第9話 引きこもの裸体

   ◇◇◇


 お風呂事件から20分後。

 俺はあのまま引きこもってしまった澪ちゃんの部屋の前にいた……。

 髪に覆われて大事な部分は見えなかったが、裸を見てしまったことへの謝罪だ。

 花音先生のいわく……。


『さっきの件は100お姉ちゃんが悪い。お風呂で寝るなっていつも言ってるのに……だけど、女の被害者面は放っておくと、面倒だからね~。こういう時は男が誤った方がいいよ? まあ、相手によっては調子に乗るから、相手にもよるけど……お姉ちゃんは大丈夫でしょ。褒めると伸びるタイプだし』


 とのことらしい。

 正直女心はわからないので、従うしかない。花音先生さすがです。


 俺は澪ちゃんの部屋の扉をノックした。

 部屋の中からゴトっと物音がした……。


「あの……政吉だけど……今ちょっと話せるか?」


 声をかけるとしばらく沈黙だったが……。


『何……?』


 また、2センチほど扉が開き、澪ちゃんが姿を見せる……まあ、見えてるの髪だけど。


 でも、顔を見せてくれるだけ、いい方が。

 てっきり無視されると思ったし。


「あー、さっきは悪かったな……」


「……い、いい。寝ちゃってた私が悪いし……ご、ごめんなさい。花音には前から言われたのに……はぁ」


 お? 意外と……って、言ったら失礼かもしれないけど、常識人なのか?

 素直に謝られると思わなかった……。


「な、何……? その顔は? 文句あるの?」


 俺の驚いた顔が気に食わなかったのか、澪ちゃんは不機嫌そうな雰囲気になる。


「い、いや、そ、そうだ……一緒に飯食わないか…? 寿司買って来たんだ」


「………………」


 俺がそう言うと、澪ちゃんは沈黙し、やがてためらうように口を開く。

 その声色にはどこか申し訳なさがある。


「い、いい。あとで1人で食べる……そ、それよりも……」


 話題をそらそうとしてるのか、澪ちゃんが口ごもる……なんか、緊張してみたいだ。


「で? ど、どうだった……?」


「え?」


「わ、私の裸……げ、『現役』の時よりはあれだけど……ま、毎日鍛えている」


「…………………」


 この子、話題を逸らすために、さらに沼な話題にいってないか?


「いや、どうと言われても……髪が長すぎて、ほとんど見えなかったし……」


「ふーん……」


 扉が1センチほど閉まった。どうやら……ご機嫌が斜めになったらしい……おい、引きこもりなのに、変なプライドがあるな……。


「い、いや、でも、輪郭的にスタイルがいいことはわかったぞ? それに肌は白くて綺麗だったし……」


「そ、そう……? う、うへへへへへ、こ、こまっちゃうなぁ……うへへへへ」


 また扉が1センチほど開いた……わかりやすくて可愛い……。

 花音ちゃんが言ってた褒められて伸びるタイプなのは間違いないのかもしれない……。


 こうなるともっと褒めたくなる。


「まあ、おっぱいも大きいし、色気もあったし……今度は髪を上げた状態で見たい……」


「そ、そこまで言わなくていい……」


「わ、悪い」


「………………」


 不機嫌そうに扉が閉められた……やばっ、冷静に考えれば17歳の子にに言うことではなかった……。

 はぁ……せっかく話ができたのにな。


「ほ、本当に悪い……寿司は後で持ってくるから」


 俺はそれだけ言うと扉から離れようとすると……。


『ありがとう』


 扉の中からそんな声が聞こえてきた。


「………………」


 まあ、今朝に比べたら随分前進しただろ……一歩ずつ進んでいこう。

 いつか、面と向かって話せることもあるだろう。


   ◇◇◇


 同時刻……。

 澪の部屋。


「…………………」


 澪はお気に入りのデフォルメされた虎の巨大ぬいぐるみの「マトリーヌ」に顔をうずめる。


「うううう……政吉の馬鹿」


 自分で聞いたことは理解しているが……恥ずかしい。恥ずかしい……死にたいと思った。


「…………………」


 その時、風呂場で聞こえてきた『声』を思い出す。


『あほ! そんなこと言ってる場合か! 意識がない! 早く救急車を呼んでくれ! くそっ、こういう時どうしたらいいんだ?』


 それは政吉に必死な声だ。

 自分のことを心配してくれていることが、声色からものすごく伝わってくる。


「…………うへへ」


 自然と笑い声が漏れる。

 心が温かくなり……嬉しかった。

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