服屋のセリシア
現在、僕のレベルは8だ。
ゴブリンはおよそ二十体、ウルフも十匹くらい討伐したと思う。その上、オークも計四匹この手で葬ったのだから順当な値だろう。
この日、僕は少し強めの魔獣を狩るため、〈一本杉〉をだいぶ超えた場所までやってきていた。以前ほどの恐怖心なかった。多少、僕のレベルが上がり強くなったせいもあるだろうけど、麻痺しているのかもしれない。
「ていうか、お前怖くないのか?」
僕は、この日も当然のようについてきているミュウに問い掛ける。
ミュウには、全然、怯えている様子はない。彼女自身魔獣なのだから当然かもしれないけど。
そもそも、ミュウはどれくらいの強さの持ち主なんだろう?
竜なのだから、それなりの力を持っていても不思議じゃない。
僕が、ミュウに【
もしかしたら、いずれ僕がミュウに【
ミュウ自身には、戦う気なんてぜんぜんなさそうだし。
ずっしぃーん……。
「な、何だ?」
「おぅッ」
地面が揺れるほどの、振動があった。
ミュウも、さすがに肩をすくめている。
おそるおそる、音と振動の発生源と思われる方へ足を進めた。
再び、振動があった。
次いで、人間の歓声が聞こえてくる。
僕は、口の前に人差し指を立てミュウに静粛を促す。
ミュウもそれをマネする。
音を立てずに、声のした方へ歩み寄り茂みの陰からそちらをのぞき見た。
地面に巨大な猿が横たわっているのが見えた。成人男性の倍以上は体長がありそうだ。
それを仕留めたであろうふたりの男が、傍らに佇んでいる。そのうちの一人は僕の知る顔だ。ミルゴである。
もう一人は、ミルゴよりやや小柄で坊主頭。槍を肩に担ぐように携えている。
「こんな所で、
「ツキが向いてきたのかもしれねえ」
ミルゴが、嬉しそうな口ぶりで言う。
あの猿は、たしか
棲息するのは、たしか中層に限定されるはず。それがこんな場所にいるなんて……。
やはり、ミーシャさんの言っていた通りの現象が起きているのか。
「この前、ぶちまけた分取り戻せんじゃね」
「るせえ。思い出させんじゃねぇよ」
おそらく、先日、僕がミルゴに【
「まじ、なんもおぼえてないの?」
「思い出せねえんだよ。どうやってあそこまで行ったかもな」
「酔ってたんじゃないのか?」
「朝っぱらから、飲む訳ねーだろ」
どうやら、僕が【
「剥ぐのは毛皮だけでいいのか?」
「他は、ほとんど価値ねーよ」
ミルゴたちは、この場で
僕とミュウは、そっとそこから離れた。
察するに、
となると、
中層で何か異変でも起きているのだろうか?
けど、グリンウェルさんたちは、調査の為に深層まで向かうらしいとミーシャさんは言っていた。
異変は
まあ、末端の冒険者である僕があれこれ思案してみた所で、どうしようもないのだけれど。
◇
どうしようかなぁ……。
風呂屋の前で、僕は一人悩んでいた。
世界には、風呂に入る習慣がない国もあるらしいが、この国では入浴するのが一般的で、ダウノアの町にも公衆浴場がいくつかある。
僕も、週に二度くらいのペースで通っている。それ以外の日は、せいぜい濡れたタオルで身体を拭くくらいで済ましている。
〈竜の穴〉を出てから、僕もミュウもまだ一度も入浴はしていない。
ここ一週間、毎日のように
さすがに、そろそろ風呂に入ってしっかりと身体を洗いたい。
けど、ミュウをさしおいて、僕だけが風呂に入るのは気が引ける。
それに、今後のためにミュウにも入浴方法を覚えてもらう必要がある。
もちろん、僕がミュウと一緒に風呂に入って教える訳にはいかない。
ただ、僕にはそれができなくもないんだよな。
そう、【
いや、やっぱダメだよ。それは、さすがにまずいだろう。
大体、誰に【
見知らぬ女性はまずいよなぁ。知り合いでも、よくないけど。
そもそも、僕に女性の知人なんて……。
突然、僕は誰かに肩を組まれる。
「キミぃ、前にうひに来れくれたよね」
「へ?」
その長いピンクの髪の女性に、見覚えが……。
「服屋さんッ?」
彼女は、ミュウに視線を向ける。
「やっぱ、かわいいわー」
ぎゅうぅーっとミュウを抱きしめる。
て、この人、すんごい酒臭ッ!
何か呂律も回ってないし、足元も覚束ない。
「飲み過ぎですよ」
「ぜんぜん、酔っぱらってらいから」
この人が酔ってないなら、世の中に酔っ払いはいなくなるだろう。
服屋さんは地面にへたり込み項垂れてしまう。
「あ、あのお」
「くかぁー」
寝てしまったようだ。
「ダメですよ、こんな所で。すいません、誰かぁー」
すぐ手前の定食屋から、女将さんらしきが顔を見せる。呆れたような顔をする。
「まーた、セリシアかい」
「あ、すみません」
僕は咄嗟に謝ってしまう。
この人、セリシアさんっていうのか。
「あんた、その娘の知り合い?」
「ええ、まあ」
一度、彼女の店を訪れたのみだけど。
「じゃ、うちまで連れて行ってやんな」
「ぼ、僕がですかぁ?」
「他に誰がいんのさ」
女将さんは店内に引っ込んでしまう。
まじか。
ここから、あの服屋まで結構遠いよなぁ。
もう、セリシアさんは完全に寝てしまっている。体を揺すっても、全然起きそうにない。
うーん。どうしよう。
ならば、いっその事……。
セリシアさんの両手を握りしめた。
「ダイブ」
……。
僕は、セリシアさんになっていた。
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