獣人とスライム
檻の中にいたのは、獣人の少女だった。
焦げ茶色で、セミロングの髪。頭頂部には猫を思わす耳が生えていた。臀部からは細長い尻尾も。
痩せた身体に、粗末な布切れみたいな衣服を纏っている。首には太い鉄製の輪が嵌められているが、装飾品だとすればあまりに無骨だ。
少女は、少し緑がかった大きな瞳を見開きこちらをじっと見ている。
表情には、恐怖と驚きが入り混じっているように感じた。
そこで僕は、檻の中にもう一匹別の生き物がいる事に気付く。
大きさは人の頭程度で、薄い水色。丸くてプルプルした身体の持ち主。
スライムだ。
少女のすぐ隣の床で、ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねている。
獣人とスライム。妙な組み合わせだな。
「おい、てめえッ!」
豚男の怒声に振り向いた僕は固まる。
鳥男の構えたクロスボウの矛先が、ミュウの首筋に向けられていた。
ただ、当のミュウは状況をよく理解していないらしく、ほわあーという顔をしていた。
「その子には、手ださないでくれ」
「ならば、言う通りにしろ」
豚男の冷徹な言葉を受け、僕は両手を挙げて服従する態度を示しつつ荷台から降りる。
念の為、聞いてみる。
「国内での奴隷売買は禁止のはずじゃ?」
豚男は、悪びれる様子もなく言う。
「つまり、てめえはこのまま帰す訳にはいかない」
どうやら、ピンチらしい。
まあ見られてはまずいと自覚しているから、危険を承知で森の中を走行していたのだろうけど。
豚男は、馬車の傍らに置かれていた背嚢から何かを取り出す。少女に嵌められていたものと同じ首輪だ。
「てめえにも、こいつを嵌めてもらう」
「嵌めると、どうなるの?」
「オレの命令に逆らえなくなる」
「もし逆らったら?」
「てめえは呼吸ができなくなる。んで、死ぬ」
豚男は、嗜虐性を匂わす笑みを浮かべる。
嵌められたら、おしまいだろう。
けど、ヤツがそれを試みる瞬間こそ僕にとって最大のチャンスでもある。
豚男は、首輪を手に僕の方へ歩み寄ってくる。
鳥男はクロスボウを僕へと向ける。指をトリガーに掛け、妙なマネはするなと言いたげな顔だ。
僕は両手を挙げたまま、機を窺う。
豚男の首輪を持つ男の手が、僕の喉元近くまで持ち上げられる。
……今だッ!
僕は豚男の両手首を掴んだ。
瞬間、豚男は大きく目を見張る。
「ダイブ」
暗転。
すぐに視界が戻ると、目の前で〈僕〉が崩れ落ちるのが見えた。
鳥男が、地面に倒れ伏す〈僕〉を不思議そうに覗き見る。
「へへ、びびって気ぃ失ったぎゃす」
嗤いながら、鳥男は僕を振り向く。
「何してるぎゃすか。早く嵌めちゃってぎゃす」
「うん、わかった」
鳥男の首に、素早く輪を嵌めた。
思い切り目を見開き、男は首輪を掴む。
「うぎゃッ、な、何するぎゃすッ?」
「黙れ」
「は、外して……ぎょええぇッ!」
輪が首を締めつけているらしく、鳥男の顔が苦痛に歪む。
「そいつを寄越せ」
僕がクロスボウを指し示し命じると、鳥男は即座にそれに従う。受け止ったそれを、僕は鳥男の鼻先に向けた。
「僕が『よし』と言うまで声を出すな。それとそこから一歩も動くなよ」
鳥男は、コクコクと何度も頷く。
僕は、豚男のズボンのポケットを探る。小さな鍵が十個ほど連なった鍵束が出てくる。
何れの鍵の頭にも、赤、青、黄とさまざまな色の宝石が嵌っている。先端は幾何学的な形状をしており、普通の鍵とはだいぶ異なる。
一つだけ、オーソドックスなスケルトンキーが混じっていた。これが、あの檻の鍵かも。
僕は荷台に飛び乗り、檻のそばへ来る。
鉄格子の鍵穴にスケルトンキーを差し込もうとすると、檻の中の少女が退く。酷く怯えた顔で、小さく震えていた。
そりゃ、そうだよな。
この姿で檻から出そうとすれば、何か酷い事をされると思われても仕方ない。
〈僕〉に戻ってからにするか。
荷台から下りた僕は、クロスボウを豚男の左ふくらはぎに向けてトリガーを引く。それと右掌も撃ち抜いておいた。
こうしておけば、動く事もままならず下手な真似は出来ないだろう。
クロスボウは〈僕〉の傍に置いておく。
「ダイブアウト」
途端に、豚男が叫び声を上げた。
「いでえぇ! 何だこりゃあ。いでえよおぉ」
もはや、豚男は泣きべそをかいている。
少しは我慢しろよ。
僕は無視して荷台に上がる。
檻の中の彼女は、さっきほどではないがやはり怯えた顔で僕を見る。
「だいじょうぶ。僕はあいつらの仲間じゃない」
僕はスケルトンキーで檻の鍵を解錠し、格子の扉を開けた。
瞬間、獣人の少女は檻から勢いよく飛び出して、荷台からも下りて駆け出した。
ついでに、スライムも飛び出してきた。
「あ、ちょっとッ!」
呼び止める僕の声を無視して、少女は森の奥へ走り去ろうとする。
「待ってよッ!」
僕がそう叫ぶと、突然、少女は立ち止まり膝をついてうずくまる。
急にどうしたんだろう?
僕は、少女の元へと駆け寄る。
彼女は自らの首に嵌められた輪を手で掴み、苦悶に表情を歪めている。
どうやら、首輪が少女の首を締め付けているらしい。
なんで……。
そこで僕は、自らの手元の鍵束で何かが明滅している事に気付く。
光っているのは、鍵の一つに嵌められた赤い宝石だった。
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