冒険者ギルド

 窓から差し込む陽光が、顔を照らしているのを感じる。ふと何かの影が僕を覆った気がした。

 瞼を開けると、すぐ目の前にミュウの顔があったので驚かされる。

 すでに起床していた彼女が、傍らにしゃがみこんで僕の顔を覗きこんでいた。


「お、おはよう」

「おはよぉ」


 挨拶もだいぶ自然になってきたな。

 朝ごはんは、食堂で売られている安価なパンで済ます。お金はあまりないので、贅沢はできない。


「これから、僕はギルドに顔を出すけど」

「ぎうど?」

「お前は、どうする。留守番してるか?」

「んあッ!」


 不服そうな顔でミュウは首を振る。

 連れていけ、と言いたいらしい。


 冒険者ギルドの施設は、町の入り口付近に建つ木造二階家だ。

 古くてけして豪奢とは言えないが、ダウノアの町では教会や領主館に並ぶ大きな建造物である。


 朝早いだけあって、多くの人が出入りしており見知った顔もあった。

 ミュウは、武器を携えた人たちが怖いのか、僕の背中に隠れるようにしている。


「中にはあんな厳つい連中がたくさんいるぞ」

「にゅうぅ……」

「やっぱり、宿で留守番してるか?」


 ミュウは、激しく首を振る。

 そこは強情なんだな。


「まあ安心しろ。見た目ほど怖くはないから」


 そうじゃないヤツもいるけど。


 ハア。けど入りづらいな。

 僕は、入口前でしばらく佇んでいた。いつまでも躊躇していられないので、意を決し中へ足を踏み入れる。


 一階はひと続きのだだっ広い空間だ。館内も、多数の冒険者で溢れていた。

 壁の一面を占める依頼書掲示板クエストボードの前は鈴なりの状態だ。

 ざっと見渡したところ、グレンたちの姿は見当たらない。

 ただ、顔見知りの受付嬢であるミーシャさんが、僕を見て目を見張っていた。


「え、エイルさんッ?」

「ど、どうも」


 僕は、受付カウンターのミーシャさんの元へ歩み寄る。


「無事だったんですか?」

「ええ。何とか」

「よかったあ。すーっごく心配してたんですよぉ」


 ミーシャさんは、本気で安堵した顔をしてくれた。童顔で、肩までの亜麻色の髪は毛先が軽くカールしている。

 僕より一つ年上なのだが、小柄な事もありずっと幼い印象がある。

 彼女は、僕の背中にピタリとくっついているミュウの存在にも気づいた。


「えっと、その子は?」

「うん。まあちょっとね……」


 僕は言葉を濁しつつ話題を変えた。


「で、その……グレンたちは?」


 あまり聞きたくはないが、確認しない訳にはいかないだろう。

 その問いに、ミーシャさんはキョトンとした顔で幾度か瞬きをする。


「こちらがお訊きしたいんですけど」

「は?」


 どうも、話がかみ合っていない。

 ミーシャさんは意外な事を口にした。


「え、グレンたちも戻ってきていないんですか?」

「はい。三日前、竜の穴へ向かったきり」

「う、うそでしょ……」

「ご一緒だったんですよね?」


 ミーシャさんは眉根を寄せる。


「え、ああ、はい」

「できれば、お話を伺いたいんです」

「僕にですか?」

「はい。ぜひ、奥でくわしく」


 何か、大事になってしまっているのかも。銀上級ハイシルバーのパーティーが行方不明なのだから当然か。

 誰も戻らないのなら全滅したと解釈されたかもしれない。けれど、荷物持ちポーターだけが帰還するというのは、いかにも奇異な事態だろう。


 事実を詳らかに話したとして、信用してもらえる自信がない。また、その場合、僕の【潜入ダイブ】やミュウの正体についても触れない訳にはいかないよな。できればそれは避けたい。


「実は僕、竜の穴へは行ってません」

「え?」

「怖くなって、入る前に僕だけ離脱したんです」

「そうだったんですか」

「すいません。お役に立てず」


 うそをついてしまった。

 けど、そう答えるのが今は一番無難だろう。

 それに、グレンたちが戻らない理由については、僕にもまるで見当がつかない。彼らがグラムを入手したのは間違いないはずなのに……。


「よぉ、エイルじゃねえか」


 そう呼び掛ける声に振り向いた僕は、思わず固まってしまう。無精髭を生やした、無駄に図体のでかい男。グレン達と同じくらい会いたくなかった相手だ。


「み、ミルゴ」

「最近、見かけないんで心配したぜぇ」


 ウソつけよ。こいつが僕の身を案じるなんて、到底思えない。


「な、何か用?」

「ちょっくら、仕事手伝えや」

「……て、その前にお金返してよ」

「カネぇ?」


 ミルゴは眉根を寄せる。


「この前、建て替えたぶんだよ」

「ああ、あれか」


 ミルゴ、面倒くさそうにつぶやく。


 一カ月ほど前、僕は、彼の荷物持ちポーターを担当した。出発前、回復薬や食料を購入したのだが、ミルゴは手持ちがないからと僕が代金を建て替えさせられたのだ。

 仕事が終わったら返すと約束したのに、未だ果たされないままだ。ギャラの一部も未払い。人遣いも粗く、二度と仕事したくない相手である。


「今、手持ちがなくてなぁ」

「僕だってお金に困ってるんだよ」

「んじゃ、仕事を手伝えや。それが済んだらまとめて払ってやるからよぉ」


 ミルゴは、僕の肩に腕を回しながら提案してくるが、そんな話を信用できるはずがない。けど断れば、建て替えた金は永久に戻らない気がする。

 ふと、ミルゴが僕の背中に隠れているミュウに目を留めた。


「なんだぁ、こいつは?」

「いや、この子は関係ないんだ」

「ほぉ。まだガキだが、もう少し育ちゃあ……」


 ミルゴは下品な笑みを浮かべて舌なめずりする。

 瞬間、僕の中で何かが弾けた。

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