第15話

 ギヤード大森林フォレスト

 ダウノアの北側に広がる、おそろしく広大な森である。

 あの町で、「大森林フォレスト」といえば、即ちこの森を指す。もっと簡略に、「森」とだけ呼ぶ人もいる。それくらい、ダウノアに暮らす人々の生活とこの森は密接に関係している。


 森の浅い領域は、食材や薬草の採取、材木を伐採する場所であるほか、家畜の放牧地としても利用されている。

 小屋や、集落も存在する。

 必然的に人間の出入りが頻繁になため、そう滅多に魔獣はやって来ない。

 けれどここ最近、そんな森のごく浅い領域で、魔獣の目撃や被害が相次いでいるらしい。


「行くぞ」

「んくッ!」


 僕とミュウは、大森林フォレストへと足を踏み入れた。


 受注した依頼クエストは、ゴブリンの群れの討伐。

 単独ソロで、ゴブリン単体が討伐可能なレベルの目安は3以上。

 小規模な群れとなれば、最低でも5以上が望ましいとされている。


 ちなみに、僕は現在レベル1だ。

 魔獣なんて、一度も倒した事がないのだから、当然なんだけど。


 この依頼クエストの推奨される等級は、銅中級ミドルブロンズ以上。あくまで推奨なので、僕でも受注はできる。ただ、ミーシャさんからは婉曲的に止められた。


「エイルさんには、ちょっと厳しいかなと……」


 たしかに、僕には危険というか無謀だろう。あくまで、ふつうに戦闘した場合の話ではあるが。


 ゴブリンの出没地点を目指し、整備された歩道を外れ、木々の奥へと歩を進めた。少しすると、ミュウが何かの気配を察したように突然立ち止まった。


「どうした?」

「にゅッ」


 ミュウは、前方の茂みの方を指さす。

 そこに何かいるとでも言いたげだ。

 竜だけあり、人間である僕よりもずっと感覚が鋭敏なのかもしれないな。


 僕は、ミュウをその場に残し、足音を立てぬようそっと茂みの方へと進んだ。

 息を殺し、茂みの向こうを見やる。

 そのだいぶ先の木々のすき間に、緑色の身体が確認できた。僕は、よりいっそう物音に配慮しつつそいつのいる方へ歩み寄った。


 人間の子供くらいの背丈、耳がピンと横に長く伸びている。後ろ姿でも確信できる。

 ゴブリンだ。

 粗末な布切れを腰に巻き、肩に弓を担いでいる。こちらに背を向け、倒木に腰かけていた。

 そばに、他のゴブリンがいる様子はない。向こうも今は単独ソロらしい。

 好都合だ。


 僕は息を殺し、背後からゴブリンに忍び寄る。

 自らの心臓が、すごい勢いで脈打っているのがわかった。

 ゴブリンの背中が、すぐ目の前にまで迫った時だ。突然、ゴブリンがこちらを振り向く。

 真っ赤な双眸と思い切り目が合ってしまう。


「グギィ?」


 ゴブリンの表情からは、激しい驚きと敵意が伝わってくる。

 構わず、僕はゴブリンの両肩を掴んだ。


「ダイブッ」


 景色が反転する。

 次の瞬間、僕はゴブリンになっていた。

 ……ふう。


「ギュルゥッ!」


 『ミュウ』と呼びかけたつもりだったけど、発せられたのはそんな声だった。

 一応、伝わってくれたのか、少し離れた樹木の陰からミュウがひょこっと姿を現す。


「グルル、グルルルゥ(僕が、誰かわかるか?)」


 こちらへ駆けて来たミュウに、僕は身振り手振りで必死に問う。

 ミュウは、じいーっと僕を窺うように見てから、こちらを指差して言う。


「えいるッ!」


 うん。わかってくれてうれしいよ。

 予め打ち合わせていた通り、ミュウは素早く服を脱ぎ、竜になった。


 僕(ゴブリン)は、地面に倒れている〈僕〉本体を持ち上げ、ミュウの背に乗せた。さらに、用意してきた紐で、〈僕〉の身体をミュウの首に縛り付ける。振り落とされてしまわないように。

 簡単な作業ではあるが、ゴブリンの身体と手で行うのは結構な難義だった。


 よし。ミュウ、後は頼んだぞ。


「キュオッ!」


 ミュウは羽ばたき、〈僕〉を背に乗せたまま木々のすき間を上昇していく。そのまま、安全な場所まで移動し待機してもらう手はずだ。


 目撃されたゴブリンは数匹の群れである。

 近くに仲間がいるはずだ。

 ゴブリンの僕は、森の奥へと分け入った。

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