再び穴の底へ
「あそこだッ!」
ミュウに跨がり山林を飛行中だった僕は、前方の木々の間を指差す。見え隠れする岩肌にある不気味な大穴。
バルキネ洞窟の入口だ。
僕はミュウに乗ったまま、穴の中へ飛び込んだ。
「重くないか?」
ミュウは今、リディアと〈僕〉二人分を乗せて飛んでいる。
「キュアッ」
それでも軽快な速度を保ちつつ、ミュウは狭い洞窟内を器用に飛行した。
このペースでならば、最奥まであっという間に到着するだろう。出現する魔獣も全部スルーだ。
……ん?
前方の地面に、誰かが壁面により掛かる様に倒れているのが見えた。
明らかに魔獣ではない。人間らしいぞ。
一度、ミュウに止まってもらう。
僕は背中から降り立ち、その人物の元へ歩み寄る。探索中に魔獣にでも襲われたのか?
冒険者がここへ来るのは、珍しいはず。
すぐ近くまできて、その人物の髪型や色、服装などに見覚えがある事に気づく。
「マリン?」
なぜ、ここに……。
向こうも声と気配を察したのか、顔を上げてこちらを見た。
表情はどこか虚ろで、呼吸を乱している。
「り、リディア?」
マリンはリディアを知っているらしい。同じ町の冒険者ギルドに所属する実力者同士なのだから、当然かもしれないが。
「なぜ、あんたがここに?」
「こっちの台詞だよ」
僕はそこでマリンの身体から洞窟の奥へと、赤い染みが帯状に続いている事に気づく。
明らかに血の痕だ。かなりの出血量と思われるが、マリンに酷く負傷した様子は見当たらない。
よく見ると彼女の左手首に三センチほどの切創があり、夥しく血が流れ続けている。
「今、治療するよ」
僕はリディアの治癒魔法を拝借させてもらい、マリンに施す。
……え、傷が塞がらない?
魔法は確かに行使されているはず。その証拠に、マリンの手首は淡く白い光に包まれている。
僕は、魔力を強めてみる。
「ぜ、全然治らない。どうして?」
マリンの顔が、悔しげに歪んだ。
「あのドワーフの言うとおりだったのよッ」
「え?」
「か、かすり傷でも……命取りになる。あの剣で斬られたら」
「あの剣て……まさか、グラム?」
マリンはゆっくりと首を縦に振る。意識が遠のきつつあるのか、焦点も定まっていないようだ。呼吸も弱々しくなっていた。
「斬られたって、一体誰に?」
「……ルース」
「ルース?」
耳を疑う名前である。
「なぜ、彼がキミを」
「気をつけて……」
「え?」
「あいつと……あの剣に」
マリンはがくりと項垂れ、一切動かなくなる。
……死んだ?
あんな小さな傷だけで。
一体どうなっているんだよ。
なぜ、ルースがマリンを?
訳がわからない。何があったというんだ。
つまり、ルースもこの場所に?
だとすれば、奥まで進むのは危険かもしれない。洞窟の先を見て僕は唾を呑む。
……けど、行かない訳にはいかない。
「ミュウ、行こう」
僕は再びミュウの背に跨がる。
ほどなく、最深部に到達する。
裂け目の様な大きな穴の縁で、誰かがうつ伏せに倒れている。相当な巨体の持ち主だ。一目で誰か判別出来る。バルドだ。
穴のそばで、僕はミュウから降り立つ。
バルドの背には、剣の刺突により穿たれたと思しき穴がある。おそらく、腹まで貫通しているのだろう。
彼の身体の周辺には、夥しい量の血が流れ出た痕があった。全身の血が失われたと思いたくなる程だ。もう息をしていないのは明白である。
これもルースの仕業なのか?
そう考えるのが必然だろう。
地面に剣の鞘が落ちており、拾い上げてみる。きっとグラムのそれだ。
ただ、当のルースの姿は見当たらない。
何処へ行ったんだ?
とにかく、竜の元へ急ごう。
僕はミュウに乗って、穴の底まで降りた。
ここへ来るのは、一週間ぶりくらいだろう。
何だか懐かしい気分になる。
底の様子に殊更な変化は見られない。
相変わらず、竜は石化したままだ。同じ位置に無言で鎮座している。僕が蝙蝠となって集めた果物や鶏は、隅の方で腐り果てていた。
そこにはいなかったはずの存在があった。
穴の真下に、ルースが倒れている。手にグラムと思われる剣を握り締めたまま。
上から転落したのか?
ピクリとも動かない。
死んでいる……。
いや、気を失っているだけかもしれない。
とにかく早く目的を達成してしまおうと、僕はミュウの母親の元へ近寄ろうとした。
「う……、く」
ルースが微かな声を発する。
見ると、起き上がろうとしている所だ。
生きていたか。
立ち上がったルースは、唖然とした表情で周囲を見回し始めた。
「な、何なんだ。ここは?」
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