レイド


 〈銀の弾丸シルバーバレット〉の名前の由来は、その外貌にある。


 別の依頼クエストを遂行中だった彼らは、狂猿マッドエイプの件を知り、急遽切り上げて戻ってきてくれたらしい。

 金級コールドパーティーの登場に、館内の皆に微かな安堵の笑みが浮かんだ。たしかに、すごく心強い存在である。


「グレンたちは、まだ戻らないのか?」


 誰にとなく問い掛けたのは、〈弾丸バレット〉のリーダー、カインだ。屈強そうな身体を持つ、短く刈り上げた銀髪の男性である。

 冒険者の一人が、その質問に答える。


「ああ。たく、どこで何してやがんだよ」


 グレンたちの不在に、僕は仄かに責任を感じてしまう。


「いねえヤツらの事を言っても仕方ねえッ!」


 皆を竦み上がらせるような大声を発したのは、〈弾丸バレット〉の一人、ビンセントだ。狼の様な顔を持つ彼は、全身を銀色の毛で覆われている。獣人族である。


「そーだ。今いるもんだけで、どーにかするしか、ねーべ」


 同じく弾丸バレットのメンバー、ソフィー。長く美しい銀髪が特徴の女性だが、クールそうな外見からは想像もつかない話し方をする。

 恐らく彼女の故郷の言葉だろうけど、見た目とのギャップがすごい。


 もう一人のメンバー、イリスはとんがり帽子に黒髪の小柄な少女。彼女だけ銀の要素は特にない。


「ギルマスは?」


 カインが問い掛ける。

 すぐに冒険者の一人が答える。


「領主ん所だよ」


 ギルドマスターは、今回の狂猿マッドエイプの件について話し合うため領主館へ向かったきりだ。

 もう一時間以上前だが、戻ってくる気配はない。


「なに揉めてんだろうな?」


 僕の疑問を、他の誰かが口にしてくれた。


「金だろう」

「カネ?」

「領主がある程度の金額を出さなけりゃ、〈レイド〉の発令は難しいだろ」


 レイド。複数のパーティーによる共同で遂行する依頼クエストの事だ。

 今回の場合、ギルド所属の全冒険者が参加するような大規模レイドになるだろうという。でなければ、数十頭もの怒れる狂猿マッドエイプになどとても対抗できない。

 銀の弾丸シルバーバレットも、その発令を期待して戻ってきたのだろうけど。


 ただ、命懸けのレイドになる事は間違いない。報酬も破格でなければ、誰も参加しない。

 町民らからの寄付も募るが、集まる額なんてたかが知れているだろう。

 討伐した狂猿マッドエイプの素材の売却益もある。が、毛皮くらいしか価値がない。激闘の中、状態の良いまま入手するのは難しく、あまり期待は出来ない。

 領主からの資金提供が、〈レイド〉発令には必須だという。


「森がメチャクチャにされちゃ、町にとっても大打撃だろうが」

「そういう計算すらできねえんだろうな、あのドケチ頭には」

「ま、無報酬ノーギャラでもオレはやるぜ」


 その台詞に、ビンセントが呼応する。


「決まってんだろが。その為に、オレらは存在してんだよ」


 弾丸バレットの他のメンバーも頷く。

 この場にいる誰もが、首肯するような笑みを浮かべていた。


 彼らはきっと本心から言っている。

 けど、現実には厳しい。

 間違いなく死闘になる。

 回復薬等は大量に消耗するし、武器や防具の損耗も甚大だろう。無報酬なら、身銭を切らねばならくなる。廃業や、破産の憂き目に遭う者も出るかもしれない。

 それでも、彼らはやるだろう。


 僕はミュウに小声で言った。


「外へ出るぞ」


 町の近くでミュウに竜になってもらうのは、人々に目撃されるリスクが高い。

 けど、今は悠長な事も言っていられない。ミュウに跨って町からすぐの領主館を目指した。


 館のすくそばの林に、ミュウに着陸してもらう。

 多分、誰にも見られていない……と思いたい。 


 領主館は、さすがに絢爛豪華な屋敷である。冒険者ギルドの建物とはえらい格差だ。


 当然だけど、門前には衛兵の姿があった。左右に一人ずつ。

 あれを突破するのは、さすがに難しそうだ。


 どちらか一方に【潜入ダイブ】して、中へ入ろうとしても、さすがに止められるに決まっている。

 もう一人を殴り倒して……いや、そんな事をしたら門の奥に見える詰所から衛兵たちが殺到してくるだろう。


 とりあえず、建物の裏手に回ってみる。

 林の樹木の陰から窺い見る。


 館を取り囲む高い塀には裏口があり、そこにも一人の見張りの兵がいた。時折、欠伸したりと全然やる気はなさそうだ。

 ……いけるかも。


 僕は死角から、そっと兵士に接近する。

 すぐ間近まで来るとさすがに気づかれたが、すかさず彼の手首を掴んだ。


 兵士に【潜入ダイブ】した僕は、林の茂みの陰に隠れ、で自らの両足首を紐できつく縛る。猿轡もする。さらにミュウに両手首も縛ってもらった。


「あいぅあうお(ダイブアウト)」


 裏口の扉を開けようとしたが、施錠されていた。

 当然だよなあ……。


 塀を乗り越えるか?

 けど、建物自体にも鍵が掛かっている可能性が大だし、塀になどよじ登ればさすがに見つかるかも。


 あれこれ思案していると、裏口の内側からガチャリと音がする。

 逃げる間もなく扉が開いた。

 中から、やけに大柄な中年女性が現れる。格好からして使用人だろう。

 僕を見て、思い切り眉を顰める。


「何だい? あんた」


 領主館の裏手をうろつく者。『超』が付く不審者である。

 いるはずの衛兵がいない事も、彼女の警戒心を増大させているはず。

 咄嗟の判断だった。


「あいたたたたぁ」


 僕は腹を押さえ蹲る。

 あまりにベタなごまかし方だ。が、他に手が思いつかなかった。

 女性をチラリと見やる。

 物凄いジト目を向けてきている。うん、全然信じていませんよね。


「えいるぅ」


 ミュウは信用してくれたらしい。

 僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。

 ……あ、ありがとう。

 ミュウの行動が、女性の警戒心をほんの少し和らげてくれたのかもしれない。


「ハア……、どんな風に痛むんだい?」


 女性の声から訝しさは消えていないものの、様子くらい見てくれようとしたのか、こちらへ歩み寄ってくる。

 僕は彼女の掌を両手で掴んだ。


「ダイブッ」

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