第14話

 僕は、肩を組んでくるミルゴの手首を掴み、振り解きこう言った。


「僕は、もうお前の仕事は受けない」

「あ?」


 さらに強い口調で、僕は言い放つ。


「それと、この子には近寄るなッ!」


 僕の剣幕にミルゴは一瞬驚いた様子だったが、すぐに憤怒に顔を染めた。


「てめぇ、誰に向かって言って……」


 その言葉を遮るように、僕はミルゴのもう片方の手首を掴む。


「ダイブッ」


 例によって景色が歪み、暗転する。

 視界が戻ると、目の前に〈僕〉がいた。


「おっと」


 こちらに向けて倒れ掛かってくる〈僕〉を、ミルゴの身体で支えた。

 すぐ傍らのテーブル席が空いていたので、そこに〈僕〉を座らせる。まるで、朝っぱらから酔いつぶれている人みたいに見えるな。


 僕は、ミルゴの懐を探り麻袋を取り出す。ずっしりと重量感があった。中身を確かめると、大量の金、銀、銅貨が詰まっている。

 何が手持ちはないだよッ!


 僕は建て替えたままの代金と、未払いのギャラに相当する分をそこから取り出す。……延滞料として少し多めに貰っておくか。

 それを、テーブルで突っ伏している〈僕〉のポケットに入れた。麻袋をミルゴの懐に戻す。


 ミルゴとは、もう顔も合わせたくはない。この場を離れてからダイブアウトするのが得策だろう。

 ただ、ミュウと無防備な〈僕〉をこの場に残すのは心配だよな。今、〈僕〉のポケットには、結構な額のお金も入っているし……。

 僕は、〈僕〉のポケットからお金を取り出し、ミーシャさんの下へ向かう。


「あの、ミーシャさん」

「は、はい?」

「エイルがあそこで寝ちゃったみたいで」


 僕は、テーブルの〈僕〉を指さす。


「具合でも悪いんですか?」

「そういう訳じゃないんですけど……心配なんでちょっと気に掛けておいてくれますか? この子も含めて」


 僕は、ミュウを差し出しながら言う。


「構いませんよ」


 快諾してくれた彼女に、さらにお願いする。


「すいません。それと、このお金をエイルに渡しておいてもらえますか?」


 カウンターに、ミルゴから取り戻した銀貨や銅貨を置く。


「わかりました」

「ありがとうございます」

「ていうか、ミルゴさん」

「はい?」

「今日は何か雰囲気ちがいますね」


 ミーシャさんは、すごく不思議そうな顔でこちらを窺い見る。


「そ、そうですか……」


 そりゃ、そうだよな。ミルゴは、普段こんな喋り方はしないはず。


 僕はミルゴの身体のまま、冒険者ギルドの建物を後にした。


 五分ほど歩き、町の辺縁までやってきた。貧困層の人々が多く住む地域だ。朝からたくさんの人たちが行き来している。

 幼い子供たちが僕に纏わりついてきて、お花やら果物を買ってくれと懇願してくる。皆、薄汚れ、みすぼらしい格好をしている。


 僕は、懐から麻袋を取り出した。

 改めて中身を見る。

 おそらくミルゴは、僕以外の人間に対しても、踏み倒しや給与未払いを繰り返しているに違いない。でなければ、こんなに貯め込めやしない。


 あいつはミュウをいやらしい目で見た。

 その罰だ。


 僕は、麻袋をひっくり返す。

 多量の、金、銀、銅貨が一斉に地面に散らばった。周囲から、おおぉーッと、歓声とどよめきが上がる。


「ダイブアウト」


 次の瞬間、僕は冒険者ギルドのテーブル席で目を覚ました。

 身を起こし横を見ると、すぐ傍らにミュウがおり、僕の服の裾をぎゅっと掴んでいた。


「エイルさんッ」


 ミーシャさんに呼ばれ、僕は彼女の下へ向かう。


「これ、ミルゴさんから預かったお金です」

「ど、どうも」


 卓上の銀貨や銅貨を受け取る。


「その子、よっぽどエイルさんの事がお好きみたいですね」


 ミーシャさんは、ミュウを見ながら言う。


「え?」

「ずっと、そばにいましたよ。まるでエイルさんを護るみたいに」

「そうだったのか?」

「んう」

「ありがとな」


 僕は、ミュウの頭を撫でてやる。


「ちょっと、うらやましかったです」

「え?」


 僕が見やると、ミーシャさんは顔を赤く染めて、慌てたように手をふった。


「な、何でもないです。すいませんヘンな事言って」


 何なんだろう?

 ミーシャさんも、ミュウに守ってもらいたいのだろうか。


 さて、仕事をするか。

 僕は、依頼書掲示板クエストボードを確認する。低等級者向けの仕事は、ほとんど残っていない。依頼クエストの受注は早い者勝ちである。ミルゴとの悶着の間に取られてしまったのだろう。

 僕にできそうな依頼はないかなぁ……。


 今の僕には【潜入ダイブ】がある事を思い出す。それを効果的に使い、こなせる仕事はないだろうか……。


 て、魔物の討伐も可能なのでは?


「ミュウ。僕はこれから仕事するけど、お前はどうする?」

「しごと?」

「宿屋で留守番しているか?」

「んあッ!」


 ミュウは、思い切り首を振る。

 是が非でもついてくると、言いたげな顔だ。


「じゃあ、お前も手伝ってくれるか?」

「つだうッ!」


 ミュウは元気よく言った。

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