ミュウの母親


「す、すごい」


 僕の口から漏れ出た言葉は、ただそれだけだった。


 ルースは完全に消え去ってしまった。その場に残されたのは、グラムだけだ。


 竜もいなくなっている事に気づく。あれだけの巨体が、洞内から忽然と消えてしまった。


 代わりに、一人の女性がそこに佇んでいた。

 青くて長い髪……裸だ。

 神々しさを感じるほどの美しさがあり、輝いてすら見えた。

 幻覚を見ているのかとも思った。


 青髪の女性は、こちらへ歩み寄ってくる。

 ……誰かに似ている。

 そうだ、ミュウにそっくりだ。


 目、鼻、口。眉も輪郭も。あたかも、ミュウをそのまま大人にしたみたいである。

 ミュウが彼女に似ていると言い表す方が適切なのだろうけど。


 青髪の女性は地面に伏したままのミュウのそばでしゃがむ込み、慈しむような眼差しを向ける。


「……んにゅぅ」


 気が付いたミュウは、起き抜けの様な顔で青髪の女性を見た。


「フィオラ」


 青髪の女性は優しい声でミュウに呼びかける。

 フィオラ?

 ……ああ、それがミュウの本当の名前か。


 ミュウの顔が、くしゃりと歪む。


「みゅわあああああん」


 号泣しながらミュウは青髪の女性に抱きつく。

 女性も、ミュウをぎゅっと抱き締めた。

 ふう……、よかった。

 僕は、心の底からの安堵の息を漏らした。全身の力が抜ける。

 何だか……、眠くなってきたな。

 て、これヤバいかも。

 けど、もう思い残すことも……。


「エイルッ!」


 リディアの声で、僕はハッと目覚める。


「大丈夫か?」

「うん……いや、あんまり」


 肩から流れる血はより夥しくなっており、衣服には酷く濡れた感触がある。

 もはや身体も動かせそうにない。


「今、治療する」


 リディアは僕の肩に手をかざし、口の中で詠唱する。柔らかな風に身体が包まれる様な、心地よい感覚がした。

 少しするとリディアが眉を顰める。


「な、なんでだ?」

「どうしたの?」

「傷が治らないぞ」


 リディアの魔力が強められたのを感じる。が、彼女の表情から険しさは消えない。

 ……やっぱりか。

 マリンの時と同じだ。

 あの剣で斬られた傷は治癒が出来ないらしい。

 リディアは諦めたらしく、魔法を発するのを止めた。


 ふと見ると、青髪の女性……ミュウの母親が僕らのすぐ前に立っていた。

 こんな状況なのに、思わず照れてしまう。

 だって……裸だし。


 僕の様子を察したらしい。

 ミュウの母親は、自らの身体にすっと手をかざした。彼女の身体は純白のワンピースに包まれる。

 同じくミュウにも手をかざすと、彼女も白いワンピース姿になる。

 魔術か……、凄いな。


「その傷、治せます」


 ミュウの母親はそう言って踵を返す。

 し、喋れるんだ、普通に。

 その事に少し驚く。


 ミュウの母親は、地面に落ちていたグラムとその鞘を拾い上げる。

 剣を鞘に収めると、口にくわえた。

 彼女の全身が、白く眩く輝く。再び竜の姿に戻った。グラムは口にくわえられたままだ。

 竜の長い首を動かし、自らの背を指し示す。乗れと促しているらしい。


 僕はリディアとミュウに両脇を支えられ、何とか立ち上がる。そのまま三人で竜の背に乗った。

 ミュウの母親は、穴の上まで一気に上昇した。僕らが背から下りると、また女性の姿に戻る。


 グラムを両手で握り締めたミュウの母親は、元々それが刺さっていた小さな穴に差し込んだ。


 剣が、白い光に包まれていく。

 やがて光が収まると、グラムはまるで地面と一体になっていた。最初に、僕らがあの剣を見た時と同じ状態だ。


 ミュウの母親は、こちらに向き直る。


「剣の魔力は封じられました」


 リディアは、改めて僕の肩に治癒魔法を施す。

 先程とは全く異なり、みるみる回復していく。傷はあっという間に塞がった。


「ありがとう」


 礼を述べる僕に、リディアはジト目を向けてくる。


「キミが、私をここへ連れてきたんだな?」

「う、うん」

「スキルでか?」

「ああ、僕のスキルは……」


 リディアが言葉を遮る。


「前も言っただろう。スキルについては、安易に打ち明けるものじゃない」

「けど……」

「まあ、キミには一つ、いや二つか三つは貸しができたけどな」

「いつか、返すよ」


 僕とリディアは、微笑み合う。

 すぐそばにミュウの母親が立っている。

 彼女は僕らに深く頭を下げた。

 僕とリディアは、互いの顔を見合わせた。

 ミュウの母親は頭を上げて言う。


「ありがとうございます。あなた方には、感謝してもしきれません」

「何があったかご存知なんですか?」


 僕が問うと、ミュウの母親は戸惑いがちに頷く。


「ここで起きた事は、大体把握しています。ぜひ、何かお礼をさせて下さい」


 僕はリディアを見やる。ミュウの母親を直接治したのは彼女だ。


「じゃあ、取り敢えず入口まで連れていってもらおうかな」


 竜の姿に戻ったミュウの母親は、僕とリディアとミュウを背に乗せ、あっという間に洞窟の入口まで飛んでくれた。


「リディア、本当にごめん」

「もう、いいさ。キミが無事でよかったよ」

「ありがとう。借りは必ず返すよ」

「期待せずに待っているよ」


 リディアは微笑を浮かべてみせる。


「町までお送りしましょうか?」


 ミュウの母親の申し出を、リディアは断った。


「いや、ここで構わない」

「いいの?」

「ああ。積もる話もあるんだろう?」


 リディアは、僕の背後に立つミュウとその母親を見やると、踵を返し洞窟を後にした。

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