第25話
「おはようございます、エイルさん」
僕はミーシャさんを直視できなかった。
昨晩の風呂屋での事があるのでやっぱり……。
もちろん、彼女はなぜ僕が照れているのか知る由もないだろう。
「聞きました? ミュウちゃんからきのうの事」
「え……ああ、はい」
ていうか、いました。その場に。
「お風呂屋さんさんで……ね?」
「んにゅ」
「ミーシャさんは、毎晩そんな遅くに風呂へ?」
「いえ。きのうは、たまたま遅くなってしまったんです」
忙しいのかな?
まあ、
あまりミーシャさんと話していると、ボロがでそうな気がする。
「あ、エイルさんッ」
「はい?」
「そろそろ申請してみては?」
「何をですか?」
「
「ああ」
僕には無縁な事だと思っていたので、全然頭になかった。
「エイルさん、
「そ、そうですかね」
「よろしければ、書類の提出しておきますけど」
「お忙しいんじゃ?」
「大丈夫です。仕事ですし」
「じゃあ、お願いしようかな」
昇級しても、損する事は特にないはず。
「かしこまりました。あ、それとミュウちゃんですけど、せっかくなんで冒険者登録なさっては?」
「ミュウがですか?」
それも、考えたことすらない事だ。
「いつもエイルさんとご一緒なんですよね? ならば、その方が都合がよいかと」
うーん、どうしよう。
僕はミュウの顔を見る。たぶん冒険者が何なのかも理解していないだろうな。
言葉は少し覚えたものの、読み書きはまったくできないから書類の記入も無理だ。僕が代筆してもいいけれど、そもそも本名すらわからない。
「か、考えておきます」
今度こそ、その場を離れようとしたら、またもミーシャさんに引き留められる。
「それと、もう一つッ!」
「はい?」
「一番大事なことを言い忘れました。戻ってきましたよ、グリンウェルさん」
「本当ですか?」
既に昨日には町へは帰還していたらしい。
「今、ここにいらしてます」
「どの方ですか?」
「あちらです」
ミーシャさんの指差す方を見た。
椅子とテーブルが十ほど並ぶ懇談のためのスペースだ。
すぐにある人物に目が留まった。
立襟の祭服を身に着けた長身の男性。
短い金髪で、歳は二十代なかばくらいだろう。
回復術は教会との親和性が高く、それに関連する人が発現させやすい。故に回復術士は聖職者が多い。
グリンウェルさんもそうなのだろう。
僕は祭服姿の男性に歩み寄り、声を掛ける。
「あの、グリンウェルさんですか?」
男性は眉をひそめ、すぐ隣の女性を見る。
「リディア、キミに用みたいだぞ」
……え?
僕も、その女性に目を向けた。
歳は十代後半くらいだろう。
長い金髪に、蒼く澄んだ瞳。
肉感的で靭やかそうな身体を、軽装の鎧に包んでおり、腰には長剣をぶら下げている。
「私に何か用か?」
「グリンウェルさんですか?」
「リディア・グリンウェルだ」
「は、はじめまして」
「キミは、エイルだな?」
初対面の相手に名を呼ばれ、僕はたじろぐ。
「僕を知っているんですか?」
「ああ。グレンたちと、竜の穴に潜っただろう?」
「いや、それは……」
「で、キミひとりだけ無事に戻ってきた」
「ですから、僕だけ途中で離脱しまして」
「なら、三日間どこで何をしていたんだ?」
「えと……そのへんをブラブラと」
リディアさんは思い切りジト目を向けてくる。
たしかに、その点は不審に思われても仕方ない。
リディアさんは、僕にグイッと顔を寄せてくる。
「キミは、何かを隠している」
「え?」
「私には、そう思えるんだが」
まさか、僕の【
いや、そんなはずはない。もし、彼女が僕のスキルを把握しているならもっと具体的に問い質してくるだろう。
ミュウが僕の背後から出てきて、リディアさんと僕の間に割って入った。
もしかしたら、僕がリディアさんに責められていると思ったのかも。
「大丈夫、彼女は悪い人じゃないよ」
「にゅッ」
「なんだ、この子は?」
「お、お気になさらず」
「で、私に用があるのか?」
「はい。グリンウェルさんは……」
「リディアでいい」
「えと、リディアさんは」
「さんは要らない。敬語も不要だ」
「……リディアは、回復術士なの?」
「そう見えるか?」
彼女は腰に手を当て、問い返す。
「いいや」
色んな意味で、そうは見えない。
「回復術なら一通り使えるがな」
格好はどう見ても剣士だ。
魔法剣士ならば知っている。けど、回復術を使える剣士はあまり聞いた事はない。
まあ、彼女が僕の求める魔法が使えるのであれば、問題はないのだけど。
「石化を治すことはできる?」
「まあな」
「本当? それじゃあ……」
なぜか隣にいた祭服の男性が強く反応し、僕の言葉を遮った。
「コカトリスかッ?」
「え?」
「あの鳥に遭遇したのかッ?」
「いや……」
僕は、『違います』とは断言できない。ミュウの母竜が石化した原因が、まるでわかっていないからだ。
確かに、コカトリスは強力な石毒を持つ。けど、そんな危険な魔獣がこの近辺に棲息しているなど聞いた事もない。
ただ、祭服の男性の態度からは、まるでその鳥がすぐ身近に存在するかのような焦燥ぶりが窺えた。
その時、入口のドアが勢い良く開け放たれる。
駆け込んできたのは、一人の若い冒険者と思しき男だ。
顔面蒼白で、激しく呼吸を乱している。
その様から誰もが予想したであろう台詞が、彼の口から発せられた。
「た、たいへんな事になった」
「どうした?」
一番近くにいた冒険者が問い返す。
「……
「あ?」
「
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