第2話 異世界から来た不思議な幼女に出会う

 荷物をまとめた俺は辺境の領地へ向かって出発する。

 共をする者はいない。与えられた痩せ馬に乗ってひとり王都を出て行った。


 国に貢献してきた俺がなんでこんな目に。


 鉄鉱山が見つかった? 枯渇したらどうする気だ? 

 まあ、そこまで考えられないからあいつは無能なのだが。


 しかし理不尽だ。

 バルドンとサリーノはこれまでも王子の俺を不当に扱ってきた。

 挙句の果てに王都からか辺境へ追放とは。


 恨めしい。なんとかして奴らを追い出して俺が王になれないものか?

 しかし俺に味方してくれる者は誰もいない。俺ができるのは鉄の塊を作り出すことだけで、この能力があれば他国に亡命して手厚く扱われるかもしれないが……。


 他国が大量の鉄を得たらマルサルに戦争を仕掛けるか可能性がでてくる。


 俺が恨んでいるのは俺を不当に扱ったバルドンやサリーノ、その取り巻き連中なのだ。俺の能力で作られた鉄を材料に大量の武具が作られ、他国がマルサルへ攻め入って多くの民が苦しむことは望まない。


 他国のために能力を使えばマルサルの民が苦しむ。

 俺がしたいのはバルドンやサリーノたちを権力の座から追い払うことだ。民を苦しめることではない。


 ……とはいえ、俺ひとりの力で奴らを権力の座から追い払うなどできはしないだろう。


 俺の能力がもっと優れていれば。


 そんな今さら願っても仕方のないことを考えながら、、俺は辺境の領地へ向かって森を進む。


 と、そのとき、


「ひゃあああああっ!」


 森のどこかで甲高い悲鳴が聞こえる。


「なんだ? こんなところに人か?」


 女の声だったと思う。


 俺は急いでその場へと向かう。


「あ、あれは」


 大きなクマだ。

 その前には怯え顔で地面に尻をついている小さくて綺麗な女の子がいた。


 大変だっ!


 慌てた俺は急いで弓を手に持ち、矢をつがえる。

 そしてクマへ向かって放つ。


「ぐおおおっ!」


 何本か撃ち込むと、怯んだのかクマは森の奥へ逃げて行く。

 ホッとした俺は女の子のもとへと歩いた。


 見たこともない変わった服装の女の子だ。

 髪は黒く短い。真っ黒な服に白く大きな布を羽織っていた。


「大丈夫か?」

「えっ? うむ……って。うあああっ! 今度は鉄仮面の殺人者じゃっ!」

「誰が殺人者だっ。ったく、命の恩人にそれはないだろ」


 まあしかし、子供が怖がるのもしかたない外見だとは思う。


「お、おお、そうじゃったな。すまんすまん。助けてくれてありがとの。礼を言うぞ」

「う、うん」


 なんだか偉そうなしゃべりかたの変わった女の子だな。


「うん? んん?」


 立ち上がった女の子は変な物を手にして、それと俺を交互に見つめた。


「お前、なにか変わった力を使えるかの?」

「えっ? うん」


 と、俺は右手に鉄の塊を出して見せる。


「おお、やはりか。お前はツクナの探していた者じゃ」

「ツクナって君の名前? てか、探していた者ってどういうこと?」

「うむ。名はツクナで年齢は8歳じゃ。異世界からやってきた」

「い、異世界から?」


 なにを言っているんだこの子は?

 けれど俺に能力があることを知っていたり、ちょっと不思議な子だ。


「えっと、俺はハバン。年齢は20歳だ。それよりなんで君は俺に特異な能力があるって知ってたんだ? そもそもなんでこんなところにひとりでいるの?」

「ハバンに能力があるとわかったのはこれのおかげじゃ」


 ツクナの手には平べったく細長い物体が握られている。

 それがなんなのか俺にはさっぱりわからない。


「これは能力者を探し出す機械での。能力者の側に異世界から転移してきたのじゃが、運悪くクマの背中に出てしまってさっきのようになっていたというわけじゃ」

「よ、よくわからないけど、とにかく君は遠くから来たってこと?」

「うむ。ツクナは能力者というものがどういうものかを研究しに来たんじゃ。それでハバンにお願いがあるんじゃが、少し身体を調べさせてもらってもいいかの?」

「べ、別に構わないけど」


 この子の言葉を信じたわけではない。

 しかし不思議で美しいこの子に興味を持った俺は、まあいいかと承諾した。


「おお、それはありがたいのじゃ」

「うん。じゃあとりあえずここを出ようか」


 俺はツクナを馬に乗せて森を出て行く。


「ツクナはどこの国から来たんだ?」

「日本じゃ」

「ニホン?」


 聞いたことのない国だ。

 きっと俺の知らない遠くの国なんだろうな。


「ツクナは天才科学者での。異世界へ行くマシンを開発してここへ来たんじゃ」

「へー」


 なにを言っているかぜんぜんわからなかった。


 やがて目的地の辺境領地へやって来た俺は、領主の屋敷へと向かう。


「これが領主の屋敷か?」

「ボロボロじゃな」


 着いて見るとツクナの言う通り。ボロボロの屋敷が目の前に現れた。


「まあ想像はしてたけどな」


 ツクナを馬から降ろして屋敷へと入る。


 誰もいない。

 使用人などひとりもいない無人のボロ屋敷だった。


「ハバンはなんでこんなところへ来たんじゃ?」

「うん? うん」


 俺はツクナにここへ来た理由を説明する。


「それはひどいのう」


 ちょいちょいと手招きされたので屈むと、ツクナは俺の頭を抱き締めた。


「ハバンは悪くないのじゃ。ちゃんと国に貢献したんじゃからの」

「う、うん……」


 小さい子に慰められている。

 しかし悪くない。こうやって俺の味方になってくれる者は誰もいなかったから。


「ツクナ」

「なんじゃ?」

「お前、小さいのに意外と胸があるな」

「ばかものっ」


 と、鉄の仮面ごと頭をはたかれた。


「スケベな男じゃ。まあツクナはちょー美人じゃからしかたないがの」

「うん」


 確かに美人だ。

 こんなに美しい女は初めて見た。


「それより早く身体を調べさせてほしいのじゃ」

「あ、そうだったな」


 しかし調べるとは言っても、どうするのか?

 横になったほうがいいのかと考える俺の前で、ツクナは短い柄の先に輪っかのついた物体を取り出す。


「なにそれ?」

「これはツクナの開発した能力検査レンズじゃ。能力の詳細がわかる」

「へー」


 よくわからないが、詳細を調べられるらしい。


 しばらくのあいだツクナは輪っかを覗きながら俺の周囲をぐるぐる回り、


「なんとっ!?」


 突然、大声を上げた。


「ど、どうした?」

「ハバンよ、お前の能力は鉄を作り出せるだけじゃないのじゃ」

「そうなの?」


 とは言われても、鉄を作り出すことしかできたことはないが。


「うむ。ハバンの能力は鉄を作り出すことじゃが、作り出す形は思い通りにできるんじゃ」

「そ、そうだったのか?」

「試しに鉄の剣でも作ってみるのじゃ」

「うん」


 言われた通り鉄の剣を頭に思い描いて鉄を出す。と、


「お」


 俺の手には頭に思い浮かべた通りの剣が現れた。


「で、できた」


 俺にこんなことができるなんて。今まで気づかなかった。


「それを空中に浮かせてみるのじゃ」

「えっ? そんなことがさすがにできないと思うけど」


 しかし浮くように念じてみると、


「おおっ!?」


 鉄の剣が浮いた。


「作り出した鉄は自在に動かせるようじゃ」

「ほ、本当か?」


 さらに念じると、剣は屋敷の天井をぐるぐると回って動く。


 本当に俺が思った通りに動いている。

 剣を作れたことにも驚いたが、これはさらに驚愕だった。


「すごい能力じゃ。んん?」


 輪っかを覗いていたツクナが唸る。


「ま、まさかこんなこともできるのかの? そんな馬鹿な……。いやでも、ツクナの作ったこの検査レンズに間違いなどありえないのじゃ」


 むむむと険しい顔で輪っかを睨むツクナ。

 俺は空中で思い通り動き回る剣が楽しくて、そっちに夢中だった。

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