の前のお皿に乗っているローストチキンにかぶりつく。

 暗くなって来た窓の外には、雪がはらはらと地上に降り注ぐのが見える。

 今日はホワイトクリスマスだった。

(あの日も、同じように雪が降っていたな・・・)

 ユダは、去年のクリスマスイブの出来事を思い出して胸がチクリと痛んだ。

 ユヅキの事を思い出したからだ。

 あの日から生活が一変して、毎日が目まぐるしく訓練漬けの日々だったが、時々ユヅキの事を思い出しては自責の念に苛まれていた。

(結婚してトウキョウにはもういないんだろうな)

 窓の外の流れ落ちる雪を見ながら、ユダはもの思いにふけっている。

「どうした、主役がそんな顔して」

 そんなユダの様子を見かねたのか、ナガノが声をかけてくる。

「いえっ、なんでもないです」

 ユダはあわてて笑顔をつくって応じる。

「そうだ、プレゼントをあげよう。きっとユダに似合うと思うよ」

 ナガノは手のひらに載るサイズのラッピングされた小さな小箱を取り出して、ユダによこす。

「ありがとうございます、一体何でしょうか」

「開けてごらん」

 ナガノに促されて、ユダは包装紙を破って小箱を開ける。

「うわっ」

 ユダは思わず驚きの声を上げる。

 中には、シンプルなデザインで黒いメタルバンドの機械式腕時計が入っていた。

 機械式腕時計は、職人が手作業で少数しか生産していないのでとても高価で、まず中流家庭では手が届かない代物だった。

「すごく・・・嬉しいです」

 こういったプレゼントを貰うのが生まれて始めてなので、ユダは嬉しい半面少し戸惑いを感じてしまう。

「良いのよユダ君は、もうウチの子なんだから」

 赤ワインを飲んで上機嫌なミエが話す。

「ミエ、ほどほどにしておいてくれよ」

 ナガノはワインのボトルを取り上げて自分のグラスにも注ぐ。

 和気あいあいとした食事も一段落すると、ユダは二人に挨拶をして自分の部屋に行く。

 自分の部屋に戻ると、勉強机の上に貰った腕時計をそっと置いてそのままベットにうつ伏せに倒れ込む。

「ふーっ」

 ユダは深くため息をついた。

 ナガノ夫婦はとても自分に良くしてくれていて、元いた孤児院の誰もが羨むほどの恵まれている環境だった。 

 だがユダの心には、ぽっかりと小さな穴が空いたような、どこかいつも満たされない思いがあった。

 この、もやもやの正体はユダ自身もいくら考えても分からなかった。

 ベットの上で枕を抱えてうつ伏せで横になっていると、うとうとし始めいつしかそのまま眠りについてしまった。

 その日は珍しくユヅキの夢を見た。

 夢の中でユヅキは、いつもの静かな微笑みを浮かべていた。

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