グラム、その五

 どすん。

 鈍い音を立て、半分を金毛で覆われた球体が地面に落下した。


 マリンは、見開かれたグレンの双眸と思い切り目が合ってしまう。悲鳴を上げそうになるのを必死にかみ殺した。


 司令塔を失ったグレンの身体は、夥しい鮮血を吹き上げながら仰向けに倒れる。


 ルースの暴虐はそれで収まりそうになかった。

 次なるターゲットは、近くにいたマリンに定めたようだ。微笑を浮かべ彼女に歩み寄る。

 魔法で迎撃しようにも、マリンは恐怖に立ち竦み即座に詠唱が開始できない。


 ルースが、彼女のすぐ目前に迫る。

 グラムを持つ手が振り上げられた。


 だ、ダメ、やられる……。


 覚悟を決めたマリンだが、なぜかルースは動きを止め、くるりと身体の向きを変える。少し離れた位置にいるバルドの方へ歩きだした。


 おそらく、バルドが【敵意誘導ヘイトメイカー】を使用してくれたのだろう。敵の攻撃対象を、強制的に自分へ移行させるスキルだ。


 助かったと思う一方、マリンはバルドの身を酷く案じずにいられない。

 戦斧を構えルースを迎え撃とうとするバルドに、マリンは叫んだ。


「その剣は危険よッ!」


 バルドの戦闘スタイルは、典型的なタンクのそれである。多少のダメージは覚悟の上で肉を切らせて骨を断つ。回避は得意ではない。

 それが可能な丈夫な身体の持ち主でもあるが、グラムの持ち主に対してはあまりに危険……いや命取りである。


 ルースの剣を、バルドは戦斧で受け止め弾き返す。それが何度も繰り返された。

 無論いつまでもそれが続くはずもなく、いずれバルドは受傷してしまうだろう。


 僅かな傷でも終わりなのよッ!


 ……やるしかない。

 マリンは、詠唱を開始する。


 バルドの振るった斧は、ルースにかわされ虚しく空を切る。

 攻撃直後で隙だらけになったバルドに、ルースが剣を持つ右腕を振り上げた。

 避けられないッ。

 今度は、バルドが覚悟を決めた。


 【鎌鼬エアカッター


 マリンの放った空気の刃がルース目掛けて飛んでいく。彼の右手首を切断する。

 千切れたルースの右手が、剣ごと地面に落下する。


「うわあああぁッ!」


 痛みに悶えるルースに、マリンはさらに駄目押しの空気の刃を連発する。

 それらがルースの腕や脚、脇腹などを傷つけ、いくつかは深く抉った。大きなダメージを負ったルースは、その場に倒れ伏す。


 おかしい。さっきまでのルースの動きを考えれば、容易にかわせそうな気もするが……。


 ただ、悠長に疑問と向き合っている余裕はマリンにはなかった。


 グラムを回収しなければ。


 マリンは、地面に落ちた剣の元へ走る。

 鞘を抜いた状態の剣に触れるのは、避けたほうが良い。直感的にそう思った。

 まず、近くに落ちていた鞘を拾う。

 直接刃には触れぬよう、慎重に鞘の中に刃を完全に収めてからグラムを拾い上げた。


 柄は、ちぎれたルースの手首がしっかりと握りしめたままだった。

 触りたくなんかない。


 【分離ディバイド


 ルースの手首が、するりと地面に落ちる。


「大丈夫かッ?」


 バルドが、聞きながらマリンに駆け寄る。


「あなたこそ怪我は?」

「平気だ。どこも切られちゃいない」


 バルドは、自らのの身体を眺めながら答える。

 マリンは安堵の息を漏らす。


 ルースを見ると、地面に手をつき起き上がろうとしている所だった。

 全身が、淡く白い光に包まれている。回復魔法で傷を癒やしている最中のようだ。ただ、失った右手を再生するには結構な時間を要するはず。


「逃げるわよッ」


 マリンは、バルドを促しその場から離れた。


 町の入口に、グレンとバルドがそれぞれ騎乗してきた馬が、二頭つながれている。

 バルドは自分の馬に、マリンはグレンの乗ってきたそれに跨がり走り出す。


「どこへ向かうッ?」


 並走する馬上から、バルドが問う。

 マリンにはすぐには答えが浮かばない。


 グラムを見て思う。

 この剣は危険だ。今すぐにでも、手放したい。けど、他の誰の手に渡るのも避けたい。

 どうすれば……。

 マリンの頭に、ドゥーリの言葉が浮かぶ。


『竜に返すべきだぞい』


 決意を固めた様に頷き、マリンは言う。


「行くわよ」

「だから、どこに?」

「竜の穴」


 マリンは馬を加速させる。

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