第16話

 聴力は人よりも各段に優れているのがわかる。ただ視力の方はやや弱いらしく、周囲がさっきよりもぼやけて見えた。

 森というのは、こんなにも多種多様な音に溢れていたのか。ちょっとうるさいくらいである。


 程なくして、その鋭い聴覚がお仲間の声らしきを捉えた。

 無数の鳥や虫の音の中、なぜかその声だけは聞き分けられた。人混みの中でも、知人の顔を見つけられるように。


 声を頼りに、僕は慎重に歩を進める。

 ……いた。


 木々の少し開けた空間に、ゴブリンたちが屯している。ぜんぶで四匹だ。

 こちらの存在を悟られぬよう、彼らを狙えそうな位置を探した。都合よく、ゴブリンたちのいる位置は、斜面の麓にあたるため、僕はその上方へ移動する。

 ちょうど良い場所を見つけた。

 よし、ここからならいけそうだ。


 樹木の蔭に身を隠しつつ、矢筒から、矢を一本取り出し弓に番える。

 弓は質がよく、職人の手によるものらしい。森に来た狩人からでも奪ったのだろう。一方の矢は粗悪で、ゴブリンが自らこしらえたようだ。


 僕は弓を射った経験はないが、身体にその技術が染み込んでいるように、自然かつ容易に引く事ができた。


 ドシュッ!

 放たれた矢は、見事に一匹のゴブリンの首筋に命中した。


「グギャアァッ!」


 突然、矢が首に突き刺さり倒れた一匹を見て、残る三匹は素早く反応する。

 それぞれ、樹や茂みの陰に身を隠した。が、まだこちらの位置はわかっていないらしく、うち一匹は僕から丸見えだ。


 もう一発ッ!

 矢は、その丸見えのヤツの背中に命中した。


「グルギアァッ!」


 ただ、今の一矢で、残る二匹に僕の潜む位置は把握されてしまったらしい。

 二匹の動作は、俊敏かつ周到だった。二手に分かれて木陰を素早く移動し始める。


 どちらを狙うか迷っているうちに、僕は双方とも見失ってしまった。

 まずいぞ。おそらくここへ向かってきている。僕も、移動した方がよさそうだ。

 うげッ!

 焦ったせいで、地面に張り出した太い根に足を取られて転倒してしまう。矢筒に収まっていた矢が、地面に散乱した。


 これだけ派手に物音を立てたのだ。今のでこちらの位置は、ばれてしまったに違いない。

 そう思ったそばから、僕の目の前にゴブリンの一体が躍り出てきた。

 手に、鉈を携えている。


 ただ、鉈ゴブリンは、キョトンとした顔でその場に佇んだまま攻撃してこようとはしない。

 どうやら、同類である僕を、よもや敵だとは思っていないようだ。


 は、ハロー。

 僕は愛想笑いを浮かべ手を振る。


 ゴブリンは首を傾げつつも、こちらへ歩み寄ってきた。警戒心は皆無に見える。

 すぐそばまで来た所で、僕は矢を拾い上げゴブリンの脚に突き刺す。


「グギエッ!」


 さすがに、ゴブリンは鉈で反撃してくる。

 僕は、その腕を掴んで武器を奪い取ると、相手の肩を斬りつけた。

 トドメだッ!


 が、次の瞬間、頭部に凄まじい衝撃があり、意識が一瞬飛んだ。

 いっでえぇー。ふり向くと背後にもう一匹、ぶっとい棍棒を持ったゴブリンがいた。

 そんなもので殴られたら、人間ならば昏倒していたぞ。

 同類の頭を躊躇なくドツキやがって。たぶん、こちらが正気を失い、異常な行動を取っているとでも思ったのだろう。


 僕は、棍棒ゴブリンに鉈で攻撃する。

 相手も応戦してくるが、ダメージも気にせずに無我夢中で鉈を振り下ろし続けた。

 食らえ、くらえッ!


 突然、身体の自由が利かなくなる。

 もう一体が、背後から僕を羽交い締めにしたらしい。う、動けないッ。

 目の前のゴブリンが、棍棒を高く振り上げる。

 や、ヤバ……。


『ダイブアウトッ!』


 ミュウの背中で、僕は目を覚ます。

 強い風を、身体に感じる。

 ミュウは空中に、浮遊した状態だった。どうやら、上昇した付近で留まってくれていたようだ。

 森の上空を飛行しながら、僕はゴブリンたちと会敵した場所を探す。


「あそこだッ!」


 森の中に、ポッカリと穴が開いたような箇所を見つけ、そこを指さす。

 ミュウは、その場へゆっくりと降下する。

 ゴブリンたちは、皆地面に横たわった状態だが、まだ息があるようだ。

 ただ、いずれも弱りきっており、瀕死に見えるヤツもいる。これなら僕でもトドメを刺せるかも。


 首に矢が突き刺さったゴブリンは、仰向けに倒れ、動くこともままならそうだ。


 僕は、愛用のナイフで、ゴブリンの胸部を突き刺す。微かな悲鳴を上げた後、ゴブリンは完全に動かなくなる。


 鉈使いと棍棒使い、それと僕が【潜入ダイブ】していた弓手のゴブリンは、どれももはや虫の息である。

 それぞれ、ナイフで胸部を突き刺し、止めを刺していった。

 あと、一匹いるはず。


 近くの茂みから、ガサッと音がした。

 僕が近寄ると、ゴブリンが飛び出してきて、そのまま逃げ去ろうとする。迷わず、僕はそれを追跡した。以前の僕なら考えられない行動である。


 ゴブリンには、容易に追いつけた。

 まず、脚を斬りつける。前のめりに転倒したゴブリンに、馬乗りになって背中を突き刺した。

 短い悲鳴を上げ、ゴブリンは事切れる。


 僕は、生まれて初めて自らの手で魔獣を倒した。

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