約束


 僕の腕を掴んだまま、ミュウはこちらをじっと見つめている。


「いっしょ」

「え?」

「えいる。ずっと、いっしょ」

「み、ミュウ……」

「ダメよ、フィオラ」


 堪らず、ミュウの母親が僕を掴む手を引き離す。


「エイルさん、迷惑しているわ」


 今にも泣き出しそうな顔で、ミュウは僕を見る。


「もう、お母さんが一緒なんだから平気だろ?」


 ミュウは激しく首を振る。


「えいるも、いっしょ」

「それはムリだよ」

「やくそく」


 ミュウの青い瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。


 もう二度と、置いてけぼりにはしない。

 いつかミュウとした約束が、僕の胸に突き刺さる。だけど……。


「僕は、ずっとここにいる訳にはいかないよ。わかってくれ」

「そうよ、フィオラ」


 ミュウは俯く。

 が、すぐに顔を上げて言った。


「みゅう、いく」

「え?」

「えいると、いくッ」

「な、なにいってるんだよ」

「えいると、いっしょにいくッ!」

「せっかく、お母さんとまた暮らせるのに……」


 僕はミュウの母親を見る。

 彼女は、真剣そうな眼差しで娘を見つめていた。


「フィオラ、本気で言っているの?」


 ミュウは頷く。


「エイルさんと、一緒に行きたいの?」


 先程よりさらに強くミュウは頷いた。


「……そう」


 ミュウの母親は小さく息を吐く。

 ただ、その顔には清々しさを感じさせる笑みが浮かんでもいた。


 ミュウの母親は、洞窟の奥の方を見つめる。


「あの剣を守る。それが私達一族の使命です……」


 僕は、ミュウがルースに向けた憤怒を思い出す。

 ミュウの中に流れる一族の血。或いはグラムを守らねばという本能が、それを奪った者へ対して激しい怒りを沸き起こらせたのかもしれない。


「フィオラも、いずれその使命を引き継ぎます。けど、それまでに外の世界を自由に回らせてあげたい。そんな気持ちもあるんです」


 ミュウの母親は、どこか遠い目をしてフッと微笑をこぼした。


「私が、かつてそうしたように」


 彼女が人の言葉を話せるのも、その時の経験ゆえなのだという。

 ただ、とてもつらい想いや悲しい体験、危険な目にも遭った。娘には同じような経験はさせたくないというのは、親心としては当然だろう。


「けど、思ったんです。あなたのような方が一緒であれば……」 


 ミュウの母親は、僕に向き直ると真剣そのものの表情で問い掛ける。


「エイルさん、フィオラをお願いできないでしょうか?」

「え?」

「嫌、ですか?」

「いえ、そんな事は……よろしいんですか?」

「フィオラの好きなようにさせてあげたいんです」


 僕は、ミュウを見て真面目に問い掛ける。


「ミュウ、本当にいいのか?」

「にゅッ」


 真剣な顔でミュウも頷く。


「ふう……。じゃ、一緒に行くか」

「んうッ!」


 ミュウは笑顔を弾けさせた。

 僕はミュウの母親に向き直る。


「では、行きます」


 一礼し出て行こうとする僕は、ミュウの母親に呼び止められる。


「エイルさん、フィオラを……」


 そこで言葉を切ると、彼女は微笑みながら小さく首を振った。


「ミュウをよろしくお願いします」


 一瞬戸惑うも、僕は力強く頷いた。


「はい」


 洞窟を出ると、ミュウは何も言わなくても竜の姿になっていた。

 僕はミュウに跨がり、夜の空を飛んだ。

 雲ひとつなく、月だけでも十分に明るい。

 ひんやりとした空気も肌に心地良かった。


 眼下の森を歩く人影を見つける。

 すぐに、それがだれであるかわかった。 

 ミュウにその人の手前に降下してもらう。


「リディア」

「エイルッ?」


 僕らを見て、リディアは目を丸くする。ミュウが一緒である事を意外に感じたのかもしれない。


「ダウノアへ行くんだろ。キミも乗っていけよ」

「……いや、私は大丈夫だ」

「遠慮しなくていいよ。な、ミュウ」

「キュアッ」

「さっそく借りを一つ返すつもりか?」

「そんなんじゃ、ないよ」


 ミュウは、僕とリディアを乗せて空高く飛んだ。まるで月まで届くくらいに。


「ひやああ、た、た、高いぃ」

「リディア?」


 彼女は後ろから、しがみつく様に僕の背中に抱きついてきた。

 もしかして、高所が苦手なのか。

 乗るのを渋ったのは、そのせいかもしれない。


「ミュウ、もう少し低く飛んでくれ」

「キュオッ!」


 夜の森の上を、僕らは町を目指し飛びつづけた。


 ◇


 お読みいただき、ありがとうございます!

 第一章、終了です。

 評価、応援、フォローしてくださった方々、コメントをくださった方々に心より感謝申し上げます。


 次話より第二章です。

 引き続きお読みいただけるとありがたいです。



 


 

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