最後のお願い


『スキル【潜入ダイブ】の発動に失敗しました』


 あ、助言者アドバイザーさん。

 お久しぶり。

 ただ、再会? を喜んでいる余裕なんて微塵もなかった。


「失敗って、何で?」

『不明です。ただ、対象者固有の原因であると推察されます』

「対象者……」


 僕はルースを見やる。

 茫然自失とした様に立ち尽くし、固まってしまっている。


「ルースに、一体何が?」

『不明です。推察するに、対象者は既に別の存在に憑依されていると思われます』

「別の存在……」


 考えるまでもなく、察しがつく。

 グラムだ。

 ルースが人間離れした様な戦闘能力を発揮できているのも、きっとそのためだろう。


『ただ完全なる憑依ではなく、対象者の人格も保持されていると思われます。故に極めて半端な形で【潜入ダイブ】が行使された状態です』

「どんな状態?」

『いわば、半分だけ【潜入ダイブ】した状態です』

「半分……」

『現在、対象者は行動不能状態のはずです』


 確かにルースは、小刻みに痙攣こそしているものの動こうとはしない。


『けれど、その状態は間もなく解除されるでしょう』


 あまり時間はないのか。

 どうすれば……。


「ど、どうなってるんだッ?」


 突然の大声の主はリディアだった。

 唖然とした表情で石化した竜を見上げている。

 当然の反応だよな。気づいたら、いきなりこんな場所にいたら、誰でもパニックになる。


「リディアッ!」


 僕が呼び掛けると、彼女はこちらを見て眼を見張る。


「え、エイルッ。これは、一体?」

「ごめん。説明している暇はなくて……。キミにお願いがあるんだ」

「な、何だ?」

「その竜を、キミの魔法で治してやってくれ」

「ば、バカを言うな」

「頼む、僕の最後のお願いだ。で、ミュウと一緒にここから逃げてくれッ!」


 ダメだ。肩からの出血が激しくなってきている。

 め、目がかすんできたぞ。


『スキル【潜入ダイブ】が解除されます』


 ルースが、我に返ったような顔になり、数度瞬きをする。

 僕は彼から手を離し、距離を取る。


 自らの身体をひとしきり見回した後、ルースは手元のグラムを確認する。

 次いで、僕を見据えた。


 ……ダメだ。

 もう、終わりか。


 ◇


 何が起きた?

 記憶が飛んでいる気がするぞ。

 ルースは自らの腕や脚、腹部などに目をやった。何処にもダメージを負った形跡はない。グラムもちゃんと手元にある。

 周囲に殊更、変化した様子も見られない。


 意識が失われていたのは、そう長い時間ではないらしい。せいぜい、数十秒程度か。


 まったく、次々と訳のわからない事が起きるな。


 エイルは未だ目の前にいる。

 肩からの出血は甚だしく、衣服の半分くらいが血で染まっていた。

 リディアは、竜の傍らで立ち竦み動けずにいるようだ。


 まずはエイルから始末してしまうか。


 ルースは、グラムを構えエイルに歩み寄る。

 エイルは退いてルースから遠ざかろうとする。が、負傷した肩からの出血が酷いせいか足元も覚束ないようだ。

 数歩下がった所で、エイルは尻もちをついてしまう。

 もはやその表情は観念したかのようだ。


 今、ラクにしてやるよ。


「死ねぇッ!」


 ルースはグラムを高く振り上げた。


「グワオオアァーッ!」


 凄まじいまでの咆哮が洞内に響き渡る。

 その発生源に目を向けたルースは、固まる。


「ば、バカなッ」


 竜が動いている。

 石化していたはずのあの竜が、首を上げて咆えている。


「な、なぜだッ?」


 竜の傍らに佇んでいるリディアが叫ぶ。


「どうなっても知らないぞ、エイルッ!」


 リディアが治したのか?

 状態異常回復の魔法で。


 竜は鎌首をもたげ、ルースに歩み寄る。激しい憤怒を全身から発散している様だ。

 ルースを睨みつけ、再びの咆哮。

 凄まじい威圧感に、ルースは一歩も動けなかった。


「や、やめろ。来るなッ!」


 竜は、さらにルースににじり寄った。

 ルースは壁際まで追い詰められる。


 なぜだ。

 グラムの『声』に従ったせいか。それとも、無視したからか?

 オレにもたらされるのは破滅か、死か。

 あるいは、両方……。


 ルースの目の前で、竜がその大口を開いた。丸呑みしてしまいそうな勢いで。


「やめろおッ!」


 竜は、大きく息を吸い込んだ。

 喉の奥から溢れ出たブレスが、猛烈な勢いで吐き出される。

 獰猛な生き物みたいな炎の固まりが、一瞬でルースの全身を飲み込んだ。


 悲鳴を上げる暇もなかった。


 ブレスが消え去った後、ルースの身体は炭くずすら残らなかった。

 地面には、グラムだけが落ちていた。

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