スライムの能力

 僕らは、まず宿へと戻った。


 部屋に入るなり、バッグの底からスライムを引っ張り出す。

 薬草まみれのスライムはブルブルッと勢いよく身体を振るい、付着した草を振り払っていた。


 シエラの纏う粗末な服を見て、このままではさすがに気の毒だと思う。

 ミュウが部屋着として使っている白いシャツとショートパンツを彼女に手渡した。


「それに着替えておいてよ」


 シエラとスライムを部屋に残し、僕とミュウは冒険者ギルドへと向かった。


 麒麟鷲の卵ふたつと、スライムを隠す為に採取した薬草も買い取ってもらう。


 一人と一匹が心配なので、すぐ宿に戻りたい所だけどいくつか寄るべき場所があった。


 まず書店に行き、地図を購入する。

 シエラの故郷の位置を把握しておきたかった。


 店先で早速地図を広げ視線を走らせてみると、程なく〈マータ渓谷〉の文字が目に留まった。

 王国の西の端、隣国との境界付近にその渓谷は存在する。まさしく辺境と呼べる地域だな。


 この町から馬車でなら一週間くらい……いや、もっと要するかもしれない。

 ミュウに乗って飛んでいくにしても、一日ではとても無理な距離だろうな。


 次いで、定食屋に寄り、晩御飯にホットビークサンドを三人前テイクアウトする。温かいうちに食べたいから急いで帰った。


 シエラは、白いシャツとショートパンツ姿で待っていた。

 痩せているけど、胸はそれなりに豊満らしい。上下ともミュウのサイズなので、彼女が着るとぴっちりした感じになってしまう。


 何とも心細さそうな顔をしている。

 知らない町で一人宿に残されたら、誰だってそんな表情をするだろう。


 スライムの方は、よく感情がわからないけど。


「夕飯にしよう」


 そう言って、僕はビークサンドを取り出す。


 シエラは、おずおずと小さな口でサンドにはむっと噛り付く。瞬間、目を見張る。


「こ、こんなおいしいもの、初めて食べました」


 お腹も空いていたのだろう。シエラは、止まらず夢中でサンドを齧り続ける。

 ミュウも、あっという間に平らげてしまった。


 僕のすぐ横で、スライムがぴょこぴょこと小さく跳ねているのに気づく。

 やべ、こいつの餌を忘れていた。


 ……て、スライムって何食べるんだ?


 試しに、サンドのバンズを少しちぎって与えてみる。スライムは身体の端でそれを包み込むように取り込むと、あっという間に消えてなくなった。

 肉や野菜も、同様に吸収してしまう。

 スライムって雑食なのかな。


 この部屋に、ベッドはふたつしかない。


「シエラ。悪いけど、ミュウと一緒に寝てくれるかな?」

「い、いえ。わたしは床でだいじょうぶです」


 シエラは手を振って遠慮する。


「そうはいかないよ。ミュウ、いいよな?」

「んみゅ」

「安心して、ミュウは優しい子だから」

「……は、はい」


 ミュウは、スライムを抱いてベッドに寝転がる。


「おい、そいつも一緒に寝る気か?」

「んうッ」

「……ごめん、スライムも一緒でいいかな」

「は、はい。へいきです」


 シエラは、おそるおそるミュウの隣で横になった。緊張しているのか、身体を強張らせている様に見えた。


 ミュウは、あっという間に「すぴー」と寝入る。


 その様子に安心感を得たのか、やがてシエラも、すーすーと寝息を立て始める。


 ミュウが寝返りした弾みで、スライムが頭の下敷きになってしまう。

 ……て、スライムを枕にするなよ。

 スライムは抜け出そうとプルプルもがいている。


 さすがにあの状態で朝まではきついよな。


 僕はミュウを起こさぬように、そっとスライムを頭の下から救い出す。


 シエラの事で頭がいっぱいだったけど、こいつもかなり不思議な存在だ。


 なぜ、わざわざ馬車で運搬されていたんだろう?

 しかも一匹だけ。


 はっきり言って、スライムに素材としての価値はほとんどない。

 地域によっては食用にもしているらしい。が、弱い上にそこいら中に棲息しているから、高いお金を払って買う人はまずいない。


 もしかして、特別なスライムなのかな。普通より、色が少しだけ薄めな気もするけど……。


 調べてみるか。

 僕は、自分のベッドに仰向けに寝そべる。

 スライムを胸の上に乗せ、両手で挟み込むように触れた。


「ダイブ」


 手も脚もないから、這うか飛び跳ねるくらいしか出来ないな。

 ぴょん、と床に飛び降りてみる。さらに、そこからジャンプ。

 お、テーブルの上くらいなら跳び乗れた。

 よし……。


『ステイタス』


名称:ペールブルースライム

状態:良好


HP107

MP51

力23、敏捷64

魔力37、耐力25

運51


特技:中和、保存

索敵✕5、威嚇✕2

簡易鑑定✕1


 色々、気になる点があるな。


 ペールブルースライム?

 やはり、一般的なスライムではないようだ。

 各ステイタスの値も、スライムにしては高めに思える。


 けど、殊更に気に掛かるのは【特技】の欄だ。


 【中和】と、【保存】。

 どちらも、聞きおぼえのない特技である。


 それに【索敵】や【威嚇】、まして【簡易鑑定】なんて特技をスライムが使えるなんて聞いた事がない。さらに妙なのは、それぞれに併記されている数字である。

 一体、何を意味するんだろう。


『プルぅ』


 え?

 僕は、不意に強い力で外部へ押し出されるような感覚を味わう。


 な、何だこれ……うわあッ!


 次の瞬間、僕はベッドの上にいた。自らの手や脚を確認する。〈僕〉の身体に戻っている。


 なんで?

 まだ、ダイブアウトしていないのに。

 強制的に弾き出されてしまったらしい。こんな事は初めてだ。


 僕は身を起こし、テーブル上のスライムを見る。


「お、お前がやったのか?」


 スライムは、身体をプルプル震わせている。

 僕はテーブルに歩み寄り、その水色の丸い身体の持ち主を両手で持ち上げた。


 な、何なんだよ、こいつ。

 不可解な特技を多数所持している上に、僕を強制的にダイブアウトさせた?


 ふと、森の中で男の一人が叫んだ言葉が頭を過ぎる。


『すごいレアものなんだぞ』


 もしかして、あれはシエラではなくてこいつの事を言っていたのか?


 ……すごいスライム、拾ってきちゃったかも。

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