第17話


 生まれてはじめて、この手で魔獣を倒した。


『ステイタス』


氏名:エイル

種族:人間族

LV:3

スキル:潜入ダイブ


 おお、レベルが二つも上がっているッ。


 おそらく、最後の一匹を仕留める直前には既に上昇済みだったのだろう。でなければ、僕は逃げるゴブリンに追いつく事も出来なかったはずだ。

 もはや、ゴブリンの単体くらいなら普通に戦っても勝てそうな気がする。


 討伐の証として、それぞれのゴブリンの死骸からナイフで右耳をそぎ取っていく。


 ゴブリンの身体は、素材としての価値はあまり高くはない。それに、森の中での解体作業は危険を伴う。他の魔獣を呼び寄せてしまう可能性もあるからだ。

 今の僕にはさすがにリスクが高い行為だ。けど、せっかくだから一体くらいは……。


 ずしーん。


 周囲の木々の枝葉が、微かに揺れる。


「な、何だ?」

「キュオ?」


 音の発生源は、この場からはだいぶ離れた場所のようではある。けど、大森林フォレストの中でもごく浅い領域であるこの辺りには、それほど強大な魔獣が徘徊しているはずもないのだが。


 ずっしぃーん。


 再びの音と振動。

 何か大きな物体が、勢い良く地面に落下したような音と衝撃だ。さらに、微かにだが獣の咆哮らしき声も聞こえてきた気がする。

 森の上空を、鳥や小さな魔獣たちが一斉に飛び去って行く姿が見えた。

 なんか……まずそうだ。


「ミュウッ、すぐにここを去るぞ」

「キュアッ」


 ゴブリンは捨て置くしかないな。

 僕はミュウに跨り、急いで森から飛び去った。



「本当に、エイルさんおひとりで?」


 冒険者ギルドへ持ち帰ったゴブリンの五つの右耳を見て、ミーシャさんは目を丸くしていた。


 驚かれるのも当然だ。

 つい数日前までの僕には、とても考えられない芸当である。けど、それらが紛れもなく本物の証拠品である事は鑑定せずとも明白だった。


 討伐の報酬を受け取りギルドを後にした僕は、ミュウを連れて少し町をぶらつく事にした。

 夕方の散歩は気分が良いな。


 ミュウが鼻をひくつかせる。

 ある方向を指差すので、彼女に導かれるままに歩くと町の中心の広場にまでやってきた。

 日も暮れた時間帯だ。そこは多くの人で溢れ、いくつもの露店が並ぶ。ほとんどが食べ物を扱うお店である。


 ミュウは、それらを興味深そうに眺めていた。やはり、食べ物には惹かれるようだな。


 とある一点を、ミュウがじーっと見つめているので、その視線を辿ってみる。

 街灯の下に、若い女性と少女の姿があった。母親とその娘だろう。

 娘の方は、たぶんミュウと同じくらいの年頃だ。あくまで外見上の話で、竜であるミュウが現在何歳なのかは不明なのだけれど。

 露天で購入したのだろう。少女は手にした串焼きを、おいしそうに頬張っている。


「あれ、食べたいのか?」

「……んう」


 ゴブリンの討伐報酬に加え、ミルゴから取り戻したお金もあるから、懐はそれなりに温かい。

 僕は露店で串焼きを二本買い、一本をミュウに手渡した。広場のベンチに腰掛け、ふたりでそれに噛り付く。


「うまいか?」

「にゅ」


 ビークサンドの時に比べれば、反応はふつうかな。まあ、あの名物にかなう飯はそうはあるまい。

 ミュウは、口をモグモグと動かしながら、まだあの母娘を見ていた。

 すでに串焼きを食べ終えた少女は、母親から口についたタレをハンカチで拭いてもらっている。

 ミュウの口元にも、タレが付いている。


「優しそうなお母さんだな」


 僕はミュウの口元を拭いてあげながら言う。


「あかぁさん」


 そうつぶやくと、ミュウはひどく寂し気な顔をする。なんで……。


 そこで僕はハッとさせられる。

 洞窟で石化していた竜の姿が、頭に浮かんだからだ。あれが、やはりミュウの母親だとすれば……迂闊な一言だったな。


「お母さん……、会いたいか?」


 ミュウは、特に反応を示さない。

 けど、聞くまでもないよな。


 一方で、今の質問は少し聞き方が間違っていたかもと思った。ミュウの母親は死んだのでも、いなくなった訳でもない。

 あの洞窟に、今もいる。

 会う事は出来る。

 元に戻す事はできないだろうか?

 治す方法を見つけてあげたい。この時、僕は強く思った。


 宿に戻る。

 就寝する時間になったので、きのうと同じくミュウにベッドを譲り、僕は床で寝ようとした。

 すると、ミュウがベッドのそばに佇んだまま無言で寝床を指さす。


「ん、今晩もお前が使っていいぞ」


 ミュウは首をふり、なおもベッドを指さした。


「遠慮しなくていいよ。僕は床で十分だ」


 ミュウは、僕のすぐ隣の床で横になった。

 おいおい。結構、強情なんだな。


「わかったよ、ミュウ」


 僕は身を起こし、ミュウも起き上がらせる。


「明日は僕がベッドを使わせてもらうよ。だから、今晩はお前が使ってくれ」

「……んう」


 ようやく、ミュウはベッドに横になった。

 どこか寂しげな目で、僕の方を見つめている。


「おやすみ」

「……おゃすみ」


 消灯する。

 明日からは、ベッドが二つある部屋に替えるか。少々宿賃は高くなるけど、ミュウを床に寝かす訳にはいかないよな。

 それとも……。


 僕は、ベッドですーすー寝息を立て始めたミュウを見やる。

 もしかすると、ミュウは僕に一緒に寝てほしかったのだろうか?

 だとすれば、ちょっと可哀想な事をしたかもしれない。

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