第7話 昼ごはん前に軍隊と戦う

 もうすぐ来るだろうか?


 ツクナの膝に頭を乗せてソファーに寝転がっている俺はうとうとしつつ思う。


「重いからそろそろどくのじゃ」

「ご、ごめん」


 怒られて俺は身体を起こす。


「そろそろ昼ごはんにするか」

「そうじゃな」


 にこやかに笑うツクナの頭を撫でていたとき、窓から鉄の鳥が飛んで入って来る。


 俺が作った鳥だ。

 目を閉じると、あれの目に映ったものを俺も見ることができる。


「その前にお客さんをもてなしてくるか。できれば昼ごはんを食べ終わるまで待ってほしいけど」

「すぐに終わることじゃ。とっとと済ませればよい」

「そうだな」


 すぐに済むとはもちろん昼ごはんのことではない。


「じゃあツクナは昼ごはんの用意をしているからの。冷める前に戻って来るのじゃ」

「ああ。いや、すぐに戻って来るから用意は手伝うよ」


 そう言った俺はツクナに手を振って外へ出る。

 玄関から眺める屋敷の門前には多くの兵がズラリと並んでいた。


「あーずいぶんたくさん送って来ちゃったんだなぁ」


 作り出した鉄の鳥の目を通じてずっと監視はしていた。


 数はおおよそで5000くらい。


 俺が他国と通じて領地に軍勢を用意しているとでも思ったのだろう。

 愚弟にしては読みを働かせたほうか。


「無駄なことだ。今の俺からすれば5000の兵なんて物の数じゃない」


 全員を殺してしまうのは簡単だ。

 しかし無能な王に命令されて来ただけの者たちを殺してしまうのはやっぱり心が痛む。


 話をして帰ってもらうのがいいのだが、はたしてそううまくいくかどうか。


「話をしたい。この軍を率いている隊長は誰だ?」


 俺が大声で呼び掛けると、しばらくして中年の男が門前へと進み出て来る。


「お前が隊長か?」

「そうですが」

「ならば言う。今すぐに兵たちを連れてここから立ち去れ。命が惜しければな」


 聞こえるように大きな声でそう言うと、隊長の男はしばらく黙り、


「ははははははっ!」


 そして大声で笑った。


「なにを言うかと思えばハバン様よ。命が惜しければとはどういう意味ですか? 見たところ周囲にはあなたを守る兵の姿は無い。どこの国と通じていたかは知りませんが、どうやら見捨てられてしまったようですな」

「……やはりそういう考えか」


 予想通りだなと俺は肩をすくめる。


「生きてさえいればどれだけあなたを傷つけてもいいと陛下から命じられております。ですから命が惜しければとは言いませんが、怪我をしたくなければおとなしく我々に従って連行されたほうがよろしいかと思いますよ」

「もう一度言う。命が惜しければ兵たちを連れて立ち去れ。それが賢明な判断だ」

「話になりませんな。おい。門を壊して奴を拘束しろ」


 突撃した兵たちが門を壊して屋敷の敷地内に侵入してくる。


「やれやれ。少し力を見せてやらないとわからないみたいだな」


 俺は能力を使う。

 と、迫って来る兵たちの前に鉄の兵士がズラリと横並びで出現する。


「お、おおっ!? なんだこいつらはっ!?」

「それが俺の兵だ」


 目の前に現れた鉄の兵を前に、マルサルの兵たちは退く。


「な、なにをしているっ! そんなものはコケ脅しの人形だ。ぶっ壊せっ!」

「わ、わかりましたっ!」


 隊長の命令で兵士たちが鉄の兵へ剣や槍を振るう。

 しかし相手は鉄の塊だ。もちろんそんな攻撃など効くはずはない。


「しかたない。コケ脅しの人形ではないということを教えてやる」


 鉄の兵士たちは動き出し、マルサルの兵士たちを持ち上げる。


「それ」


 俺が上げた声とともに鉄の兵士たちはマルサルの兵を遠くへ投げ飛ばす。

 鉄の兵たちは次から次へマルサルの兵を投げ飛ばし、やがて屋敷の敷地から全員を追い出してしまった。


「さて、これを見てもまだやるか?」

「ぐ、ううう……」


 遠目からも隊長の悔しそうな表情がわかる。


「や、矢を放てっ!」

「まだわからないのか」


 本当にやれやれだ。


 飛んでくる矢は鉄の兵を避けて俺へと放たれる。

 生きてさえいればという命令は焦りでわすれてしまったようだ。


 俺は自分の前に巨大な鉄の盾を展開して矢を防ぐ。

 防いだのち、盾の形状を変化させて大量の矢を作って放つ。


「う、うわあああああっ!」


 矢の雨が兵たちに降り注ぐ。


 先端は丸くしてある。

 鉄の塊だから少しは痛いだろうが死にはしないだろう。


「これは警告だ。次は本物の矢を降らせる。さあどうする? おとなしく帰るか? それともここで全員死ぬか?」


 俺の声に兵たちは明らかに慄いている。

 しかし隊長だけはまだ諦めていないようで、


「あ、相手はたったひとりだぞっ! 全員で攻めれば勝てるっ!」


 そうひとりで喚いていた。


「馬鹿が。だったらこうするしかないな」


 俺は右手に鉄の剣を作り出す。そして投げた。


「ぐは、あ……」


 鉄の剣が隊長の眉間を貫く。

 そのまま剣は隊長の死体とともに浮いた。


「この軍を率いる隊長は死んだっ! こうなりたくない奴は帰れっ! こうなりたい奴は好きにしろっ! 同じ運命をたどらせてやるっ!」


 そう大声で警告をしてやると、俺の声が聞こえた前列の兵たちが下がる。


「10秒やるっ! それを過ぎたら前から順番に殺していくからなっ! 1、2、3……」

「う、うわああああっ! 死にたくないーっ!!!」


 ひとりが叫んで逃げ出す。

 そうなると次から次へと逃げ出し、その恐怖は後方まで伝わって、どんどん逃げて行く。


 やがて門前からすべての兵が逃げ去り、周囲はいつも通りの静けさを取り戻した。


「思ったよりかかったな」


 空腹に鳴る腹を撫でながら俺は屋敷へと戻る。


「遅かったの」


 食堂のテーブルでは昼食の用意を終えたツクナがちょこんとイスに座っていた。


「すまないな。思ったより時間がかかったよ」

「構わん。食事にするのじゃ」

「うん」


 イスに座った俺はツクナの用意してくれた昼食を食べる。


「のうハバン、少しいいかの?」

「うん? どうした?」


 かわいらしい顔を真剣にしたツクナが俺を見つめる。


「うむ。ハバンの能力じゃがの、こんなにすごい能力をこんなところで腐らせるのはもったいないと思うのじゃ」

「うん」


 それはまあ、わからなくもない。

 しかしツクナとの生活は楽しいし、不満はなかった。


「じゃからの、ツクナと一緒に他の異世界へ行っていろいろやってみないかの?」

「いろいろって?」

「うむ。ツクナの目的である能力者の研究を手伝ってもらいたいのもあるんじゃが、もっとハバンの能力を生かせる世界もあると思うんじゃ。いろいろというのは異世界を旅しながら探していけばいいんじゃないかの?」

「異世界を旅、か……」


 真の能力に気付いてから、俺はいずれバルドンとサリーノたちを追い出して王位につくことを漠然と考えていた。

 だが俺の力は一国の王に収まるものではない。もっと広い世界へ出て、もっと大きな世界でこそ真に輝くのではないかと思う。それに、


「うん。行こうか。異世界に」


 こことは違う世界。そこでどんないろいろをするのかはわからないが、ツクナと一緒ならばどこでも楽しく幸せにやっていけると思った。


「よいのかの? ハバンならばマルサルの国王から王位を奪うことだってできるのじゃぞ?」

「今さらそんなものに興味は無い。王になることよりも、俺にはもっと大きなことができるはずだ。それにツクナと一緒に異世界を旅することのほうがよっぽど楽しそうだしな」

「そうか。うむ。ハバンはツクナのことが大好きじゃからの。そう言うと思ったのじゃ」

「ああ。お前と一緒なら、どこだってそこが俺にとって最高の居場所さ」

「ハバン」


 こちらへ来たツクナを抱き上げて膝へ乗せる。


「ではさっそく行くかの?」

「うん? いや、最後にやることが残ってるから、それを済ませたい」

「なにをするんじゃ?」

「王都へ行く」


 この世界を去る。

 ならば愚弟と義母に別れを言って、心を晴れやかにして行くべきだろう。

 愚かなあの連中に国を任せると決めた以上、奴らを縛る頑丈な縄を民のために置いて行く必要もある。


 ひさびさに会うバルドンとサリーノ。

 2人にどんな別れのあいさつをしてやろうか。俺は今から楽しみだった。

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