獣神様の怒り


 ブルーノの野郎……。

 何、考えてやがるんだよ。


 下半身が土中に埋もれた状態で固定されたレックスは、脱出を試みる。


 地面に両手をつき渾身の力を込めた。


「ぬおおおおおおおおーッ!」


 ……ぴしり。

 彼の身体から、一筋のひび割れが地面の上に発生する。


 ぴし、ぴしぴしぴしッ。

 レックスが力を込め続けると、ひびはクモの巣状に拡大していく。


 ボゴオッ。

 周囲の地面が派手に砕け、レックスは土中から抜け出られた。


 遠巻きに様子を窺っていた獣人達が、弾かれた様に彼から更に遠退く。

 獣人らが収容されていた檻を見ると、柵がなくなっており全員が外へ出ていた。


 ブルーノのヤツ、まじで狂ったのか?


 湧き上がる怒りを、あたり構わずぶつけてやりたくなったレックスは獣人達へ歩み寄る。


 その肩を、何者かの手が掴んで引き留めた。


「おい」

「あ?」


 振り向きざま、レックスの頬に硬く鋭い拳が叩き込まれる。

 そのまま彼の身体が二メートル程飛んだ。


 拳の主はビンセントだ。

 既にソフィーにより、脚も治癒済みである。


 その治った右脚で、起き上がろうとするレックスの胸元を思い切り蹴り飛ばす。


 レックスの身体は勢いよくふっ飛んだ。


 背中に何か硬い物体が衝突して、レックスは地面に落ちる。


「くそッ」


 身を起こしたレックスは、自らがぶつかった物が何であるかを知る。


 獣神像。

 つまり、ここはあの窪みの中である。


 まずい、この場所では力が……。


 レックスは急いでそこから出ようとする。

 が、既に窪みの出口は十数人もの獣人達により塞がれていた。

 にじり寄る獣人の群れに、レックスは顔を引き攣らせ後ずさりする。


 察するに、彼らは力を弱体化させる石像の影響を受けずに済む。

 つまり、この場所ではレックスは彼らに一切抗えない。


 獣人の群れを掻き分け老獣人が先頭に出てくる。

 鋭く厳しい眼光で、レックスを睨みつけた。


「……ゆ、許してくれ」


 レックスは、地面に両手をついて言う。


「もう、お前たちには手は出さねえよ。だから許してくれえッ!」


 必死の形相で哀願するレックス。


 老獣人は、静かながら怒りのこめられた口ぶりで言い放つ。


「許すかどうか、獣神様に聞いてみよ」

「へ?」


 背後を振り向いたレックスは眼を見張る。


「ひやあああッ!」


 鬼のごとき形相をした獣神像が、レックスを見下ろしていた。

 ……いや、石像が表情を変えるはずはない。ただの錯覚だ。自らにそう言い聞かせ、レックスは正面に向き直った。


 紛うことなき憤怒を顔に浮かべた獣人達が、レックスを取り囲んでいた。


「や、やめろ」


 獣人の群れは、更にレックスににじり寄る。


「たすけてくれえッ!」


 無論、レックスの懇願を聞くものはなかった。

 獣人達の拳や蹴りが、雨あられとレックスの身体に降り注いだ。


 ◇


 ソフィーは呆気に取られるほかなかった。


 対面しているブルーノの態度、表情、言葉遣い。その全てに違和感を禁じえないからだ。

 彼が、はにかんだ笑顔を見せた事などただの一度もない。


 そもそも、ブルーノの一人称は、「僕」なんかではないはずだ。


「あんたは一体……」


 訝しむソフィーの疑問に、先んじて答えたのはイリスだった。


「エイルさん、なの?」

「う、うん」


 ブルーノは照れた様な顔で頷く。


「はあ?」


 ソフィーは、益々訳がわからなくなる。


「実は……」


 ブルーノが何か口にしようとした時だった。


 彼らから少し離れた場所に、天井から一筋の砂が降り注いだ。

 次の瞬間……、どっすうーん!

 激しい音と振動が発生する。


 巨大な岩石が落下してきた。

 辺りは巻き上がる土煙に包まれた。


 窪みの中にいた獣人達も、慌てて外へ飛び出してくる。

 そのうちの一人が目を丸くして言う。


「ら、落盤?」

「おい、見ろ。ヤバいぞッ!」


 別の一人が天井を指さして叫ぶ。


 その場にいる全員が、一斉に上を向いた。

 天井はあちこちひびだらけで、今にも落ちて来そうな箇所もある。


 な、何で突然?


「早く逃げるのじゃッ」


 老獣人が大声で全員に呼び掛ける。

 それを合図に、皆が一斉に出口へと殺到する。


「おい、獣神様はどうする?」


 一人の獣人が立ち止まり、窪みの方を振り向く。


「運び出すぞッ!」


 五、六人の屈強そうな獣人達が、窪みの中へと走っていく。

 力を合わせ獣神様の像を担ぎ上げ、神輿のようにそこから運び出す。

 彼らの足元には、ボロ雑巾の様になったレックスが横たわっている。もはや、動く事もない。


「うちらも、逃げた方がいーべ」


 ソフィーの提案にビンセントとイリスも頷く。


「そうだな」

「なのッ」


 出口へ足を向けるソフィーらに、ブルーノも続こうとする。

 そんな彼にソフィーは戸惑いの視線を送らざるを得ない。

 それを受けて、ブルーノも立ち止まる。


 自分が無事に逃げたら駄目な存在であると、気付いた様な表情である。


「ソフィー、これを」


 ブルーノはソフィーにグラムを差し出す。


 訳もわからないまま、彼女はそれを受け取る以外なかった。

 混乱のさなかにいるソフィーに、ブルーノは更に告げる。


「僕は、この場に残るよ」

「え?」


 ソフィーに背を向け、ブルーノは洞窟の奥へと駆け戻った。

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