おかえり


 僕は先程までいた所まで戻ってくる。


 直後、背後で凄まじい轟音が鳴り響いた。


 振り向くと、天井から大量の土塊が落下してきたらしく、今通ってきた道が塞がれている。


 ……す、少し遅かったらヤバかったな。


 なぜ、急に洞窟が崩壊し始めたのかはわからない。

 けど、もう僕(ブルーノ)は完全にこの場所に閉じ込められた状態だ。


 ふと、足元に何か動く物体の気配を感じる。

 視線を落とすと、……プル!


「お前、まだいたのかよ?」


 僕の焦りをよそに、プルは小さく飛び跳ねる。


「バカ、もう出られないぞ」


 入口へ続く通路は完全に埋まり、プルが通り抜けられそうな隙間も見当たらない。

 他に出入り出来る箇所もなさそうだし……。


 けど、よく考えたら今のプルは【単独転移ソロテレポート】が使える。

 いつでも脱出可能な訳だ。

 で、あるならば……。


「今のうちにやっておきたい事があるんだ。付き合ってくれるか?」


 僕の言葉に、プルは首を傾げる様に少し身体を捩らせる。


 およそ十分が経過した。


 洞窟の崩壊は更に進行していた。

 もはや、空間の半分くらいが土砂や岩石で埋まっている。

 レックスは、もはや土塊に埋もれその姿も確認できなくなっている。

 やがて、僕(ブルーノ)も同様の運命を辿る事だろう。


 と思うそばから、巨大な土塊が僕のすぐ傍に落ちた。


 もう、限界かな。


「プル、リディアの元へ転移テレポートしろ」


 僕が命じると、程なくプルの身体はふっと目の前から消失する。

 ……本当に賢いやつだな。


 それじゃ、僕もこんな場所からはさっさとおさらばさせてもらうか。


「ダイブアウト」


 瞼を開けた僕は、思わず声を発しそうになる。

 すぐ目の前にミュウの顔があったからだ。


 ミュウはベッドの上で、僕のすぐ傍に座り込んでおりこちらをじっと覗き込んでいた。

 もしかして、ずっとそうしていたのか?


 僕はゆっくりと身を起こし、ミュウの頭にそっと手を乗せた。


「ただいま」


 ミュウは笑顔を弾けさせる。


「たたいまッ」

「そこは、『おかえり』だよ」

「おかえりッ」


 僕は、ベッドの脇に不安げな顔で佇むシエラに顔を向ける。


「谷の人たちは、みんな無事だよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。谷を襲おうとしていた二人は、もうやっつけた」


 シエラは、信じられない様に眼を見張る。


「あ、ありがとうございます。何てお礼を言えばいいか……」

「いや、いいんだ」


 僕一人の力で成した事ではないしね。


 その時、ドアが勢いよく開け放たれた。

 慌ただしく室内へ駆け込んで来たのは、プルを腕に抱いたリディアだった。


「このスライムが、突然私の前に……」

「あ、ごめん。気にしないで」


 僕は、リディアからプルを受け取る。


「それより、エイルッ」

「え、何?」

「大変な事になった。すぐ来てくれッ!」


 うーん、一難去ってまた一難というやつか。


 リディアの言う大変な事が何であるかは、一目瞭然で理解出来た。


 連れて来られた部屋の床には、全身が石と化したカインが横たえられていた。

 が、その両手や左右の足先が石の色ではなくなっている。

 元の黒いブーツや、人の肌の質感を取り戻しているのだ。


 石化から、回復しつつあるのだ。


 通常であれば、歓迎すべき状況である。

 が、今回は逆だ。

 回復箇所が、グラムによる受傷部まで達してしまえばカインは……。


 その時、リディアのすぐ隣に突然何者かが出現して床に着地した。

 イリスだ。

 一足先に、転移テレポートで戻ってきたのだろう。

 彼女も、すぐにカインの異変に気付く。


「あわわわわわッ!」


 恐れていた事がついに起きてしまったと、イリスは顔を青ざめさせる。


 彼女らが用いた石化のアイテムは、さほど強力な類ではない。だから、唐突に石化の解除が始まってしまう可能性は常にあったという。


「グラムは?」

「ソフィーが持ってきているの」

「ここまで戻るのに、結構時間掛かるよね」

「大丈夫、ビンセントの脚ならすぐなの」


 彼の脚がどの程度かは不明だが、イリスの言葉を信用するしかない。


 洞窟が崩壊した理由について、ソフィー達は次の様に推察しているらしい。


 あそこは元々そんなに広くなかったのだが、ブルーノが魔術で大幅に拡張したという。その際、拡張部の壁や天井には、彼が一定の魔力を流し続け強化していた。


 けど、僕が【潜入ダイブ】した瞬間にそれらは全て解除されてしまった。

 拡張部は脆弱になり、洞窟全体が一気に崩壊し始めたと考えられる。


 ……て、僕のせい?

 仕方ないじゃないか、拡張したなんて全然知らなかったし。


 まあ、幸い獣人たちは全員無事だったらしいのでその点は良かったけど。


 イリスの言うとおり、ビンセント達は一時間足らずでこの町に戻ってきた。

 普通に比べれば、超早い。


 けど、その間にもカインの石化の解除は更に進んでおり、膝や肘付近までが元に戻っていた。

 このままでは、あと数時間で回復箇所はカインの胸の傷にまで達してしまうだろう。


「ど、ど、どうすりゃいいんだッ?」


 ビンセントは、物凄い焦燥感と共に僕にきく。


「剣の魔力を封じるには、竜の穴に戻さないと……」

「り、竜の穴あ?」


 ソファーは声を裏返らせる。


「こっから何日掛かると思ってるべ?」


 確かに馬車なら、どんなに飛ばしても軽く十日は要する。

 いくらミュウだって、それより少し早いくらいが関の山だろう。


「そうだ、キミの転移テレポートは?」


 僕の提案に、イリスは悲しげに俯く。


「駄目なの、私の転移テレポートはそんな遠くまでは飛べないの」


 せいぜい、隣の町くらいまでが転移可能な距離の限界らしい。転移先として設定してある人物は、ダウノアとその近辺にしかいないという。


 こんな田舎町で、転移魔術の使い手なんてそう容易く見つかるはずもない。


「くそう、この前みたく巻物スクロールを持ってくるべきだったぜ」


 僕はビンセントの嘆き節に大きく反応する。


「それだッ!」

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