グラム、その四

 『抜け』


 ルースは、『声』に導かれるがまま魔剣グラムの柄を掴む。

 思わぬ動作に、グレンは眉を顰める。


『鞘から、抜け』


 ルースは、一気に鞘から剣を引き抜いた。


 刀身が露になる。まるで氷の様だと思った。息を呑む様な、妖しい美しさがある。


 意表を突くルースの行動に、グレンは一瞬たじろいだ。が、すぐに嘲弄を含んだ微笑を口の端に浮かべて言い放つ。


「お前にそいつは扱えねえ」

「そうよ、無謀だわッ」


 マリンも同感だった。所詮、ルースは剣術に関しては素人。いくらグラムを手にした所で、剣の達人であるグレンに敵うはずなどない。


「やってみなきゃ、わからないだろう」


 ルースはグラムを上段に掲げ持つ。

 構えからも、ド素人であるのは明白だ。


「苦しまぬよう、一瞬で斬り捨ててやるよ」


 グレンは、かつての仲間へ最後の情けを口にする。


 意外にも、先に動いたのはルースだった。さらに予想外な事に、ルースは俊敏な足さばきで一気にグレンの間合いに踏み込んだ。

 そのまま剣を振るった。


 危うく斬られそうになったグレンは、一旦距離を取るためドア付近まで下がる。

 ルースは踵を返し、窓の方へ駆け出す。

 そのまま窓を開け放ち外へ身を投げた。


「待ちやがれッ!」


 グレンも、窓辺へ駆け寄る。

 部屋は二階だが、飛び降りられなくはない。

 すでにルースは、眼下の宿の裏庭におり走り去ろうとしていた。

 グレンも、すぐさま飛び降りて後を追った。

 それにバルドとマリンも続く。


 アプレイクはさして大きな町ではない。村に毛が生えた程度だ。

 朝の町を武器を手に走る男たちに町民たちは目を見張り、悲鳴を上げる者もあった。

 構わずルースは裏通りを駆け抜け、それをグレンがひたすら追いかける。


 少々、気に掛かるのは、ルースは町の出口ではなく、むしろ反対方向へ向かっていた。

 不慣れな町で、道もわからずひたすら逃げているだけかもしれないが。


 やがてグレンは、ルースを人気のない袋小路に追い詰める。


「逃げられると思うなよ」


 振り向いたルースは微笑を浮かべていた。


「逃げていた訳じゃない。人目を避けただけだ」

「強がり言うんじゃねえッ!」


 グレンは、ルースに斬りかかる。

 ルースはあっさりそれをかわすと、返す刀でグレンに袈裟斬りを見舞おうとする。

 グレンは、きわどくそれを避けた。

 激しい剣戟が始まる。


 ど、どういう事よ?

 はたでそれを見ていたマリンは、疑問を抱かずにはいられない。

 片や達人級の腕を持つ剣士。もう一方は完全なる剣の素人のはず。

 なのに、両者は互角に見える……。

 いや、違う。むしろグレンが押され気味だ。


 それを証明するように、ルースの剣先がグレンのわき腹を斬る。


「ぐッ……」


 それ程深くはないが、無視してよいダメージでもなさそうだ。


「グレンッ」


 バルドが、すかさず回復薬ポーションを投げる。

 受け取ったグレンは、バックステップでルースから大きく距離を取った。

 瓶の蓋を歯でこじ開けると、中の液体を傷口に振りかける。

 グレンの表情が強張り目を見張る。


「ど、どうなってんだ?」

「どうしたのよ?」

「傷が治らねぇ」


 グレンは躍起になり、回復薬ポーションの瓶の口を脇腹へ向け激しく振る。


「ダメだ、効かねえぞ」


 そこへ、ルースが襲い掛かる。

 グレンは瓶を投げ捨て、剣戟に応じる。

 ただでさえ劣勢だったグレンは、負傷によりさらに追い込まれる。


「食らえッ!」


 ルースのグラムがグレンの右肩を抉る。今度は、かなり深い。


「さっきより、良いヤツだッ」


 バルドが、上級回復薬ハイポーションの瓶をグレンに投げて寄越す。

 グレンは、素早く蓋を開けて、自らの肩とわき腹に猛烈な勢いで薬液を振りかける。

 が、その表情から、険しさが消える事はまるでなかった。


「全然、効かねえぞッ!」


 一体どうなって……。

 マリンはドゥーリの言葉を思い出す。


『その剣で斬られた者は、必ず命を落とすぞい』


 ま、まさか……。


 負傷したグレンは、動きに思い切り精彩を欠く。もはや、ルースには対抗しえないほどに。手首をグラムに掠められると、グレンはロングソードを地面に落としてしまう。


 丸腰となった手負いのグレンに、ルースは悠然と歩み寄る。

 グラムを、自らの肩の高さで水平に素早く一閃する。

 どすん。

 鈍い音を立て、半分を金毛で覆われた球体が地面に落下した。

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