第3話 鉄仮面の王子は領民を救う

 ここへ来てから3日ほど経つ。

 屋敷のボロさには慣れないが、まあそれなりにくつろいでいる。


「うーん」


 自室のイスに座ってのんびりする俺。

 そこへ鉄の人形がやって来てお茶を置いて去って行く。


 あれは俺の意志で動かしているわけじゃない。

 つまり自分の意志で動いているわけだが、どうやらこれが俺の持つもうひとつの能力らしい。


 作り出した鉄に命を与える。


 ただし生き物の形をしていないとダメとのことだ。

 作り出した鉄の命は俺に絶対服従。命令すればその通り動く。


 自由にしろと言えば自由にするし、使用人をやれと言えば永遠に続ける。

 死ねと言えばきっと死ぬのだろう。


「こんなことができるなんて……俺ってもしかしてすごいのか?」


 鉄が作り出せるだけだと思ってた。


「この力があれば、バルドンとサリーノたちを権力の座から追い払える」


 いずれはそうするつもりだが、まだ真の能力に気付いたばかりだ。

 まずは力の使い方に慣れておいたほうがいい。焦ることなどないのだから。


「しかしこんなすごいことができるなんて知れたのもツクナのおかげだな。そういえば庭へ行くって出て行ったけど、なにをしているんだろう?」


 部屋の窓から庭を覗くと、謎の大きな球体が置いてあるのが見えた。


「なんだあれ?」


 ツクナが置いたのかな?

 そもそもどこから持って来たのか?


 気になった俺は庭へと出て行く。


 真っ白い球体は人が5人は入れそうなほど大きい。


「この中にいるのか?」


 だとして、どうやって入るんだろうか?


「うん?」


 ほとんど同化してわかりにくいが、扉のようなものを見つける。

 それを引くと、


「あ……」


 雨が降るような水音。

 その下には裸のツクナがいた。


「こ、これは……」


 水浴び? けどどこから水が?

 いやそれよりも……。


「なんて美しいんだ」


 白く輝く幼い肢体。

 それにそぐわない大きな胸はあまりに魅力的で俺の目を引きつけて離さなかった。


「うん? こらっ! なにをしておるんじゃっ!」

「えっ? うあっ! あつっ!?」


 水、ではなく熱い湯をかけられた俺は、びっくりして外へ転がり出る。

 扉はバタンと閉められ、その場に座った俺はただ目を丸くして球体を見つめていた。


 ……やがて服を着たツクナが球体から出て来る。


「まったく、乙女のシャワーを覗くなど、なんてスケベな男じゃ」

「す、すまん。そういうつもりじゃなかったんだ」


 しかしあれほど美しいものを見れたのは少し嬉しかったとも思う。


「目がいやらしく笑っておる」


 鉄仮面をペシペシ叩かれる。


「まあ、ツクナはものすごく美人じゃから裸を見たいと思うのはしかたないがの。覗きはいかんぞ」

「うん。ごめん。でも、それはなんなんだ」


 球体を指差す。


「これはツクナの作った携帯シャワー室じゃ」

「ケイタイシャワーシツ?」

「うん? まあ、どこでも水浴びができるものじゃ」


 と、ツクナが指で押すと、球体は豆粒ほどに小さくなる。


「ど、どうなってるんだそれ?」

「説明してもわからん。それよりも」


 ツクナの視線が俺の背後へ向く。

 そこでは俺の作った鉄人形が庭の手入れをしていた。


「無機物に命を与えることのほうがよっぽど不思議じゃ。どうなっておるんじゃ?」

「いや、俺に聞かれても……むしろどうなってるのか俺が知りたいと言うか」

「これは本当にすごいことじゃ。命を作り出すなど、神の所業じゃぞ。ハバンは鉄をつかさどる神と言ってもよい」

「それは言い過ぎじゃないかなぁ」


 すごいこととは思うが、神を出されては謙遜するしかない。


「まあ便利だよね」

「便利で済ますなっ」


 また鉄仮面をペシペシ叩かれた。


「あ、あのー……」

「うん?」


 そこへ誰かがやって来る。

 痩せたじいさんだ。


「誰だ?」

「は、はい。私はこの近くにある村の村長をやっている者です。あの、あなたは新しい領主様……でございましょうか?」


 恐る恐るといった様子で村長は聞いてくる。


「うむ。ヘンテコな仮面を被ってはおるが、このスケベな男は領主のハバンじゃ」


 完全にスケベ男と認識されてしまった。

 しかし違うとも言えない。ツクナの裸に見惚れていたのは事実だし。


「お、おお。やはり領主様っ!」


 俺を領主と知った村長は地面にひれ伏す。


「領主様にお願いがあって村を代表して参りました。どうかお聞き届けください」

「なんだどうしたんだ? ともかく言ってみろ」

「はい。ここ半年ほど村が盗賊の被害に遭っておりまして……」

「半年も盗賊に? 前の領主はなにをしていたんだ?」

「はい。以前の領主様が亡くなられてからは新しい領主様が来られなかったので、そのあいだにこの領地で盗賊が勢力を拡大してしまったのです」

「ひどい話だな」


 いつでも俺をここへ追放できるように準備をしていたってことか。

 関係の無い領民にとっては迷惑な話だ。


「盗賊はどこに現れるんだ?」

「1週間に1度、村に食べ物を奪いに現れます。食べ物が無いと村人を殺すため、皆は自分たちの食べるものもほとんど無い中、必死に食料の調達をしております。悪いときは若い女も連れ去られて……このままでは村が壊滅してしまいます。どうか村をお救いください領主様」


 額を地面につけて頼む村長の前で俺は立ち上がる。


「わかった」

「おおっ、ありがとうございます領主様っ」

「うん」


 不本意とはいえ、俺はここの領主になったのだ。

 ならば領民は守らなければならないだろう。


 そうと決めた俺はさっそく村へと赴く。

 村はひどく荒れており、そこかしこに疲れ切った様子の村人がいた。


「これはひどいな」

「はい。ここ何年かは雨が多くて農作物が採れず、そこに盗賊の被害が加わって食べるものもなかなか食べられずに皆、困窮してこのようなことに……」

「そうか……」


 痩せ細った村人たちの姿に心が痛む。


「雨が多い年が続いたときは王都から食料の支援があるはずだが」

「ええ。しかし今年はまだ届いておりません」

「ふむ。大きな領地を優先して、こういう小さい領地への支援は後回しになっているのか」


 だが、いつ届くかわからない食料を待っていたらここの領民は死に絶えてしまう。

 なんとかしなければならないな。


「ハバン。目的の連中が来たようじゃぞ」

「うん?」


 ツクナの指差す方向から騒がしい声が聞こえてくる。


「あ……ああ……と、盗賊どもが来たようです領主様っ! ど、どういたしましょうっ!」

「ともかくあんたと村人は家に入っててくれ。あとは俺がなんとかするから」

「は、はいっ」


 村長と村人たちが家へと逃げ込む。

 それからすぐに盗賊たちが俺とツクナの前に現れた。


「んん? なんだてめえ? 見ない顔だな。村の奴か?」

「いや、違う。俺はここの領主だ」

「なんだぁ? 領主だと? げはは。鉄仮面を被った領主なんて聞いたことないぜ」


 盗賊たちがゲラゲラ笑う。


 それはそうなので特に否定もできない。


「それで、その領主様がこんなきたねー村になんの用でいるんだ?」

「お前ら盗賊から村を守るためだ」

「げはははははっ! この鉄仮面の領主様が村を守ってくださるそうだぞっ! 俺たちからよーっ! どうやってーっ? 金でも払って帰ってもらうのかーっ! げははははっ!」


 盗賊たちは大声で俺を笑う。


「帰る必要は無いぞ」

「なんだと?」

「お前たちは全員、ここで死ぬからな」

「げはげは……もう飽きた。てめえはもう死ね」


 盗賊たちが襲い掛かって来る。

 しかしその眼前には、


「うおっ!?」


 鉄で作り出した兵たちが出現する。

 鉄の兵たちは向かって来る盗賊たちを鉄の剣であっさりと斬り刻む。


「ぎゃあっ!」

「な、なんだぁっ!?」


 盗賊たちは斧や剣で鉄の兵を攻撃する。

 しかし効果などあるがずはない。すべて鉄でできているのだから。


「だ、だめだ逃げろっ!」


 慌てて盗賊たちは逃げ出す。しかし、


「領民を苦しめる盗賊などに慈悲は無い。やれ」


 鉄の塊とは思えない速度で鉄の兵は盗賊たちを追いかけて斬り殺す。

 全員を仕留めると、鉄の兵は俺の側に戻って来て動きを止めた。


「なんとかなったな」

「うむ。たいしたもんじゃ」


 褒めてくれたツクナの頭をポンと撫でた。


「お、おお」


 盗賊を倒したことで村長と村人たちが家から出て来る。


「すごい……」

「あんなにたくさんいた盗賊をあっという間に……」

「領主様ありがとうっ!」


 村人たちに囲まれて、俺は礼と賞賛の声を浴びる。


 悪くない。

 俺の力でこうして誰かに喜ばれたりなど、今まではなかったことだ。


「ありがとうございますハバン様。これで村はもう盗賊に怯えて生活することはなくなります。本当にありがとうございました」

「いや、礼はいらない。領主として当然の仕事をしたまでだからな」


 そう言うも、村人たちから発せられる礼の言葉は止まらない。

 それほど盗賊から与えられる被害には苦しんでいたということだろう。


「一応この鉄の兵を置いて行こう。盗賊の残党が来るかもしれないからな」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」

「うん。それで村長、王都から食料が届かないのは他の村もなのか?」

「えっ? ええはい。他の領地はわかりませんが、この領地の村はどこもそのようです」

「そうか。わかった。行くぞツクナ」

「あ、ハバン様、お礼の宴を……」

「そんなことをしている余裕は無いだろう。少ない食料は大切にしろ」

「は、はい」」


 頭を下げる村人たちを背に俺は村を出て行く。


「屋敷に戻るのかの?」

「いや、隣国へ行って食料を調達して来る。王都からの食糧支援を待っていたらこの領地の領民は皆、飢えて死んでしまう」


 急がなければ、村人はもう限界だろう。


 しかしどう急いでも隣国まで行って戻るには2週間ほどかかる。

 大量の食糧を持って帰るとなれば、時間はさらにかかってしまうだろう。


「なんとか急いで大量の食糧を持って帰る方法はないものか……」

「ならば鉄で船を作ればよい。それに乗って行けば早いぞ」

「船って、海なんてないし鉄の船なんて……あ、そうか」


 俺は巨大な鉄の船を作り出す。

 それに乗って空中に浮かせる。


 これは素晴らしい発想だ。


「これならすぐに隣国へ行けるし、調達した食べ物を大量に運べるな」

「うむ」


 さっそくと俺は頭に念じて鉄の船を隣国へ飛ばした。

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