女湯に潜入(ダイブ)


 セリシアさんの代わりに、〈僕〉が酔いつぶれたみたいに地面に横たわっている。


 立ち上がろうとするも足元が覚束ず、身体も火照ったような感じがする。酒のせい?

 酔っぱらった経験がないからよくわからないけど、多分そうだ。

 少し、酔がさめるのを待つか。


 しばし夜風に当たっていると、だいぶ火照りも収まってきた。

 〈僕〉をこの場に置いておくのはまずいよな。宿はすぐそこである。〈僕〉を立たせ、背負う。セリシアさんは女性にしては背が高く、〈僕〉は男の割に小柄だ。

 それでも、セリシアさんの身体で〈僕〉を宿まで運ぶのはかなりの重労働だった。


 〈僕〉をベッドに寝かせる。

 もはや、セリシアさんの身体は汗だく。このまま寝たら、風邪引くよなあ……。


「ミュウ、風呂に行こう」


 もう、だいぶ遅い時間だ。急がないと、閉店してしまう。

 風呂屋に到着。僕は、生まれてはじめて女湯に足を踏み入れた。

 閉店間際だからか、他にお客さんの姿はなかった。ホッとした反面、正直……、残念。

 脱衣所を、ミュウは物珍しそうに見回している。


 僕は服を脱ぎ、下着も外す。

 ……す、スタイル良いなあ。

 セリシアさん、服着ているとそうでもないように見えるけど、結構豊かな胸の持ち主だ。

 少しだけ……て、バカ。

 僕は、自らの頭をポカンと叩く。

 て、それセリシアさんの頭だよ!


 スカートと下着も脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になる。

 あまり自分の身体を見ないようにしつつ、ミュウの服も手早く脱がす。

 ミュウの手を握り、浴場へと入る。


「滑るから、気を付けろよ」

「にゅ」


 鏡の前にミュウと並んで座った。


「じゃ、まずは体を洗うぞ」


 石鹸で泡を立てると、ミュウは驚いた顔をする。


「おおぉ」


 ミュウの身体を泡立てたタオルで擦る。

 泡だらけになっていく自身の裸体を、ミュウは興味深げに見つめている。


「ほら、自分でもやってみろ」

「んにゅッ」


 タオルを渡すと、ミュウは僕がしたのを真似て自らの身体を洗い始めた。


「あんま、強く擦っちゃダメだぞ」


 ミュウは、自分の掌に乗っけた泡の塊を珍しそうに眺めている。泡を見るのは初めてなんだろう。

 泡の匂いをクンクン嗅いでいる。

 そして……パク。


「あ、バカッ!」

「んえッ」


 ミュウは、不味そうに顔を顰める。

 そりゃそうでだよ……。


 次は、ミュウの頭を洗ってやる。


「染みるから、目閉じてろよ」


 ミュウは、ぎゅーっと瞼を閉じる。


「次から、一人でできるか?」

「んうッ」


 ……不安だなぁ。

 洗髪を終え、僕らは湯舟に並んで浸かった。


「気持ちいいか?」

「もちいぃ」


 まさに至福だ。

 風呂に入らない人たちの気が知れないな。


 ん?

 脱衣所のくもりガラスの向こうに、人らしき影が動いているのが見える。お客さん? まさか、こんな時間に……。

 そう思った瞬間、ガラス戸が開く。

 現れた女性を見て、僕は思わず声を上げる。


「み、ミーシャさんッ!」


 ミーシャさんはポカンとしている。


「えと、どちら様で……」


 僕は、慌てて言い繕う。


「僕、いや、私、前に冒険者ギルドで……、覚えてないですよね」

「すみません、たくさん人が出入りするもので」

「いえ、いいんです」


 ミーシャさんは、ミュウを見て驚いた顔をする。


「この子、エイルさんといつも一緒の?」

「そ、そうなんです。ミュウっていいます」

「じゃあ、エイルさんのお知り合いですか?」

「は、はい。せ、セリシアです」

「ど、どうも……。て、大丈夫ですか?」

「なにが?」

「お顔、真っ赤ですけど」


 そりゃ仕方ないよ。ミーシャさんの裸が目の前にあるんだから。


「ち、ちょっと、のぼせたかもです」


 ミーシャさんは、僕のすぐ目の前で身体を洗い始める。どうしても視界に入ってしまう。

 髪と身体を洗い終えたミーシャさんは、僕らのすぐ横で湯に浸かった。


「あの、エイルさんとはどういった?」

「ぼ……、私ですか? ただの顔見知りです」

「顔見知り……」


 事実なんだけど、ミーシャさんは腑に落ちなさそうな顔をする。そりゃ、そうだよな。


 ただ、ミーシャさんにはそれ以上は詮索はしてこず、代わりにこんな事を聞いてきた。


「エイルさん、最近、変わりましたよね」

「そ、そうですか?」

「竜の穴から帰ってきてから」

「けど、洞窟には行ってないんじゃ?」

「そう仰ってましたけど、だとしたら三日間どこで何をしていたんでしょう?」


 う、その点は疑問に思われても仕方ない。追求されると厳しい。


「変わったって、どんな風に?」


 僕は、話題をそらす。


「何ていうか……、たくましくなったというか」


 ミーシャさんは少し寂しげな顔をする。


「それって、いい事なのでは?」

「そうなんですけどね」


 はにかんだような笑みを、ミーシャさんは浮かべる。なぜだろう。ミーシャさんは僕にあまり強くなってほしくないのかな?


「そういえば、ミュウちゃんとエイルさんでどういったご関係なんでしょう?」

「さ、さあ、僕もよく知らなくて」


 えーい、もうボクっ娘でいいや。


「ご家族やご親戚……ではないですよね」

「全然、似てないですしね」


 ミーシャさんは、ミュウに直接問い掛ける。


「お友達?」

「ともたち……」


 ミュウは首を傾げ、僕を見やる。


「うーん、親しいっていうか……」


 ピンときていなさそうなミュウに、ミーシャさんはきく。 


「エイルさん、好き?」


 ミュウは、弾けるような笑顔で即答する。


「えいる、すきッ!」


 み、ミュウ、お前……。

 僕は嬉しくて、ミュウの頭を思わずナデナデしてしまう。


「何か羨ましいな」


 ミーシャさんが俯きながらポツリと言う。


「何がですか?」

「そんな風に、素直に自分の気持ちを口にできて」

「へ?」

「あ、いや。何でもないです」

「て、いうか、大丈夫ですか。顔、真っ赤ですけど」

「の、の、のぼせたみたいですぅ」


 ミーシャさんは湯船から飛び出し、そのまま脱衣所へ行ってしまった。

 僕ももう上がりたいが、今行くとミーシャさんと一緒になってしまう。

 くもりガラスの奥から、完全に人影が消えたのを見て、僕はミュウに声をかける。


「よし、上がるぞ」


 見ると、ミュウは茹蛸みたいにになっていた。


「だ、だいじょうぶか?」

「ほわあああぁ」


 慌ててミュウを湯舟から引き上げ、全身に水のシャワーを浴びせた。


 脱衣所で服を着た後、瓶入りの珈琲牛乳を買って、ミュウと二人で飲んだ。冷たくておいしい。

 湯上りにには、やっぱこれだよな。


 その後、まずはミュウを宿の部屋に戻す。

 で、僕ひとりでセリシアさんのお店に向かった。

 どうやら、二階が居住スペースらしい。

 彼女が持っていた鍵を使い中へ入る。奥の部屋にあるベッドに僕は腰掛ける。


「ダイブアウト」


 宿のベッドの上にで目覚めた。

 ミュウは、僕のすぐ隣で寄り添うようにして就寝中だった。

 久々の風呂でサッパリ……してないよ!

 僕の身体は洗えてねー。

 ハア……。もう閉店してるよな。

 仕方ない、明日改めて風呂屋へ行こう。


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