第5話 ツクナの用意した新しい屋敷
屋敷はあまりにボロくてツクナが住むのを嫌がったので解体した。
代わりにツクナがどこからか出現させた屋敷に今は住んでいるのだが……。
「うーん……」
俺はソファーという柔らかいイスに転がっている。
この屋敷にはだいぶ慣れたが、初めは戸惑うことばかりだった。
「あれが冷蔵庫、あれがエアコン、あれは……なんだっけ? なんとか清浄機」
これらは電化製品と言うらしい。
今だによくわからないが、使い方は教えてもらったからわかる。
「ちょっと寒いな」
と、エアコンの温度を上げる。
快適だ。快適過ぎる。
こんなすごいものを持ってるツクナって何者なんだろうとぼんやり思う。
「なんじゃゴロゴロしおって。だらしない」
「あ、ツクナ」
シャワーから戻って来たツクナが俺の寝転ぶソファーの前に立つ。
「領民に食料を配って英雄扱いされた男とは思えん姿じゃ」
「そんなこともあったな」
今や領地の村へ行けば領主様英雄様だ。
英雄は大袈裟すぎるだろうと苦笑う。俺は領主として当然のことをしただけなのだから。
「あ、なんか良い匂い」
「綺麗に洗ってきたからの」
屈んで俺の顔を覗くツクナの頭を抱き寄せる。
本当に良い香りだ。
とろけてしまいそう……。
「ハ、ハバン……」
「ダメか?」
「……ううん。構わないのじゃ」
許しを得た俺はツクナの良い匂いを嗅ぎ続けた。
「……ハバンは女と付き合ったことはあるかの?」
「どうして?」
「いいから答えよ」
「ん……無いけど、王都に女はたくさんいたよ。こんなでも一応は王子だから、貴族の娘には結構たくさん言い寄られてたな」
「その女たちにハバンは興味があったのかの?」
「いや全然」
そういえば俺って女にはまったく興味が無かった。
女を見て綺麗とか美しいとか思ったことなかったのに。
「ツクナには興味があるんじゃな」
「うん。なんでだろうな?」
「ツクナが美しいからじゃ」
「ああ、本当にお前は美しい。俺……」
ツクナのことが好きかも。
「ツクナのことが好きなんじゃな?」
「えっ? いや、その……」
嫌がられたらどうしよう?
年齢差とか結構あるし。
「どうなんじゃ? はっきりせい」
「あ、えっと……」
そのとき扉をドンドンと強く叩く音が聞こえる。
「だ、誰だ?」
とろけた意識をはっきりさせられた俺は、ソファーから起きて玄関へ向かう。
「誰だ? なんの用で来た?」
「国王陛下の使者として、ハバン様への書状を預かって参りました」
「バルドンから?」
扉を開くと、使者の男が立っていた。
「こちらが書状になります」
書状を受け取って開く。
それを読んだ俺はふふっと笑う。
戻って来いか。
大方、思ったより鉄鉱山での採掘量が少ないから俺の力が必要になったんだろう。
今年はひどい水害だ。家畜の病も流行っている。
食糧難で国民が困窮……と言うより、自分らが食べられなくなる可能性に不安を覚えたのだろう。そうでなければ俺に戻れなどという書状をあの身勝手な連中が送って来るはずはない。
「返事を書く。少し待っていろ」
使者を待たせた俺は部屋へと戻って返答の書状を書く。
書き終えたそれを渡すと、使者はすぐに帰って行った。
「書状にはなんと書いてあったのじゃ?」
「王に次ぐ要職を与えてやるから王城へ戻ることを許すだとさ」
「戻るのかの?」
「戻れと言われて戻るわけない」」
連中へ報いを受けさせてやるためにいずれは戻る。
だが今はまだそんな気分でもなかった。
「それに、ここでツクナと一緒に暮らしたほうがずっと楽しいしな」
抱き上げたツクナに笑いかける。
「やっぱりツクナのことが好きなんじゃな」
「あ、ああ。俺はツクナのことが好きだよ」
「ツクナもハバンのことは好きじゃぞ」
「本当か?」
「うむ。ハバンは良い男じゃしな」
「こんな顔もわからない男を好きになれるのか?」
「心の話じゃ」
と、胸をトンと指で押される。
心が良いか。嬉しいことを言ってくれる。
ツクナは俺の心を知ってくれている。しかし俺はまだツクナのことをまだあまり知らない。もっと知りたいと思った。
「しかしハバンの弟は黙っておらんじゃろうな」
「そうだな。お前のような美しい女に俺が慕われていると知ったらあいつは不愉快かもな」
「そうではない。国王の命を無視してただで済むわけないということじゃ」
「ああ」
このままなにもしないなんてことはないだろう。
恐らく、俺の書状を読んで怒り狂ったバルドンが軍を送って来る。
100か200か……いや。
無駄な妄想を膨らませてさらに大勢を送って来るかもしれない。
まあ、マルサルの全軍を送ってこようが無意味だ。兵たちは俺には触れることすらできないだろう。
バルドンは俺の力を必要としている。
しかし俺は奴に従わない。奴は俺を従わすことができない。
その事実を知って奴はどんな顔をするだろうか?
奴のママはどんな険しい顔をするだろうか?
想像するだけで楽しくなってきた。
「なにを笑っておる?」
「うん? いや、大勢の軍隊が攻めて来るのを想像したら怖くて逆に笑えるというか」
「嘘をつけ。今のハバンに怖いものなど無いじゃろう」
「ふふ、そうだな」
俺は抱いているツクナをソファーへと座らせて屈む。
「怖いのは強すぎる俺の力だ。本気を出してしまっては、無能な王に命じられて来ただけの哀れな兵たちを皆殺しにしてしまう。そうなってしまう可能性が怖い」
「なるほど。そういう恐怖もあるのう」
と、ツクナは俺の頭を掴んで胸に抱く。
「ふふふ、うまいことを言ってこうしてほしかったのじゃろう?」
「あ……えっと、うん」
柔らかくて良い匂い。
ずっとこうしてツクナの胸に抱かれていたかった。
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