第8話 義母と愚弟に別れのあいさつを。そして異世界へ

 ――普段通りのマルサル王城。

 そこへ、


 ズガァァァァンっ!!!


 壁を破壊して鉄の船が玉座の間へ突っ込んだ。


「な、なんだっ!?」


 堅牢な王城の壁を突き壊して現れた鉄の船を目の前にして、バルドンは悲鳴に近いような大声を上げる。


「な、なんですのっ!? え、衛兵っ!」


 サリーノが衛兵を呼ぶも、腰を抜かしたのか彼らは地面に尻をついて動かない。


「ひさしぶりの王城だ」


 ツクナを抱いて船の中から出てきた俺はぐるりと玉座の間を見渡す。


 しかしこの場所に良い思い出は無い。

 目の間で目を丸くしているこの男に跪き平伏して罵倒されたりと、嫌な思い出ばかりだ。


「おひさしぶりですバルドン国王陛下。お望み通り帰って参りましたよ」

「ハ、ハバン……っ」

「お義母上もお変わりなくお元気なようでなによりでございますな」

「ハバン……様っ」

「おや? いかがされましたか? ひさびさに家族が対面したのです。もっと嬉しそうにしたらいかがでしょうか? 私のように」


 そう言って俺は2人に最大の笑顔を向ける。


「え……え、衛兵っ! この男を捕らえろっ!」

「は……あっ、は、ははっ!」


 バルドンの命令に一瞬遅れて衛兵たちが一斉に俺へと向かって動き出す。


「家族の話だ。部外者には下がっていてもらおう」


 俺の言葉と同時に現れた鉄の兵が衛兵たちを瞬時に制圧する。


「な、なな……っ!?」


 バルドンの顔が引きつる。サリーノも同様だ。


 さすが親子。

 怖気づく反応も一緒だ。


 その様子がおかしくて俺は鼻で笑う。


「さてバルドン。俺にしてほしいことがあるんだろう? 言ってみたらどうだ? 頼み方によってはこの兄が叶えてやらなくもないぞ?」

「ハ、ハバン貴様っ! 誰を呼び捨てにしているっ!」


 光の剣を出したバルドンが襲い掛かって来るも、


「お前だよ」


 現れた鉄の兵があっさりと抑え込んで伏せさせる。


「ぐぐ……っ。お、俺にこんなことをしてどうなるか……っ」

「むむー……」


 ツクナが例の能力検査レンズ……とかいう輪っかでバルドンを覗く。


「……この男の能力はちょっとよく斬れる光の剣を出せるだけじゃ。つまらん。ハバンの能力にくらべればカスもいいところじゃな」

「ははは。カスみたいな能力か。俺も昔はこいつによく言われたよ」


 それが逆転するとは。

 世の中、生きていればなにが起こるかわからないものだ。


「ハ、ハバン……っ!」

「どうしたバルドン? 辛いならママに助けてもらったらどうだ? そこで腰を抜かして震えているお前のママにな」


 ギロリ睨むと、サリーノは一層に強くぶるりと身体を震わす。


「サリーノ。お前にはこんな素敵な鉄仮面をくれたお礼をしてやらないとな」

「ひっ……えっ」


 サリーノの顔を醜い鉄仮面が覆う。

 見ただけで吐き気を催すほどにひどく醜い鉄の仮面だ。


「な、なんですのこれはっ!? と、とれませんわっ!」


 丈夫に作った上に鍵も無い。

 つまり永遠に取ることは不可能だ。


「それを取ることはできない。お前は死ぬまでその仮面をつけて生きるのだ」

「そ、そんなっ! 嫌ですわっ! 取ってくださいませっ!」

「そう言った子供の俺にお前はなんて言った? お前の顔なんて見たくない。せっかく不愉快な顔を見なくて済むようになったのに取るわけはない。同じ言葉をお前に返そう」

「ひーっ! あの頃のわたくしはどうかしていたのですわっ! ゆ、許してくださいませっ!」

「黙れ。もうお前に用は無い」


 サリーノを鉄の檻に閉じ込め、ふたたびバルドンに向き直る。


「待たせたなバルドン。望みならお前にもママと同じ仮面をプレゼントしてやろうか?」

「ま、待てっ! 俺が悪かったっ! お前をここから追い出したことは間違いだったっ! 謝罪するっ! 許してくれっ!」

「それだけか? 俺に謝ることは?」

「ぐ……くっ、お前を不当に扱った。冷遇した。それは悪かった。それも謝罪しよう。こ、ここへ戻って来たら王に次ぐ要職を与えてやるっ! だから許してくれハバンっ!

「お前? ハバン? 俺はお前のなんだったかな? 愚弟よ」

「お、俺は……お前、い、いや、あなたの弟だ。すまない。あ、兄上」

「そうだな。俺はお前の兄だ。それじゃあ最初から謝罪の言葉を言ってもらおうか。ちゃんと額を地面へ擦りつけてな」

「くっ……貴様、それほどまで俺を愚弄して……ひっ!?」


 鉄の剣を首元に当てると、バルドンは小さく悲鳴を上げる。


「お前は俺の命などなんとも思っていないだろう? 兄弟だから気が合うな。俺もお前の命なんぞなんとも思っていない」


 ひどく冷たい声。

 そしてその声に合わせた冷酷な表情を俺はしているだろう。


 その証拠に俺を仰ぐバルドンは見たこともないほどの怯えた表情をしていた。


「この剣でお前の首を落とすことなんて、虫けらを踏みつぶすよりも容易くできることだが……どうする? 心を込めて俺に謝罪をするか? それとも……」


 刃がバルドンの首に触れ、血が柄のほうへと伝う。


「う、うわあああああっ! ご、ごめんなさい兄上ぇーっ!」


 バルドンは叫び、そして地面に額を打ち付けて泣き出す。


「ぼ、僕が悪かったよぉ……。だから殺さないでぇ……う、うう……」


 涙で顔を濡らし、挙句の果てには小便まで漏らしてしまう。


 これが本来のバルドンだ。

 気弱で臆病。幼いころから母親が側にいるときだけ強気になれる情けないこいつは、歳を重ねて国王のイスに座っても本質はやはり変わっていなかった。


「ぼ、僕、国王なんてもうやめるよぉ……。国王の座は兄上にあげるからもう許してぇ……」

「ふん。国王の座などもういらん」

「じゃ、じゃあ……」


 バルドンの顔が恐怖で一層に引きつる。


「安心しろ。お前を殺しはしない。それどころかお前の望み通り、俺は大量の鉄を作り出してこの国を去ってやろう。ただし……」

「ひっ」


 鼻先に剣を突き付けるとバルドンはその先端を見つめて目を剥く。


「この国や庶民に愚かなことをしてみろ。ここへ来る途中に国のあちこちへ隠した鉄の兵がお前やサリーノ、取り巻きの王族や貴族を皆殺しにするからな。それをよぉく考えて政治をやることだ」


 そう言い残した俺はツクナを抱いて鉄の船へと戻る。


「さらばだ愚弟とその愚かな母よ。もう2度と会うことはないだろう」

「ちょ、ちょっとこの檻を……い、いえ仮面をはずしてくださいましーっ!」

「あ、兄上っ! この僕を押さえている兵をなんとかしてよーっ!」

「兵はそのうちお前を解放して、お前を監視する兵の1体になる。檻は……知らん。それはただの鉄だから自分らでなんとかしろ」

「そ、そのうちっていつなのーっ!」

「出してくださいませーっ!」


 叫びを無視して俺は鉄の船を動かして城から出て行く。

 そして中庭の上空に来ると、


「この辺でいいか」


 大量の鉄塊を文字通り山のようにそこへ積み上げてやった。


 これで国の食糧難は解消されるだろう。

 まあ、永遠にではないが、先のことはあの愚弟に任せるとしよう。


「よいのかの? 弟や義母を恨んでおったのに助けてやって」

「奴らへの恨みならさっき十分に晴らしてやった。この国の庶民たちにはなんの恨みも無いし、飢えで苦しんでいるなら助けてやらないといけないだろ」

「……ふむ。やさしい男じゃな。本来ならばハバンが王になるべきじゃった」

「王になっていたらツクナに出会えなかったよ」


 俺はこの子に会って自分の力に気付けた。

 ツクナとの出会いからが、俺の人生の始まりと言ってもいい。


「嬉しいことを言ってくれるのう。ツクナとの出会いは王となることよりも重要かの?」

「もちろんだ」

「んふふ……嬉しいのじゃハバン……うん?」


 俺の顔を撫でるツクナがきょとんと目を丸くする。


「どうした?」

「この鉄仮面ははずさせんでもよかったのかの?」

「あ……」


 そういえば忘れていた。

 しかし2度と会うことは無いと言った手前、戻るのは恥ずかしい。


「ん? おお、もしかしてと思ったがやはりか」


 能力検査レンズという輪っかで俺を覗いてツクナが声を上げる。


「なにがだ?」

「うむ。ハバンの能力にはまだ底があるのではと思っての。調べてみたら、もうひとつあった。鉄を消滅させる能力じゃ」

「鉄を消滅? それって自分の作り出した鉄じゃなくてもか?」

「答えはその仮面で試してみるのじゃ」

「うん」


 と、俺は自分の鉄仮面が消えるように念じてみる。


「お」


 消えた。あの忌々しい鉄仮面が俺の顔から消え去ったのだ。


 風が顔に触れる感覚がなつかしい。

 良い気持ちだ……。


「……」


 しかし俺はふたたび自分の顔を鉄仮面で覆う。


「なぜまた鉄仮面を被ったのじゃ?」

「う、うん。どうも……長いあいだ仮面を被っていたせいか、素顔でいるのは落ち着かなくてな。もうちょっと仮面をつけておくことにするよ」


 さすがに今までと同じではなく、自分のセンスに合わせたものにしたが。


「そうかの。まあ好きにしたらよい」

「うん。それで……俺の素顔を見た感想は?」


 醜いと言われたらどうしよう?

 自分の顔は幼少時に見たきりなので自信がなかった。


「好みの顔じゃ?」

「かっこいいか?」

「それはどうでもよいことじゃ。ツクナの好みであれば、それでいいんじゃからの」

「それもそうだな」


 まったくその通りであった。


「それで、これからどうする?」

「異世界へ行くのじゃ。能力者の研究に、そしてハバンの能力をもっと生かすためにの」

「ああ」


 異世界とはどんなところなのか?

 俺はそこでなにに出会い。なにをするのか? それも楽しみだが、なによりこれからもツクナとともにあれることがしあわせだった。



――――――――――――


 あとがき


 この作品はこれにて完結となります。

 ☆♡をいただけたら嬉しいです。


 次回作も短編を予定しております。

 そちらは好評をいただけましたら長編化をいたします。

 この作品と同じくご覧いただけましたら幸いです。

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追放王子は異世界から来た天才幼女によって鉄をつかさどる神だったと知る 渡 歩駆 @schezo9987

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