名前を付ける


 昨晩は、スライムについてあれこれと考えていたら、なかなか寝付けなかった。


 そのせいか、翌朝、目を覚ましたのはいつもよりだいぶ遅い時間になってしまった。ミュウもシエラも、とっくに起きていたようだ。

 シエラは、ベッドの端に腰を下ろしている。


「お、おはようございます」 


 ミュウはベッドの上に寝転がり、スライムを指先で突いていた。その都度、水色の身体がプルルンと揺れる。ミュウはそれを見て、楽しそうに脚をパタパタさせた。


「本気で飼うつもりか?」

「んう」

「じゃあ、名前つけた方がいいんじゃないか」

「なまえ」

「ああ。何がいい?」

「んにゅぅ……」


 ミュウは眉根を寄せて、首を傾げる。

 やがて、こちらへ顔を向けじーっと見てくる。


「僕に考えろっていうの?」

「んうッ」


 うーん。すぐには思い浮かばないよ。

 言い出したのは、僕だけど。

 〈ペールブルースライム〉だよな。ペール、ぺル、ブル……。


『プルぅ』


 昨晩、【潜入ダイブ】している最中に、スライムが発したと思しき声を思い出す。


「じゃあ、『プル』なんてどうだ?」

「ぷる?」

「うん、身体もプルプルだし。安直だけど」


 ミュウは、うれしそうにまたスライムを突く。


「プル、ぷるぷる」

「シエラも、そう呼んでくれるかな?」

「はい。か、かわいいと思います」

「そ、そう? ありがとう」


 適当に付けた名前を褒められ、ちょっと戸惑う。


 その後、いつものようにパンと紅茶で朝食を済ませ、出掛ける準備をする。

 いざ出掛けようとミュウを見ると、プルをぎゅうっと抱いている。


「つれていくのか?」

「んにゅ」

「ハア……、仕方ないな」


 ミュウが背負うリュックに、プルを詰め込んだ。


「おとなしくしてろよ」


 リュックをポンと叩くと、応えるようにモゾモゾ動く。だから、じっとしていろって。


「シエラは、留守番していて貰える?」

「あの、私は何をすれば良いでしょう」

「暇なら出掛けてもいいよ。鍵は……」


 シエラはブルブルと首を振る。


「お仕事はありませんか?」

「仕事?」

「何でもします」


 そう言われても、正直困るな。けど、何もしないでいるのも退屈かもしれない。


「じゃあ、部屋の掃除でもしててよ」

「はい」

「道具は女将さんに言えば貸して貰えるから」

「わかりました。いってらっしゃいませ」


 シエラは深くお辞儀して、僕らを送り出す。


 最近は、僕が受注できる依頼クエストの幅も広がった。


 無論、【潜入ダイブ】の賜物ではあるが、結構な数の魔獣を狩りまくった甲斐もあり、僕自身の基礎的なステイタスもだいぶ向上している。


 以前みたいに、早朝の冒険者ギルドで他の冒険者と依頼書の奪い合いをする必要もなくなった。


 受付が最も繁忙する時間を避け、少し落ち着いた頃に顔を出すのが最近の常となっている。


 冒険者ギルドには、懇談スペースのテーブルにちらほらと冒険者らの姿がある程度だ。


「おはよう、エイルくん」


 読んでいた新聞紙から顔を上げ、声を掛けてきたのはラムレットだった。

 せっかくなので、魔獣の専門家である彼に〈ペールブルースライム〉について尋ねてみた。


「聞いた事のない種類だなあ」


 ラムレットは、眉根を寄せ首を捻る。

 【中和】や、【保存】なる特技についても聞き覚えはないらしい。


 ただ、彼は次のような事も言った。


「スライムは最もありふれた魔獣であると同時に、一番多様な種類が存在するんだ。未知の種もまだたくさんいるはずだよ」


 因みに、僕らの持つ【スキル】と、魔獣の【特技】はよく似ているが、異なる点も多い。


 まず、魔獣は基本的に生まれた時から【特技】を保持している。一部を除き、新たな【特技】を派生させる事もない。

 また、同じ種の魔獣は、必ず同じ【特技】を持って生まれてくる。


 通常のスライムは、何の【特技】も持ってはいないらしい。その点だけでも、プルは特別なスライムと言えるだろう。


 ミュウのリュックが、ガサゴソ揺れる。外の様子を窺うみたいに、すき間からプルが水色の身体を少しだけのぞかせている。

 大人しくしてろっていうの。


 その時、勢いよく入口の扉が開け放たれた。ふたりの男が館内に駆け込んでくる。


 どちらも軽鎧に身を包んでいる。一人は獣人族で、腹部を負傷しているらしい。連れ合いのツンツンヘアーの人族男に肩を支えられていた。

 獣人の負傷部にあてがわれた簡素な包帯は、どす黒く染まっていた。


「治癒魔法が使える者はいないかッ?」


 ツンツン頭が、大声で館内じゅうに呼び掛ける。


「二階にリディアがいる」


 ラムレットに促され、受付嬢の一人が階段を駆け上がっていく。

 獣人の男は、その場で床に寝かされた。表情は苦悶に満ち、呼吸は酷く乱れていた。


「魔獣にやられたのか?」


 誰かがそう問いかけると、ツンツン頭が苛立ちを露に応じる。


「違う、やったのは人間だ」

「まじかよ」

「いきなり斬りつけてきやがった」

「どんなヤツなんだ?」

「見掛けねえ顔だから、多分よそ者だ。斬ってきたのは赤髪で頬に傷のある野郎だ。そばにもう一人仲間がいた」

回復薬ポーションくらい、持ってなかったのかよ?」

「使ったさ。けど、ダメだったんだ!」


 ……え?

 ツンツン頭の言葉に、僕は思わず反応する。

 嫌な予感をおぼえずにいられない。


「エイルッ、怪我人は?」


 リディアが、階段を駆け下りながら聞いてくる。

 僕は入口付近を指さす。


「ラングッ?」


 横たわる獣人の男性を見て、リディアは目を見張る。彼とは知り合いのようだ。


 僕はリディアの肩越しに治癒の様子を見守る。


 包帯の下の傷はさほど深くはなさそうだ。が、その割に出血量が多すぎる気がした。


 リディアが手をかざすと、斬られた部位がぼんやりとした白光に包まれる。

 しばし、その状態がつづく。けど、傷にはまるで変化が見られず、出血も止まらない。


「な……、どうなってんだ?」


 ツンツン頭が焦燥を露にする。


 リディアは、込める魔力を増大させたらしく、受傷部を覆う白光がまばゆさを増す。


 が、獣人の男の傷はまったく塞がらず、床の血溜まりは広がっていくばかりだ。

 やがて彼の呼吸は止まり、全く動かなくなる。


「ラング、しっかりしろ。おいッ!」


 ツンツン頭は、獣人男性の身体を揺するも反応は一切ない。

 周囲から制止されたツンツン頭は、人目もはばからず慟哭する。


 呆然とした様子のリディアに、僕は問い掛ける。


「も、もしかして?」

「……同じだ。あの時と」


 僕の嫌な予感は、的中していたらしい。

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