グラム、その六


 およそ十日ぶりだった。

 バルドとマリンが、〈竜の穴〉を訪れたのは。


 たどり着いたのは、前回と同じくらいの薄暗い時間帯だ。洞窟は変わらぬ様子で口を開けている。

 変わったのは、むしろ自分たちの方だろう。

 あの時は四人……いや、エイルも含めれば五人だった。今は、二人きりである。


 例によって、大量の回復薬も持参した。今回、それを運搬するのは自分たちだが。


「行こう」


 バルドの掛け声で、二人は洞窟内へと足を踏み入れる。


 この洞窟は、竜を除けばさほど強力魔獣は出現しない。

 けれど、二人きりで相手取らねばならない。魔法は使えないが、マリンも短剣で積極的に戦闘に参加せざるを得なかった。

 前回よりも、ずっと時間を要した。


 洞窟の中間辺りまで来た所で、マリンが徐ろに背後を振り返った。


「どうした?」

「……いえ、何でもないわ」


 人らしき気配を感じたのだが、気のせいだろう。

 この洞窟はグラム以外にお宝はなく、素材として魅力的な魔術もいない。

 故に訪れる者も極めて少ない。


 ようやく、最深部へ到達する。


 相変わらず、不気味な縦穴がポッカリと口を開けている。縁には穿たれた小さな穴。


「竜に返すって、具体的にどうすればいいのよ?」


 マリンの素朴な疑問に、バルドは首を捻る。

 あの穴に再び差し込めばよいのか。或いは、竜の住む縦穴に投げ込むべきか……。


 不意に二人の足元に、何かが投げ込まれる。短剣ほどの長さで筒状。二人とも、すぐにそれが何かピンときた。

 巻物スクロール

 紐で縛られてはおらず、投げ込まれた勢いで転がり巻物は開かれる。


「危ないッ!」


 バルドは、マリンを抱きかかえるようにして、その場から離れる。

 開ききった巻物から、炎が爆ぜる。

 狭い洞内を満たすほどの爆炎。


 二人は危うく黒焦げになるのは免れた。が、突き飛ばされる様な形になったマリンは、剣を落としてしまった。


 地面に落ちたそれを拾ったのは、バルドでもマリンの手でもなかった。


「ルースッ!」

「後をつけてきたの?」

「貴様らがここへ来る事くらい、予想がつかないと思ったか?」


 当然、さっきの巻物スクロールを投げ込んできたのもルースだろう。


「ていうか、この場所でそんなもん使うんじゃねえよッ!」


 バルドが、青ざめた顔で縦穴を覗く。


「そうよ、竜が出てきたらどうするの?」

「構わん。返り討ちにするまでだ」


 ルースは、グラムを掲げ持ち不敵に笑う。


 あえて竜を誘い出すのが狙いだったのか。

 今、竜と対峙させられたら、グラムでも用いなければ渡り合えないだろう。

 バルドとマリンに、グラムを鞘から抜く勇気なんてない。ルースに剣を委ねるしかなかったかもしれない。 


 幸い竜は現れなかった。

 けれど結果的に、グラムはルースの手に渡ってしまった。


「オレは東へ向かい、海を超える」

「イカれてるぜ、お前」

「その剣は人が持ってよい物じゃないわ」


 いつかのドワーフの言葉をマリンは口にした。


「邪魔するなら、貴様らを斬る」


 当たり前の様に、ルースは剣を鞘から抜く。

 バルドとマリンも臨戦態勢を取る。


 ルースは躊躇いなく踏み出し、剣を振り下ろす。

 バルドは素早く反応し、戦斧で受け止めた。


 もはや竜の存在を気にしていはいられない。


鎌鼬エアカッター


 マリンは、魔法で創出した風の刃を連発する。

 ルースは、グラムでそれらを全て切り裂く。


「く、空気の刃を切るなんて……」


 さらにルースは、マリン自身も斬りつけようとする。

 マリンは反応し、素早く背後に飛んできわどく剣先を避けた。

 掠った?

 いや、完全に躱したはず……。


「食らえッ!」


 バルドが背後から、戦斧をルースの頭部目掛けて振り下ろす。避けきれないはず。

 もらったッ!


 ルースは振り向きざまにグラムを振り抜く。

 戦斧の刃が、両断される。


「ば、バカなッ!」

「死ねえッ!」


 突き出されたグラムの剣先が、バルドの腹に深く刺さる。

 バルドは、咄嗟にルースの腕を掴んだ。


「……逃げろ、マリン」

「け、けど……」

「早く、逃げろッ!」


 後ろ髪を引かれつつも、マリンは踵を返し駆け出した。


「離せ。貴様はもう終わりだ」


 冷たく言い放つルースに、バルドは不敵に笑ってみせる。


「お前もだ」

「なに?」


 バルドはルースの身体を両手で掴み、渾身の力を込めてそのまま持ち上げた。腹に刺ささっていた剣も抜ける。

 縦穴の縁まで来る。


「よせッ!」

「うおおりゃああッ!」


 バルドはルースを、穴へと投げ込んだ。


「うわあああああーッ!」


 ルースは叫びながら、穴の底へと吸い込まれていった。

 力尽きたバルドは膝をつき、そのまま地面にうつ伏せに倒れた。



 洞窟の中を、マリンは全力で走った。

 ルースは追ってきていないだろうか。

 振り返ったマリンは、目を見張り言葉を失くす。


 地面に点々と赤い痕が続いている。血液であるのは、一目瞭然。

 そ、そんな……。

 自分の左手首に、小指の長さ程の切創がある事に気付いた。そこから夥しく血が流れ続けている。


 マリンは回復薬ポーションの小瓶を取り出し、猛然と傷口に振りかける。

 傷は、一切治癒してはくれない。


 かすり傷も、命取りになる。

 ドゥーリの言葉は本当だったらしい。

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