顛末
結論だけ言えば、大成功に終わった。
三日は要するだろうと見積もられていたが、一晩で決着はついた。
勝因はいくつか挙げられる。
まず、領主ブルートが破格の資金提供を了承した点だろう。
それが、参加者たちのモチベーションを爆上げさせたのは間違いない。
ブルート本人は、身に覚えがないとゴネた。が、誓約書の捺印は紛れもなく本物だと、複数の鑑定士が断言した。
踏み倒せば、国王陛下への裏切りになる。
もう一点、ブルートには周囲を驚かせた行動があった。
領軍の出動を命じた事だ。
ブルートが、大事な領軍を危険な魔獣退治に動かすなどあり得ない。資金提供以上に信じ難い行為だった。
それについてもブルートは、命令を出した覚えはないと主張した。
か、ブルートは多くの家来たちの前で領軍の出兵を命じ、自室に籠もった。催眠効果のある
翌朝、目覚めたブルートは、事態を把握し慌てて出兵命令を取り消すも既に遅かった。
その時点で、
もう一点、勝利に大いに貢献した存在がいる。
一匹の
他よりも身体が一回り大きなその個体は、恐らくボス級の猿だと推察された。
で、そのボス猿が、他の
俄には信じ難い話だ。
ただ、多数の人間がそれを目撃していた。
ラムレットを始めとする魔獣の専門家たちが、その知識をフルに活用しても説明できない行動だと一様に首を捻った。
異常行動をおこす直前、ボス猿のそばを竜が飛行しているのを見たという者もいた。
また、竜の背に人が乗っており、ボス猿の肩辺りに飛び降りたとの目撃証言もあった。が、信じる者はあまりいなかった。
結局、そのボス猿は、十匹以上の
そのまま、東の果てにある渓谷まで行き、自ら谷底にダイブしたのだが、その事を知る者はいない。
ただ一人を除いては。
◇
冒険者ギルドの一階では、祝勝会の真っ最中だった。勿論、レイド成功を祝ってのだ。
歓喜の輪の中心にいるのは、銀の
ビンセントとソフィーは、酒の入った杯を片手に上機嫌である。
一方、カインはどこか浮かなそうな顔をしているように見えた。
僕は酒が苦手だし、レイドにも参加していない……表向きは。
隅の椅子にミュウと並んで座り、大人しくジュースを口にしていた。
隣に誰かが腰を下ろす。
リディアだ。自らが手にした杯を、僕とミュウのジュースの入ったコップに軽く当てる。
「そういや、話は途中だったな」
「え?」
「石化を治して欲しいヤツがいるんだろう?」
「……うん」
「一体、誰なんだ?」
「それが……」
僕は口ごもりつつも言う。
「竜……なんだ」
「竜ぅ?」
リディアの大声は館内の喧騒にかき消され、下手な注目は集めずに済んだ。
「どういう事なんだ?」
彼女は驚きと訝しさが混在した目で僕を見る。
どうする?
どこまで、話すべきか……。
ミュウを見やる。
じっと僕の方を見つめていた。
すべて、話そう。
僕は意を決し話し始める。
本当は〈竜の穴〉へ行き、穴に突き落とされた事。石化した竜。そしてミュウの存在……。
ただ、僕の【
リディアは、神妙な顔で黙って最後まで話を聞いてくれていた。
「信じてはもらえないかな?」
「容易に受け入れるのは、難しい話だろう」
「だよね」
「私は信じるよ」
「本当に? じゃあ……」
「けど、頼みをきく事は出来ない」
「なんで?」
「当然だろう。竜は我々にとって脅威の存在だぞ。もし本当に石化しているのなら、そのままにしておくべきだ」
「……そ、そうだよね」
ぐうの音も出ない正論だ。
「その子には、申しわけないがな」
リディアはミュウを見やる。
ミュウは無言でジュースに口をつけている。
「コカトリスかもな」
リディアの呟きに、僕は眉を顰めたくなる。
「コカトリス?」
「森の深層で目撃した者がいるんだ」
「じゃあ、調査っていうのは?」
「その存在を確かめるためだ」
「……いたの?」
「あの鳥には遭遇はしなかった。けど、石化した魔獣を何匹か見つけた」
ならば、森にコカトリスがいる可能性が高い。ミュウの母竜は、
重苦しくなりかけた空気を振り払うように、リディアが言う。
「まあ、今日は飲もう」
「……うん」
僕は温くなったジュースを口にする。
「うえええええん」
酒を十杯くらいは開けただろう。
リディアは自らの腕に顔を埋め泣いていた。
「私、もっとやれたはずなのにいぃ」
彼女は完全な泣き上戸らしい。
「もう、それくらいにしておいたら?」
「あの猿のせいだあ。おいしい所、ぜーんぶ持っていきやがってぇ」
ちょっと、申し訳ない気分になる。
館内の人たちの間からも、「今回の最大の功労者は、あのボス猿だよな」といった声が漏れ聞こえてきていた。
カインが浮かなそうな顔をしているのも、その辺りが原因なのかも。
少し、暴れ過ぎたかなあ……。
リディアはさらに杯を空け続け、やがて僕にもたれ掛かるようにして寝てしまう。
以前にも、似た状況があったな。
リディアの寝顔を見ながら、僕は思う。
ラムレットによれば、竜ほど巨大な生き物の石化は、人間用のアイテムで治癒出来ないだろうという。治すには、魔法しかない。
この町でそれが使えるのは、多分リディア以外にはいない。
リディアの言う事はもっともだ。
けど、ミュウの母親が、そんな危険な存在だとは、僕にはどうしても思えない。
事実、
「ミュウ。お母さん、治って欲しいか?」
僕を真っすぐに見つめ、ミュウは少しの間の後、深くゆっくりと頷いた。
僕はリディアに向き直る。
「ごめん、リディア」
僕はリディアの掌を両手で握り締める。
「ほんの一時だけキミの魔法をかしてくれ」
いつもの言葉を呟く。
「おい、リディア。お持ち帰りか?」
〈僕〉を背負い外へ出ようとする僕に、冒険者の一人が冷やかし半分で言う。
「ち、違うよ。何言ってんだよ」
早く、〈僕〉を宿に運ぼう。
が、外へ出ると通りは人で埋め尽くされていた。
路地も人で溢れていた。一体、何処からこんなにやって来たんだ?
とても、先へ進めそうにない。
出口はすぐそこ……。
よし、〈僕〉も連れて行こう。
僕は、ミュウと出口に向けて走った。
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