第10話 不安の影

   ◇◇◇


 17時過ぎ――

 それから、俺と花音ちゃんは早めの夕食を取ることにした。まあ、昼飯が早かったから、丁度いいと思う。


 それに……。


「これは昼に負けず劣らず豪華だな……」


 食卓を見て思わずそんな声が出た。いやだって、さっきの寿司に帰りデパートで買ったお肉を使ったステーキ、サラダ、さらには昨日のカレーまである……。


「花音ちゃんはすごい女の子だなぁ」


「やだぁー、政吉さん、褒めても何も出てこないよ?」


 すっと、有名な銘柄の日本酒が出てきた……。

 もう、至れり尽くせりじゃん……。


「そうだ、澪ちゃんに料理渡した……?」


「うん、ふふっ…」


 俺がそう聞くと、花音ちゃん嬉しそうに笑う。


「ねぇ、政吉さん、聞いてよ! お姉ちゃんたら、お寿司とお料理を持っていったら、久しぶりに話せてね~。それで、政吉さんがお寿司を選んでくれ言ったら、やたら嬉しそうにそわそわしながら、部屋に引っ込んでいったの! 可愛かったなぁ……ふふ」


「え? 選んだけど……どのセットにするか適当に決めただけで…」


「いいの、いいの。こういうの事実が大事なんだから。あっ、でもお姉ちゃんにそれを言ったらめっ、だよ? 人間は口にしない優しが重要なんだから……」


「……お前、マジで小学生か……? 人生2週目だろ……」


「うん? そんなことないよ? 私~小学5年生なんだから。てへ」


 悪戯っぽく笑う花音ちゃん……そういうとこだよ。もう、とぼけ方が魔性の女なんよ……。


『ピンポーン、ピンポーン』


 その時、家のチャイムが鳴った。

 ん? 誰だ……? 


「誰だろ? 私が出るね?」


「待て待て、危ない奴かもしれないから、俺が出るって」


「そう……?」


「ああ、花音ちゃんは可愛いんだから、そういうの注意しろよ。男は大小あるがみんな変態だ。特に初対面の男はみんな変態だと思え」


「……極端じゃない? でも~可愛いだなんて~照れちゃうなぁ。そんな政吉さんに追加のおつまみを~」


 そんなことを鼻歌交じりにキッチンの方に向かった……。

 いや……お前の容姿的に警戒しすぎじゃないともうけど……。

 

『ピンポーン』


「と、早く出ないと……」


 俺はリビングの隅にあるインタフォンの受信機に向かい、操作する。するとモニターには30歳ぐらいの太ったスーツ姿の男がいた。

 見覚えがないな……誰だ?


『こ、こんにちは……』


 なんか……少し興奮してみたいで鼻息が荒そうで……笑顔が張り付ているような感じだ。初対面の人にあんまりだが……少々気持ちの悪い男だな……。


「はい……」


『わ、私、ひ、引きこもり支援団体の者です』


「引きこもり支援団体ですか……?」


 そういう団体があるのか……まあ、家には現役バリバリのエリート引きこもりがいるわけだけど……。


「この度は『竜胆澪』さんとお会いしたく……取り次いでいただけませんか?」


「……………」


 この人……なんか怪しくないか……?

 何で澪ちゃんの旧姓を知ってるんだ? 竜胆って……俺も知らんかったぞ。それもどうかと思うけど……。


 なんにしても怪しい人は相手にしない方がいいか。いきなり家に来るってのもなんというか、よくないしなし……。


「いえ、家は結構です」


『あ、あの、あなたはどういう、澪るん……澪さんとどういう関係で……み、澪さんのご家族に男はいないはずですが……』


「………………」


 なんだ? こいつ? 支援団体で家に来るぐらいなのに、俺の存在を知らないのか? というか……ここまでの会話だけでもツッコミどころか満載なんだが……とりあえず「澪るん」ってなんやねん……。


 ん……澪るん? どっかで聞いたことがあるような……まあ、今はいいか。


「答える必要はないです。家は結構なんで……」


『あっ、ま……』


「あんまりしつこいと警察呼びますよ?」


『……ぐっ』


 俺の言葉に男は悔しそうに言いよどむ。ふっ、俺が何年社畜をやってると思ってるんだ。この程度の面倒な状況は慣れ過ぎて、あくびが出る。


『わ、わかりました……また来ます』


「いえ、もう来なくても……」


 否定しようとしたら、男は去っていった……なんだあれ? 新手のストーカーか? まあ、澪ちゃんは可愛いしな……というか、澪るん……うーん。


「ん? 政吉さん、どうかしたの?」


 その時、駅前で買ったおつまみチーズを持った花音ちゃんが戻ってくる。


「不審者だ。花音ちゃん、気をつけろよ?」


「え、ええ……こ、恐いなぁ……」


「ま、しばらくは出かける時を俺も付いていくから」


「ほ、本当? 約束だからね! 毎日政吉さんとデート!」


「……いや、デートではないんだけど」


 まあ、何でもいいか。あの男が狙ってるのは澪ちゃんっぽいけど……警戒した方がいいだろ。あとで、澪ちゃんにも話しておくか……。

 あの子の場合、部屋から出ないから問題ないと思うけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る