第37話


 思ったより大きいな。


 ぜんぶで五つ、巣の中には卵があった。

 形状はまん丸に近く、薄黄色に黒の斑点。人の頭くらいの大きさがある。


 〈麒麟鷲〉の卵だ。


 今僕がいるのは、地上十メートルほどある樹木のてっぺん近く。

 太い枝の上でバランスを取りつつ、卵のひとつを手に取った。大きさの割にはさほど重さは感じない。

 僕はまだ食べた事はないが、黄身は甘くて濃厚で最高に美味らしい。


 眼下で待機するミュウを見やる。

 両手を広げて、こちらを見上げている。


「ミュウ、いくぞッ」

「にゅっ」


 卵を手から落下させる。

 ミュウは、それを見事に両手で受け止めた。

 ナイスキャッチ!


 依頼内容は、『最低ふたつ』との事だ。どうしよう。あと二つくらいは持っていけそうだ。


 バサ……バサバサッ。


 ふと、頭上から聞きたくない音が降って来る。まさか、だよな。


 顔を上に向ける。青空に浮かぶ首の長い影を見ただけで、それが何であるかわかる。


 麒麟鷲ッ!

 さっき、飛び立ったばかりなのに。


 僕目掛けて急降下してきている。


 その顔は憤怒に染まっているように見えた。

 当然かもしれない。向こうからすれば、僕は紛れもない不埒な盗人だ。


 麒麟鷲は、長い首を鎌の様に振り上げる。

 そのくちばしによる刺突は、岩をも砕くと言われている。

 僕は太い幹の陰に身を隠す。顔のすぐそばで激しい音がして樹皮が弾け飛んだ。衝撃で、僕は思い切りバランスを崩す。

 ヤバい。お、落ちる。

 けど、手近に掴む枝などもない。


 僕はとっさに足元を蹴った。

 宙を舞った僕は、無我夢中で目の前の何かを両手で掴む。麒麟鷲の両脚だった。


 僕の重さで、鷲は一旦下降するもすぐに羽ばたき上昇した。僕を睨み付け、再び首を振り上げる。まずい、頭でもつつかれたら……死ぬ。


「ダイブッ」


 ふう。

 麒麟鷲になり安堵したのも束の間、急に身体が軽くなるのを感じた。

 〈僕〉の身体が脚から離れ落下している。

 意識がないのだから当然だけど。まずい、地面に衝突する……。


 寸前で、ミュウが〈僕〉の身体を抱きとめてくれた。な、ナイスキャッチ。

 ミュウは外見によらず、結構な力持ちである。さすが竜だけあって。


 僕は、巣のある場所まで羽ばたいて上昇する。

 持っていくのは、あとひとつだけにしておくか。卵をひとつ足で掴み地上へ降り立つ。


 卵をミュウに託し、僕は高く飛び立つ。ニ分くらい飛行し続け、適当な樹木の枝にとまる。


『ダイブアウト』


 自らの身体に戻った僕は、大きな卵を自分とミュウそれぞれのリュックに一つずつ詰め込んだ。


「じゃ、帰ろうか」

「んにゅ」


 大森林フォレストは、元の姿を取り戻しつつあるように見えた。

 もう半月以上、コカトリスの目撃報告はなく、新たに石化した魔獣も発見されていない。


 おそらく、コカトリスは既に森から去ったか、あるいは深層の極めて奥深くに潜ったのだろうと言われている。

 その証左に、浅い領域へとせり出してきていた魔獣たちは、元いた定位置へと戻り始めている。


 コカトリスは何処から来て何処へ去ったのか?


 町の専門家らの間では諸説語られているが、真相は未だ藪の中だ。


 いずれにせよ、危険な魔鳥が姿を消したおかげで、人々もまた大森林フォレストに出入りできるようになった。

 一時は大幅に減少してしまった森での依頼クエストも、ようやく活況を取り戻しつつある。


 木々の間を縫う小径を歩いていると、一台の幌馬車が前方を塞ぐように止まっていた。

 なぜ、こんな所に馬車が?

 そばまで来て、停車している理由がわかった。


 馬車を牽引する馬が地面に倒れ伏している。

 首の辺りがざっくり裂け、地面に夥しい血が流れ出ている。もはや、動くこともなさそうだ。


 すぐそばに、狼の魔獣の転がっている。身体には無数の矢が突き刺さっており、まるで針鼠のよう。こちらも既に息はしていない。


 おそらく、馬車での走行中に馬がこのウルフに襲われたのだろう。魔獣こそ始末したものの、馬車は立ち往生を余儀なくされてしまったらしい。


 そもそも、なんでこんな森の中を走っていたんだろう?


 一番の疑問はそこだ。道も悪いし、こうして魔獣も出現するのだからふつうは通らない。


 僕は、幌付きの荷台を覗きこんでみた。中には、木箱や樽などが所狭しと積まれている。


 ……ん?

 荷台の奥に鉄格子の様な物が見える。

 檻が積まれているようだ。しかも、その中で何か動いているような……耳?

 木箱のせいで、檻は上のごく一部しか見えない。けど、そこから動物の耳らしきが覗き見える。焦げ茶色のもふもふした耳だ。


 動物を運んでいるのか?


「おい! そこで何してる」


 威嚇するような口ぶりに、僕は身をすくませる。

 木々の中から、二人の男がこちらへ近寄ってくる。


 一人は太った中年の男で、豚のようなツラの持ち主だ。

 もう一方は痩せた若い男。トサカを思わす髪型をしている。いかにも軽薄そうで、顔も些か鳥っぽい。

 どちらも、やけに上等そうな皮の鎧を身に着けている。豚男が腰に下げる剣も、上物っぽい。

 鳥男は、クロスボウを携行している。


「近寄るんじゃねえ」

「す、すいません」


 豚男から厳しい口調で言われ、僕は反射的に馬車から距離を取る。


「町へ戻るんで、誰か呼んできましょうか?」

「余計なお世話だ。早く失せろ」


 吐き捨てるように言う豚男に、僕もさすがにムッとする。せっかく親切で言っているのに。


 僕はまたチラリと荷台を窺い見る。

 格子の向こうの可愛らしい獣の耳が、小さく左右に揺れ動くのが見えた。


「何してんだ、早く消えろ」

「わ、わかりました。行きます」


 途端に、獣の耳がペタンと垂れ下がった。


 ミュウの手を引いて、僕は足早にその場から歩き去ろうとした。

 けど、どうしても檻の中の存在が気に掛かってしまう。

 急に萎れてしまった耳は、まるて僕の言動に失望しているようにも見えた。


 ……て、もしそうだとすれば、こちらの言葉を理解している?


 僕は立ち止まり、踵を返す。

 豚男たちはこちらに背を向けて佇み、森の奥を窺い見るようにしていた。


 僕は人差し指でミュウに静粛を促す。

 そっと、幌馬車の荷台へ歩み寄った。檻の柵の奥には、今も萎れたような耳が見える。

 荷台によじ登ろうした時、奥の方からゴソッと微かな物音がした。

 まずい。


 ふたりの男らも、その音に敏感に反応してこちらを振り向く。


「おい、てめえッ!」


 豚男は剣呑な口調で叫ぶが、ここまで来たらもう行くしかないッ!


 僕は荷台に飛び乗り、木箱を乗り越え、檻の手前まで来る。

 鉄格子の向こうに囚われていたのは、動物ではなかった。

 人間……いや、それも違う。言い換えれば、どちらも正解といえる。

 檻の中にいたのは、獣人の少女だった。


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