シエラ
少女に嵌められた首輪をつぶさに見ると、同じ様な赤い宝石が装着してあり、こちらも明滅中だ。
さらに小さな鍵穴らしきも見つけたので、赤い宝石の嵌っている鍵を差し込んでみる。
小気味良い音と感触がして、首輪が外れた。
窒息状態から解放された少女は、荒い呼吸をくり返している。
地面に倒れている豚男は、傍に佇む鳥男に何やら捲し立てている。
が、鳥男は棒立ちで押し黙ったまま動こうとしない。
僕は手元の首輪と鍵束を見やる。
もしかしたら、この首輪は対応する色の宝石が付いた鍵の持ち主の命令に従わないと締まる。
そう条件付けされた
少女はようやく息が整ったようだ。
「だいじょうぶ?」
「は、はい」
彼女は消え入りそうな程か細い声で答える。
「この森は危険な魔獣も出るから、一人ではあぶないよ」
「す、すいません」
「謝る必要はないんだけど」
豚男たちに他の仲間がおり、ここへやって来る可能性も否定できない。
「とにかく、この場から離れた方がいい」
僕の提案に、少女は頷く。
「ミュウ、行くぞ」
「んう」
僕は、首輪と鍵束、それとクロスボウを繁茂した深い藪の奥へと投げ込んだ。こうしておけば、そう易々とは見つけられないだろう。
ふたりを伴い、森の中を急ぎ足で歩き出す。
「キミ、名前は?」
「し、シエラです」
相変わらず、か細い声で少女は答える。
「何処から来たの?」
「生まれ育ったのは、マータ渓谷という所です」
マータ渓谷……、微かに聞き覚えがあるという程度の地名だ。確か、辺境と呼べる地域だったと思う。
僕らの後を、スライムもぴょんぴょん飛び跳ねながらついて来ていた。
「このスライム、キミのペットか何か?」
「いえ」
シエラは首を振る。
ただ一緒に運ばれていただけの存在らしい。
「お前はもう自由だ。どっかへ行っていいぞ」
僕はスライムにそう言って、再び歩き出す。
が、丸い身体を弾ませ、またついて来る。
「ついて来るなって」
手で追い払う仕草をしてみせる。
けど、スライムはその場で小さく跳び跳ねるのみ。
うーん……、まいったな。
ミュウが、スライムの元へ駆け寄る。拾い上げると、胸に抱えてこちらへ戻って来た。
「連れて行くつもりか?」
「んにゅ」
その時、幌馬車の方から大声が聞こえてきた。
「おい、何があったんだ?」
多分に驚きを含んだその声は、豚男とも鳥男のそれとも違う。
年配と思われる少し嗄れた男の声だ。
やはり、他にも仲間がいたらしい。
少し間を置き、男の怒声が響き渡る。
「荷物はどうした? なくなっているぞッ」
仮にも獣人である彼女を、『荷物』呼ばわりかよ。
「すごいレアものなんだぞ、早く探せッ!」
まずいな。即座に、この場から移動した方が賢明なようだ。
「急ごう」
僕はミュウとシエラにそう促し、走ってその場から離れた。
すごいレアもの……。シエラの事だろうか?
一見した所では、彼女はごくありふれた種類の獣人に見える。まあ、獣族について詳しい訳ではないので、よくわからないけど。
ようやく、
男らが追って来ている気配もなく、もう安心して良さそうだ。
相変わらず、ミュウはスライムを胸に抱いたままである。
「いい加減、逃がせって」
「んあッ」
ミュウは首を振る。
「どうするつもりだよ?」
「かう」
「いや、ムリだから」
ミュウは、スライムを形が変わる程むぎゅうーっと抱きしめる。
「魔獣なんか、町の中へは連れて行けないし」
説得しても、ミュウにスライムを手放す気はなさそうだ。
ふう、どうしようかなぁ……。
周囲を見回す。この辺りには、結構薬草が繁茂している。一か八か、やってみるか。
僕は、薬草をむしりはじめる。
「ミュウ、お前も手伝え」
「にゅ?」
ふたりで薬草集めをしていると、シエラも黙って草をむしり始めていた
「あ、ありがとう」
「いえ……」
三人がかりなので、あっという間に相当な量の薬草が採取できた。
まず、スライムを予備に持参してきた空のバッグの底に入れる。で、その上から採取した薬草を隙間なく詰め込んで隠す。
うーん、丹念に調べられたらバレるだろうなぁ……。
「もし見つかったら、諦めろよ」
「んにゅ」
本当にわかっているのか?
町の入口では、衛兵らによる荷物や身分証のチェックが行われている。
シエラは、身分を証明する書類なんて持ってはいないはず。
「過去に、犯罪とか起こしてないよね?」
僕の問いかけに、シエラはぶるぶると首を振る。
ならば、問題はないだろう。
シエラは、門兵に促され、設置された半透明の板に掌を置く。仮に重大な犯歴の持ち主だったりすると板は赤く染まるはずだが、板に変化はなかった。
ただ、身分証なしだとタダでは町へ入れない。税金を収める必要がある。
「お金は……、ないよね?」
シエラは申し訳なさそうな顔で頷く。僕が代わりに、銀貨一枚を支払った。
さて、問題はここからだ。
麒麟鷲の卵ふたつは、問題なく通過。
次いで、薬草の詰まったバッグを門兵の一人がチェックし始める。スライム、頼むから動くなよ。僕は祈る思いで見守る。
門兵は上澄みの薬草を一つまみして、検めるように見ただけで、すぐに「行ってよし」と門の方を指した。
ふぅ、セーフ。
僕は安堵の息を漏らす。
裏を返せば、町のセキュリティに穴があると言わざるを得ないのだけれど。
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